南山集落1
高津は電話で萌が椎名老人にあったことを聞いた。
その一連の話の中で、高津が一番気になったのは、萌が既に椎名に気を許しているのではないかということだ。
そもそも肝心なことを何も聞かず、昔話だけで終始したというのも高津的には馬鹿げた話に思える。
(狐の何たるかより、狐がどこにいるかの方が今は大事だろうが)
それについては萌も少しは自覚があったようで、傍に伊東がいたからだと言い訳した。
だが、そのこともまた高津の神経を逆なでする。
(……なんであいつと一緒に会いに行ったりしたんだよ)
つまらない感情に支配されかけていることに気づき、高津は一つため息をつく。
(こうなれば、俺が行くしかない)
狐が萌の天敵だと言うなら、高津が相手をするしかなかった。
そして、手がかりも範囲は広いがなくはない。
(……榊の狐、か)
南東町は、高津の実家のある町の東を流れる川の対岸だ。
川を渡って南に降りたところにある南山と呼ばれる山を更に越えた辺りまでが範囲なので、南北に長い。
川沿いは彼らの町の北東付近から山沿いにかけて工業団地などもあり、比較的開けた印象があったが、南山の南はいわゆる囲地で小さな集落がぽつぽつあるだけの僻地だ。
そして、榊の分家である尾崎一族はその南の集落に住むという。
(とりあえず、敵情視察だ)
まずは行ってみて、様子を探る。
何度かそれを繰り返していれば、集落の人と近づくチャンスが出てくるかもしれない。
そうして情報収集をし、戦略を練る。
「そうしよう、まずは南東町だ」
独りごちたとき、不意に後ろから声が聞こえた。
「連れてってやろうか?」
ぎょっとして振り向くと、みかんの絵が描かれた段ボールを抱えた松並が高津の後ろを歩いていた。
(……駄目だな、俺)
最近、松並がどんどん気にならなくなっていた。
元々、赤い気配に過敏な高津も、青い気配には心を許す傾向にある。
その上、昨年からのスランプの影響か、いつでも四六時中人の気配を感じるのではなく、自分が気にしたときだけしか気づかぬことも多い。
言うなれば、高校の休み時間の喧噪の中、注視した友の声だけ聞き取って他は耳に入らない状態に似ている。
もちろん、その方が精神衛生上はいいのだが……
「何、その箱?」
「見ての通り、ミカンだ。熊本出身の後輩に実家から届いたもののお裾分けだ」
「ちょっと早いんじゃないの?」
「もう師走まで秒読みだぞ」
「……そう言われるとなんだかショックだ」
「箱の半分ぐらいミカンはある。お前にもやるから期待しろ」
高津がマンションの入り口のドアを開けると、松並は礼を言って先に通った。
彼は後からついて行く。
「で、さっきの話だが、南東町に行くのか?」
「え、あ……うん」
「明日で良かったら、乗せてってやる」
さすがにそこまで頼るのは申し訳ない。
「悪いからいいよ」
「ついでだ。俺も南東町に用事がある。伯母の義兄が亡くなったんで、葬式なんだ」
伯母の義兄とは随分遠い関係だ。
しかし、高津がそう言うと松並は首を振る。
「特別だ。そのおばちゃんには良くしてもらったから、故人を偲ぶというよりはおばちゃんの元気づけだ」
ミカン箱を片手で持ち、ポケットから鍵を出した松並からそれを受け取り、高津はドアを開けてやる。
「お、スマン。で、どうする?」
「そういう訳ならよろしく」
松並からミカンを一抱えもらった高津は頭を下げて一旦自室に戻る。
(……急な話になった)
まだ、地理などの下準備はもとより、心の準備すらできていない。
慌てて彼はその晩、一夜漬けで南東町や榊一族のいるという集落の地図などを調べる。
そして、朝から車に乗って故郷へと戻った。
「南東町って言っても広いけど、どの辺り?」
「南山の南側」
高津がメモした住所をカーナビで確認し、松並は低くうめく。
「……こんなところに車なしで行こうとしたのか?」
「なんとかなるかなって思って。岩岳より低いだろ?」
「山登りする気だったのか」
松並は顔をほころばせた。
「そう言えば、お前と涼は山登りで知り合ったんだっけ」
世間的にはそういうことになっている。
「でも、今回は一人で?」
「うん」
「萌ちゃんは?」
「誘わない」
「……ふうん」
高速道路は土曜の朝一番ということもあり空いていたので、彼らは意外に早く町に着いた。




