【後編】
最初の布教が無惨な結果に終わっても、神は野心を捨てませんでした。まあ、他の神様から笑い者にされるでしょうから、なおさら諦めるわけにはいきませんでした。
神は、何か奇跡を起こせば、人々が自分を崇めるだろうと考えました。しかし、この神は強い力をまだ持っていないため、派手な奇跡を起こすことはできませんでした。
そこで神は王に、最近の出来事を尋ねることにしました。
『そういえば、食糧難が起きていないな。今年の今頃はいつも、餓死者がゴロゴロと出ていたものだが』
『……黙っていたことだが、それは私の力によるものだ。感謝するのだぞ!』
神は王に、食糧難が起きていないことは、自分の力による奇跡だというウソを教えました……。
「おお、そうだったか! さすがは神様だな!」
幸い、王は見事に騙されてくれました……。
しかし、ある意味では、この神のおかげで食糧難を逃れることができたといえました。なにせ、不信心者として大勢の人間を処刑し、食い扶持を減らしたのですから……。
この宣伝は、まあまあの効果がありました。多数派のおめでたい人々が、食糧難の回避が、神による奇跡であると信じてくれたのです。一方、少数派の賢い人々は、人口減少によって、食糧が足りただけであることを見抜きました……。
ただ、奇跡だと信じた人々は、腐っても多数派です。信仰心が増え、自分に力が湧きだしたことを、神は嬉しく思いました。
そして、神はそのタイミングを見計らい、自分への祈りの場を築くよう、王に命じました。人々の信仰心を効率的に得られる場所があれば、神としての力を確実に強いものにできると考えたのです。
どうせ建てるなら、立派な建物にしようと、神は王にいろいろな注文を伝えます。贅沢かつ奇抜な注文の数々なので、大工たちは狼狽えていました。
「……国王陛下。予算が足りなくなるのは確実でございます」
「では増税だ! 神のためなのだから、人々は喜んで税を納めてくれることだろう!」
王は税吏に、建設費の足りない分を、増税分として集めてこいと命じました。なんだかイライラしてくる話ですね……。
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――ところが数日たっても、税吏は増税分を集めることができずにいました。人々は税吏の姿を見かけると、一目散に逃げ去り、店はすぐに閉まってしまいます……。
どうやら、今の神を敬いつつも、財布の紐を緩ませるまでには到らないようです。また、真面目に納税したところで、腹は膨れませんしね。
このままでは、神が希望する祈りの場を建設することはできません。なんとか間に合わせるためには、派手な装飾を控えるなどの節約が必要です。
しかし、神は節約を許しませんでした。まるで子供のように、ちっとも諦めようとしないのです。
『せっかく建てるのだから、立派なものにしなくてはならない! 地味な場所では、祈りが全然盛り上がらないじゃないか!』
この神は、祈りを盛り上げてどうするんでしょうね? 一曲披露するのでしょうか?
