夢みたものは1
土曜日だったので、一通りの事務をこなした村山は帰り支度を始めた。
もちろん支度と言っても、特に何をするわけではない。
パソコンを閉じ、白衣を着替えたらそれで終わりだ。
(……あ)
太田が先に立ち上がり、ロッカーに向かった。
ロッカーは隣同士だったので、彼が済むまで村山は待つことにして、とりあえずパソコンが終了するのを眺める。
「あ、医長、お先に失礼します」
ちょうど部屋に入って来た明石に礼をし、そして太田は村山に手を挙げる。
「じゃ、村山先生、お先!」
「お疲れ様でした」
ドアが閉まると同時に、明石が彼を見た。
「お前は帰らんのか?」
「ぼちぼち帰ります」
「そうか」
明石は席に着きながら、マウスを触った。
「ところで、一月の頭に三日ほど休みをもらいたんだが、いいか?」
「え?」
「年明けの初日からいないのは心苦しいんだが」
立ち上がりかけていた村山は椅子に座り直す。
「他の先生には?」
「一応、三宅先生と太田には了承をもらってはいる」
自分にも了承を取ろうとしてくれたことは嬉しい。
「正月明けならゆっくりしていただいて大丈夫だと思います」
外来は込むが、手術の予定はない。
「三が日の当直も、入らなくて済まなかったな」
「それを言うなら佐々木先生にどうぞ。俺はじゃんけんに勝ちました」
村山は微笑みを作った。
「それより珍しいですね、先生が休みなんて」
「ちょっとUSに行ってくる」
「え?」
村山はどきりとして明石の顔を見る。
ドクタージョーンズをはめる手立てについては、今のところ情報収集中で何もやっていない。
だからこれは偶然だ。
(……でも)
あちらに帰る準備を着々と進めているのだとしたら、作戦の決行は早めた方がいいかもしれない。
村山は既にシャットダウンしたパソコンの画面をじっと眺めた。
何も映ってはいないのに、どす黒いものが渦を巻いているように見える。
打てる手のうち、有効なものがどれかを村山は少し考えた。
その中で最もリスクが少なく、効果が高そうなのは……
「こないだ、小金井に会ってきた」
「え?」
顔を上げると、真っ直ぐに明石がこちらを見ている。
「警察にも……誰にも言ってないって話を聞かされたよ」
小金井はまだ入院中だ。状況を思ん図ってか、県内でも南にある病院に移送された。
入院の理由が精神的な問題なのか、切れてつないだ指のせいなのかは村山には知らされていない。
「……警察にも言ってない話?」
「お前にしていたハラスメントの内容と、指の切断直前にやろうとしていたことの二つだ」
「……というと?」
「あいつはお前を普通の人間でないと感じ、その証拠をつかもうといじりまくった。そして耐えかねたお前は、あいつを追い払うために殺人事件の被疑者に仕立て上げた」
「なっ!」
「言っておくが、俺が喋ってるのはあいつが長々と言ったことを俺なりに咀嚼した内容だ。続きを言うぞ、そのとき付き合っていた女と相談し、お前を殺してから高跳びしようとした」
明石は眉を寄せた。
「問題はその次だ。同業者としては理解に苦しむが、あいつは殺すための道具としてメスを使おうとした。そして俺の名を語ってお前にメールを送り、手足を縛って腹を裂こうとした」
「先生!」
たまらず村山は立ち上がる。
「そんな戯言、信じてるんですか?」
「正直、どこまでが本当かはわからん。メスを入れようとした瞬間、突然ガラスを破ってちっこい婆さんが飛び込み、あいつの指を切り落としたという段については、正直幻覚としか思えない」
明石は少し考え込む。
「外科医としてのあいつの矜持が、小さい婆さんの幻になって殺人を止めた。だから本当は、罪を犯さないためにあいつが自分で自分の指を切り落としたのだと俺は思いたい」
明石の、小金井に対する優しさが不愉快だ。
「全部ありえない話です。それに、警察に言わなくて先生だけに言ったってとこが既に嘘くさいです」
「警察に言わないのは、惚れた女を庇うためだとあいつは言ってた」
思わず村山は歯がみする。
「言えば良いのに。そしたらそれが全ていい加減な話だと証明できるのに」
「全ては対策済み、ってことか?」
「!」
村山は唾を飲み込んだ。
そうして、喉から声を絞り出す。




