第5話 魔力の無い青年
「では、行きましょうか、兄様」
アリサがビーグルと、呼んだ乗り物へ、上機嫌で向かう。
「ああーー」
トーヤも後に続く。
この辺りの種まきと苗植えがまだで、本当に良かったっと、トーヤは心から思った。
耕しただけの畑の土は、強い風圧を受けた所為で、所々、平らかになっている。
平らになった部分は、自分が鍬で耕そうと、トーヤは思った。
この程度なら、多少時間がかかっても自分の手でやってしまった方が気が楽だ。
確かにモーグで耕した方が断然、作業が早く、体力的消耗も殆ど無いに等しい。
だが、それは、魔力のある人間にとってはの話だ。
魔力の無いトーヤには難しい話である。
今、トーヤがモーグを動かせていられたのは、偏に魔力を溜めたクリスタルのおかげだからだ。
魔力保存クリスタルーー純粋に魔力を溜めておくための容器である。
モーグのような機械製品には、大抵、魔法術式が取り込まれおり、燃料である魔力を溜めたクリスタルを設置すと、魔法が発動する仕組みになっている。
その為、トーヤは何か用事がある際は、いつも事前に誰かに魔力をクリスタルに補充して貰っている。
その度に、トーヤは申し訳ない気持ちで居た堪れなくなる。
何故なら、魔力の量には個人差があり、多い者もいれば、少ない者もいる。
その為、少しでも魔力を温存する為に、魔力をクリスタルに保存して使用する人間が多い。
時と場合、その他、魔道具によっては、魔力保存クリスタルを使わない方が、良い場合もあるので、魔力保存クリスタルがあれば、絶対、安心という訳ではない。
しかし、あるに越したことはないので、大抵の人間はクリスタルを余分に持ち歩いている。
理由はこの世界の機械や道具の殆どが、魔力を燃料にして動いている為である。
即ち、魔法が使え無いという事は、日常生活もままなら無いという事だ。
(ーー無いものは、仕方がない。だからこそ、出来る限り、自分の力でやってみるしかない。ーー自分の力でどこまで出来るのか、やってみたい)
そんな思いを再度、胸に抱きながら、トーヤは妹の背中を追った。
等々、ビーグルの元へ、辿り着いたアリサは運転席に跨がり、勝ち誇った様な満面の笑みをトーヤに向ける。
そして、ここに座りなさいと、言わんばかりに、後ろの荷台を軽く、ポンポンと、手の平で叩いた。
トーヤはもう何度目かの、ため息をつき、仕方が無いと言わんばかりに小さく肩をすくめ、無言で後ろに乗った。
アリサの喜びに満ちた小さな笑い声が、直ぐ後ろに座るトーヤの耳に届いた。
「しっかり、捕まって下さいね、兄様。」
アリサがそう言うと、トーヤが言われた通り妹にしっかり、しがみつく。
口答えも、反抗もしない。
何せ、あの猛スピードを何度も体感しているのだ。
思春期の妹の体にしがみつく気恥ずかしさより、振り落とされそうになる恐怖の方が勝っている。
安全対策が万全とはいえ、万が一、あんな猛スピードで振り落とされれば、魔法で回避が出来ないトーヤは間違えなく死ぬだろう。
アリサが、動力源であるクリスタルに魔力を流す。
クリスタルが光ったかと思うと、周囲に田畑が広がるのどかな道を、猛スピードで駆けていった。