神は再び、王たちとともに、城下町へ繰り出します。人々に、寄付として金を払うよう求めるためです。現代でいう募金活動みたいなものですね。
……前回は、王の元へ人々が集まってきましたが、今回は一人もやってきません。それどころか、みんな逃げていきます。まあ、ついこの間の処刑の件がある上に、金をせびりに来たのですが、当然の反応でしょう。
『けしからん奴らだ! 天罰を与えてやるぞ!』
不愉快な神は王に、無礼な人々を処刑せよと命じます。王自身もいい気分ではなかったため、その命令を兵士たちに下すのは、当然の流れでした。
「お、お断り致します」
ところが、一部の兵士たちが、王の処刑命令を拒否しました。さすがに良心が咎めたのでしょう。
『処刑せよ!』
神が命じるまでもなく、彼らも処刑されることになりました。従順な兵士たちが、彼らを連行しようとします。
しかし、彼らは必死に抵抗し、ちょっとした斬り合いが勃発しました……。その騒ぎに便乗する形で、王や新しい宗教に不満を持つ人々が集まってきました。皆、怖い顔を王に向け、鋭さが光る農具や石を手にしています……。
王の顔は、恐怖心で青ざめました。もはや危険な状況に陥っていたのです。
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「ひ、引き上げるぞ!」
王は護衛に守られながら、城へ必死に逃げます。投石が背中に当たると、情けない悲鳴を上げました。
『おい、逃げるんじゃない!!! 不信心者どもを処刑するのだ!!!』
神は王を止めようとしますが、聞く耳を持ちません。
ひどい事態に、神は幻滅してしまいました。これではもう、祈りの場づくりどころではありません。神自身の存亡が懸かる事態なのでした……。
「国王陛下!!! お怪我はありませんか!?」
城に着くと、家来たちがやってきました。
「た、民が、王である余に、い、石を……」
幸い、王はたいした傷は負っていませんでした。しかし、心に大きな傷を負ってしまったようです……。馬から降りた途端、地面に尻餅をついてしまいました。
神は、そんな王を情けなく感じました。ところがすぐに、これはチャンスだと思い立ちました。
『王よ! このような屈辱を許していてはいいのか!? このままでは私だけでなく、お前まで地に堕ちるぞ!』
この機会を利用して、徹底的に不信心者を処刑させるつもりでした……。不安を煽って誘導するのは、人を操る基本です。神様なので、朝飯前のことでした。
『あいつらは不信心者なのだ! たとえ皆殺しにしても、神である私の御心に従ったまでであり、そなたは許される!』
次に神は、不安を除去するための方法を王に伝授しました。また、神による許しがあるという安心感も与えたわけです。
「町の者どもを皆殺しにせよ!!! あいつらは、神を冒涜する不信心者なのだ!!!」
神の狙いは成功しました……。
いくら王の身が危険に晒されたとはいえ、家来や兵士たちは困惑しました。しかし、そもそも王の命令は絶対です。さらに、神による指示というわけなのですから、断わりようがありませんでした……。ただ家臣たちは、そんな王を当初から持ち上げていた身なので、筋が通らないですね。
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――その後、城下町全体が虐殺現場と化しました。神の代理人である王の命令として、兵士たちが人々を殺し始めたのです。以前の虐殺で殺されたのは、王から逃げた者たちがほとんどでしたが、今回は無差別に見境なくです……。兵士たちは、目につく人すべてを葬り続けます。
もちろん、人々を皆殺しにすれば、この神を信じる者も激減します。しかし神は、後で移民でも呼びこめばいいと考えていました……。その人々は、神がしっかり洗脳しておくつもりです。
また、躊躇する兵士が多く出るだろうと予想した神は、もっともな大義名分を用意しておきました。
「これは野蛮な虐殺などではなく、名誉の殉教を遂げさせるためのことなのだ!!! 神の元へ召された人々は、我々に感謝することだろう!!!」
王は兵士たちにそう言い、正当化してみせました。とはいえ、殺される側にとっては、そんな大義名分は知ったことではありませんけどね……。
幸いなことに、兵士たちのほとんどが納得してくれました。それでも反抗の態度を見せる一部の兵士は、そのほとんどを占める兵士たちにより、その場で処刑されました。なにせこの時代は、少数派を保護しようなんていう風潮は、微塵もありませんからね。
