バス停1
(とりあえず、あのおじいさんが先だ)
狐も大概気にはなったが、まずは情報収集してからの方がいいだろう。
だが、何度も椎名の家に行ったが、いつも誰もいない。
(やっぱり圭ちゃんしか会わないつもりなんだろうか)
あの日、もっと聞きたいことがあったのに、高津が早々に腰を上げたのが悪い。
なので今日も、萌は授業が終わると同時に自習室には行かずに外に出た。
そしてそのまま駅に行く。
まだ夕方だが既に気温が下がり、薄いコートを着ていても寒く感じる。
(……いいな圭ちゃん)
高津にこの間電話したら、まだ大阪は暖かいようだった。
その代わり、夏は連日うだるような暑さだったらしいので、痛み分けなのかもしれないが……
「萌」
ふと、後ろを見ると、伊東が立っている。
「どこ行くの?」
「ちょっとそこまで」
伊東は何故か笑って萌の横に並んだ。
「じゃ、俺もちょっとそこまで」
どうやらついてくる気らしい。
(どうしようかな)
高津があっさり椎名の元を辞したとき、萌は次は伊東と来ようと確かに思った。
だが、考えてみれば、萌が聞きたいことはリソカリト関係であり、萌や高津が他人に知られたくないような話が多い。
「ごめん、今日は隣町に用事があって」
「へえ、奇遇だな、俺もだよ」
驚く萌に頓着せず、伊東は一緒にバス停に向かった。
(……まあ、いいか)
別に同じ駅で降りるわけでもないし、問題はないだろう。
だが、バスに乗り、乗り換えの駅で萌が降りると伊東も一緒についてきた。
「……伊東君、どこ行くの?」
「さあ、萌と同じ所じゃないかな?」
「ええっ!」
「まあ、尾行してるみたいな?」
こんな堂々とした尾行など普通はない。
(弱ったな……)
二人以外は誰もいないバス停に、冷たい風がついっと流れた。そのとき、
「あ!」
時刻表を念のため確認しようと首を巡らせた萌は、ベンチに座る老人の姿を認めた。
さっきまでは確かに無人だったはずなのに……
「椎名さん」
「おやおや、また会ったな、お嬢さん」
老人は笑みを返した。
「わしに二度も会えるなんて運が良い」
少し迷ったが、数秒後に萌の腹は据わった。
プライベートには触れずに伝説を聞きに来た振りをして、伊東を回避すればいい。
そもそもこれだけ通って会えなくて、今日ここで出会ったのは天の配剤以外の何ものでもなかろう。
萌はベンチの方に近づいた。
「実は、椎名さんに会いたくて、おうちまで行こうと思ってたんです」
「アポイントなしに?」
「済みません、電話番号とかわからなかったので」
椎名は口の端を上げる。
「わしは会いたい相手しか会わないから、来ても無駄だよ」
萌は微笑む。
「そうかな、とは思ったんですけど、今日、偶然ここで会えたから、やっぱり行こうと思ったことは正解でした」
老人は面白そうに萌を見る。
「……頭はあまり良くはなさそうだな」
「は?」
「あ、いや、悪口ではない。純朴でよろしいと言っているんだ」
「はあ」
自分の頭が悪いことは自覚しているので、さほど腹は立たない。
それよりも、
「あの、いくつかお教えいただきたいことがあるんです」
老人が意味ありげに萌の後ろに目をやると、伊東が一歩前に出て頭を下げた。
「初めまして、伊東櫂と言います」
「お嬢さんとのご関係は?」
「友人です」
しばらく椎名は伊東を眺め、そして萌に視線を移す。
「ここで話をしていいのか?」
「はい。あたしが聞きたいことは、昔話についてなので」
もちろん、高津のこと、自分の事、麻薬販売をやめてほしいなど、ほかにも言いたいことや聞きたいことは一杯あったが、伊東がいるならそれは無理である。
だとしたら、今ここで聞けることを聞くべきだ。