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夢みたものは  作者: 中島 遼
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篠田監物1

この作品には、拙著「ハートブレイク」のネタバレが少し含まれますので、ご留意ください。因みに「ハートブレイク」はこのシリーズの番外編の位置づけになり、読まなくてもこちらに開示している小説はわかるように作っております。

 小金井の指は、明石も手伝いながら整形外科チームが顕微鏡下でつないだ。

 錯乱状態の小金井による、小さな婆さんが三階の窓から飛び込んできて斧で彼の手を切ったという荒唐無稽な証言は黙殺された。

 足場はないとは言えないが、誰が飛び込むにしても場所は三階である。

 よほど身軽な男かプロの泥棒以外には無理だというのが衆人の見解だ。

 また被害者の村山が、処置室に入った途端に殴られて気絶し、何も見ていないと言い張ったため、事件は全く解決の糸口がつかめないという。

 明石の名で村山にメールが送られた時間、明石自身はICUにいたし、事件が実際にあった夜は救急に呼ばれてコンサルトの最中だった。

 最近、志村が攻撃されたこともあるので、メールはどこか遠くから明石になりすまして送られたのではないかということも含めて調査中である……

「元気でなによりだ」

 頭を殴られたこともあり、検査がてら入院させられていた村山の元に、篠田監物と隆、つまり貴一の伯父と父が見舞いにきた。

 お目付役としてついてきたのか無理矢理引っ張ってこられたのか、後ろに憮然とした顔の貴一が控えているのがおかしい。

「わざわざありがとうございます」

「いや、話を聞いたときは腰が抜けそうになったよ」

 八十歳の割には背筋も真っ直ぐな監物が側の椅子に座った。

「わしはあごが外れるかと思った」

 隆もゆっくりとその横の椅子に腰掛ける。

 二人とも内科の晃二とそっくりで、がっしりとした体格だ。

 そういう意味では貴一だけが、詩織の父であった桐原に近しい感じがする。

「幸い、処置室で殴られた後、気づいたのはストレッチャーで運ばれる途中だったので、当事者なのに噂でしか内容を存じないんですが」

「まさに幸いだよ。発見者は未だショックで現場復帰できてないらしいぞ」

 リネンが必要になり、三階を歩いていたコメディカルは、ガラスの割れる音に気づいてあの部屋のドアを開けたらしい。

 四肢をベッドに縛られた村山、うずくまる小金井、割れた窓ガラスの破片と、血だらけの床。落ちたいくつかの指。

 恐らく彼の想像を絶した風景だったろう。

「ま、小金井先生がまともに話ができるようになるまでは、真相はわからないままだろうな」

 隆が頷きながら言うと、監物が眼を細めた。

「色んな説があるらしい。たまたまお前をストーカーしていた小金井先生が、たまたまお前を襲った犯人を見て、たまたま持っていたメスで切りつけたが、逆に指を切り落とされたとか」

 隆が苦笑いする。

「なんで奴さんはメスを持ってたんだね?」

「依願退職か懲戒免職かはわからんが、首になるのでマイメスを手術部に返してもらった後だったらしい」

「……まさに、たまたまだな」

「もう一つある有力な噂は、小金井先生が強姦目的でお前を殴って縛り上げたところで、何者かがやってきて指を落としたというものだ」

「伯父さん!」

 貴一が制止の言葉を飛ばしたが、監物はどこ吹く風だ。

「それでも果敢に小金井先生は相手に対してメスを取り出して防戦したら相手は逃げた。本当は犯人の名を言いたいところだが、自分の所行をばらされたくないので、奴は婆さんがどうのこうのと誤魔化している」

 どういう顔していいのかわからず、村山が困っていると、監物は彼の肩を強く叩いた。

「要するに、お前さんがそれほど魅力的だということだ。ほら、こうやって見ると、沙結さんに生き写しで……」

 母の名が出て村山が顔を歪めると、貴一が真っ直ぐ歩いて伯父の側に寄った。

「さ、見舞いはこんなところにしておきましょう。涼君はこれでも怪我人なんです」

「まあ、そう急ぐな」

 監物は動じない。

「とりあえずは、前者はないとわしは思っている」

「はあ」

 他に答えようもなく、相づちを打つ。

「何故なら、殺されなければならないほど、君が他人に恨みをもたれているとは思えないからだ」

 微かに村山は笑った。

「そうでもないです。俺なんか死ねばいいと思っている人は結構いますよ」

 貴一は片眉を上げたが、監物は面白そうに彼を見る。

「誰かね?」

 ここである程度、自分の意思や立場を明らかにするのが得策と村山は思い、言葉を発する。

「例えば院長」

「涼君」

 再び常識家の貴一が彼を止める仕草をしたが、監物が手で制した。

「……本当にそうか?」

「はい」

 村山は相手の目を見る。

「三十年来、ずっと」

 と、監物が顔を上げて貴一を見た。

「お前ら、外に出ておれ」

「え!」

「いいから、ほら、隆、息子を追い出せ」

「ちょっと待って下さい」

 貴一が慌てた。

「伯父さんと二人きりなんてそんな危ない……」

「人を昨日今日来た研修医みたいに言うな」

「だって、何を言い出すかわかりませんし、それに……」

 監物が親指を鳴らすと、隆が貴一を引きずるように出口へと誘導する。

「父さん、ちょっと、これは……」

 力では勝てないとみたか、隆はうっと唸って腰を押さえた。

「うわ、腰が痛い、大変だ、すぐに処置をしないと!」

「何を馬鹿なことを……」

 言った途端に隆は貴一の手首を掴んでドアの外に押し出した。

「父さん!」

「ほら、とっとと整形外科に連絡しに行け!」

 声が遠くなり、ドアが閉まるとほとんど聞こえなくなった。

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