そして、まんまと納得させられた兵士たちは、神を讃えるセリフを叫びながら、城下町へと繰り出していきました……。
兵士たちは、処刑だけでなく、略奪や強姦といったことにまで、手を汚しまくりました……。神が許したのは処刑だけでしたが、どうやら拡大解釈しているようです。とはいえ神のほうは、任せた処刑をちゃんとしてくれれば、それで構いませんでした。
こうして兵士たちは、無我夢中で徹底的に暴れました。おそらく、他の神様が見たら、悪魔の所業にしか見えないでしょう……。しかし、城のバルコニーから眺める王と神は、芝居を見物するかのように、荒れゆく城下町を見ていました……。
そんな王に家来たちは、ただ恐怖心を抱くしかありませんでした。反感も抱く家来はいましたが、神にそれを察知され、すぐに処刑の道へと進みました……。
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「皆の者、よく神の御指示を成し遂げてくれた!!! 今宵はおおいに食べて飲んでくれ!!!」
数日間に渡って続いた処刑が、ようやく成功で終わりました。王は城のダイニングルームにて、家来や兵士たちをもてなすことにしました。豪華な食事と酒が、巨大なテーブルに並べられています。家来たちは優雅に食事をし、兵士たちは下品に飲み食いします。
活気溢れる城に対して、城下町は死に絶えていました……。闇夜に沈んでいるので、その惨状は見ずにすみます。
『儀式をそろそろ始めるか?』
『そうだな。うまく毒入りを飲ませるのだぞ』
労いの食事中にも関わらず、王と神は悪巧みをしていました。どうやら、反抗的な人間になりそうな家来や兵士たちを、この場で毒殺してしまうようです……。
「ちょっとすまない、皆の者! どうやら、この中に不信心者が紛れ込んでしまっているようだ!」
悲しそうな口調で、王は言いました。家来や兵士たちが、互いの顔を見合わせ始めました。突然の王の発表に驚き、口を開いたままの者もいます。
するとそこへ、このあいだの処刑人や給仕係たちがやってきました。トレーでたくさんのグラスを運んでいます。すでに赤ワインが注がれていますが、そのうちの何本かが毒入りというわけでした……。
「神の代理人である余が、皆にグラスを配る! すると悲しいことに、不信心者は毒で死ぬだろう!」
王がそう言うと、家来や兵士たちは狼狽えました……。しかし、まさか逃げるわけにはいきません。ここは諦めて、グラスのワインを飲むしかありませんでした。
……王と神が決めておいた通りに、ターゲットが毒入りワインを飲んで死にました。これも神のための処刑というわけです……。
このような処刑を、王と神は事あるごとに行いました。なにしろ、不信心者が次々に出てくるものですから……。
それと平行して、移民の受け入れを始めましたが、なかなかうまくいきません。イライラした神は、ストレス解消に、なんとなく気に入らない者を処刑しました……。
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やがて、強いメンタルの持ち主だった処刑人が、積もり積もった罪悪感に発狂し、飛び降り自殺を遂げてしまいました。家来や兵士たちに、処刑を頼みましたが、皆拒否します。このままでは、拒否した者たちの処刑もできません……。
そのため、今後は王自身が、処刑をしなくてはなりませんでした。自慢の剣を使い、処刑を繰り返す王……。やがてその剣は、刃こぼれのせいで、捨てるしかならなくなりました。代わりの剣は、処刑した兵士の物を使えばいいのでした。
まだ処刑されていない家来や兵士たちは、この国を捨てる決意をし始めました。もちろん、神はそれを察知次第、王に処刑を命じます。
――しかし、1ヶ月後には、城にいるのは王と神だけになりました。逃亡者だけでなく、自殺者も次々に出たため、どうしようもありませんでした……。
幸運な逃亡者たちは、追跡を防ぐため、城や城下町の堀に架かる橋をすべて壊しました。これで、この国は隔離されたわけです。
なにせ辺境にある小さな王国ですから、入れなくて困る人などいませんでした。どうやら、移民を呼び込むことは無理なようです。なにせ、狂った王がいる国だという噂が、今後広まるでしょうから……。
「…………」
王は謁見室で、ただ座り込んでいました。ぼんやりと天井のシャンデリアを見上げています。一切の正気が感じられない不気味さを漂わしていました……。
『王よ。今や私を信じてくれる者は、お前一人だけになったようだ……』
神の声は寂しげでした。もはや神に、野心溢れる勢いは無く、王のように憔悴しています。城の外へ出ることすらできないのですから、苦しみは当然でした。
「…………」
王はゆっくり立ち上がると、トボトボと部屋の外へ歩き出します。
『ん? どこへ行くのだ?』
「…………」
神は尋ねましたが、王は無反応です。ただ黙って歩き続けます。すっかり憔悴しているせいで、神は王の心を読めませんでした。そのため、
城内は静寂に包まれているにも関わらず、王の足音は響きませんでした……。
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王は暗い通路を歩いています。燃え尽きた蝋燭の油が、床の死体の上で固まっていました。強烈な死臭がたちこめ、ハエの大群が飛び交っているにも関わらず、王はまったく気にしていません。まるで、感覚が消え失せているかのようです……。
やがて王は、城から城下町へ出ました。もちろん、城下町にも人影はありません。代わりに、腐敗した死体があちこちに転がっています。外で明るい分、凄惨さがよくわかります。ちぎれた足を、野犬が咥えていました。野生動物などによる自然処理頼みのため、この状況は当分続きそうです。
王は丈の長いマントを着込んでいたため、歩く度に裾が血で汚れてしまいます。以前の王ならば、家来に着替えを持ってこさせているところですが、今の王は気にも留めていませんでした……。
『おいおい。見回りなどしなくても、不信心者どもはもう皆殺しにしたのだぞ?』
「…………」
久しぶりの外出で、神はいくらか調子を取り戻せたものの、王は相変わらずでした。周囲を見回しながら、死体と死体の間を、トボトボと歩き続けています。
「……ふぅ……」
しばらく歩いた王は、メインストリートの真ん中で立ち止まりました。無表情のままですが、何かを決意したような雰囲気が伝わってきます。
そして、周囲を見回し始めました。目線が下向きなので、探し物をしていることがわかります。この期におよんで、火事場泥棒でしょうか?
少しして、王の目線がピタリと止まります。目線の先には、酷使により根本で砕けた剣。刃だけが、死体に刺さったままでした。
王はその剣の元へ、フラフラと歩いていきます。
『そんなバカなことはよせ!!!』
ようやく王の心を読めた神が叫びました。ひどく焦っています。
神の声を無視する形で、王は剣の前にきました。そして、突き刺さった刃を、素手で引き抜き始めます……。サビ始めているとはいえ、刃は刃です。簡単に刃は抜けたものの、両手は血だらけになっています。とても痛そうなので、神は顔をゆがめます。
ところが王は、無表情のままです。以前の王なら、軽い擦り傷程度、大騒ぎしているところでした……。
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「……お前を信じた余は、本当にバカだったよ」
王は神にそれだけ言うと、手にした刃の先端を、自分の顔面に思い切り突き刺しました……。しかもそれを繰り返そうとします。
一刺し目は額に突き刺さり、二刺し目は鼻に突き刺さりました。三刺し目以降は顔のどこかです。なにせ、顔面が赤一色に染まっていて、部位の区別ができません……。
『やめろ!!! やめるんだ!!!』
「や、だね。おまえ、だけ、こ、ここに、ずっと、いると、いい……」
王はそう言い切ると、力尽きて倒れました……。頭部を中心に、血の水溜まりが広がっていきます。
『…………』
動かなくなった王のそばで、神は呆然としたまま浮かんでいました……。ショックでフリーズしているようです。
やがて日が沈み、周囲が暗くなってから、王は我に返りました。月や星々がわずかに照らすだけで、当たりは真っ暗です。神の表情が、一気に引きつります。
『だ、誰か!!! おーい!!! ここに神様がいるんだぞ!!!』
神は叫びました。襲いくる孤独の現実に抗いたいのです。
しかし、自分の声が、普通の人間に聞こえるかもわかりませんでした。なにせ、この国には誰もいないのですから……。
翌日になり、神はフラフラと他の神様の元へ向かいます。ところが、ひどい悪評のせいで、すぐに追い払われました。この神なんて誰も信じていないので、実力行使できる強さなど皆無です……。立ち直りしてみせようとしても、信じてもらえないのだから無駄です。
『…………』
……これで神は、本当に独りぼっちになったのでした。もう誰かを信じることも、信じないでいることもできません。永遠から永遠へと続く時の流れを、ただ孤独に見届けるしかないのでした……。




