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第40話 魔力の視える青年


「ーー趣きがある素敵なお庭ですね」


屋敷の門を通り、中庭を凝視したのちシキが単調な声で言った。


「庭というより、畑だよねぇ。屋敷の敷地内に畑を作るなんて変わってるよね」


ハルダスがのんびりとした口調で言った。牽制する意味でトーヤがジッとハルダスを睨む。

だが、ハルダスは気にする様子も無い。それどころか、ニヤついている。

教え子をからかうのが面白いらしい。


「ショウイ様はーー」


「あれ?もう着いたんだ。早かったね」


やたらと背の高いトウモロコシの葉を掻き分けながら青年がこちらに近づいて来た。

背は高すぎず、低すぎず、痩せてもいなければ、太ってもいない。平均的な背格好の青年だ。

野良仕事をしているせいか、肌がほんのり小麦色に焼けており、健康的に見える。

それとは対照的にミルクティーのような薄茶色の髪は綺麗に整えられており、気品を感じさせる。

翡翠ひすい色の瞳が目を惹く、優しげな顔立ちの青年だ。

黒い作業用つなぎ服を着ているが、どことなくちぐはぐ感が否めない。

青年の温和な感じと気品がありながらもどこかのんびりとした雰囲気がそう感じさせたのかもしれない。


「トーヤとハルダス殿と……。ーーあなたがマーフルス国の領主、グディウッド・ニール・シン様の使者、シキ・オオメ・リー殿ですね」


トウモロコシをしっかりと両手に抱えたまま、黒い作業用つなぎ服を着た青年が頭を下げた。


「そ、そんなッ!頭をあげて下さい!」


シキが慌てショウイを制す。顔をあげたショウイがジッとシキを見つめ、微笑む。


「トウモロコシはお好きですか?」


「はッ?」


ショウイの提案に面食らったのか、シキが気の抜けた声をあげた。

腕に抱えたトウモロコシに目を落とす。

栄養を蓄えたぷっくりと膨れた粒がびっしりと、ひしめき合っている。艶があり、濃い黄色のトウモロコシは見るからに甘そうで、実に美味しそうだ。

シキが視線をトウモロコシからショウイの顔へと移動させると、畏まったかのように「ゴホンッ」と咳払いをした。


「お初にお目にかかります。ショウイ・ウェルデュ・セン・キィーファ・フリーデン様。私はシキ・オオメ・リーと申します」


シキはスカートの裾をちょこんと持ち上げて、優雅なお辞儀をして見せた。


「私ごときにご当主、自らの計らい。恐悦至極でございます。喜んで、ご馳走になります」


シキの言葉にショウイが嬉しそうに頷いた。


「それは良かった。今年は天候にも恵まれたおかげで出来が良い。甘さといい、大きさといい申し分ない。マーフルス国の民である貴方にもぜひ、味わっていただきたい」


そう言うと、ショウイは庭の隅に置いてあった鉄製の焜炉コンロの金網の上にトウモロコシを並べ始めた。

あらかじめ、焜炉コンロの中には熱した炭が用意されていたらしく、乗せた瞬間からジュウッというトウモロコシの粒が焦げる音と香ばしい匂いがあたりに広がる。


二人のやり取りがひと段落したのを見計らい、トーヤがすかさず、ショウイの前に駆け寄り、膝をつく。


「ショウイ様。この度はお時間いただき、誠にありがとうございます」


ショウイは強い決意に満ちた真剣な面持ちを一瞬、浮かべた。

だが、すぐにいつもの穏和な顔に戻る。


「色々と大変だったようだな。君が無事で良かった」


「ご心配をおかけして申し訳ございません」


「そうだな。私だけではなく、皆、心配するのでな。以後、気をつけてくれ」


「ハッ!」


トーヤは頭を更に深く下げた。

自分の軽はずみな行動がどれだけ皆に心配をかけてしまったのかと、悔やむ。


「そう気に病むな。ーーと、言っても難しいよな……。森の件は残念だった……」


「申し訳ございません。ウェルデュ・セン・キィーファ・フリーデン家から任せれた領土をあのような形で汚してしまい、なんとお詫びをしたらよいのか……」


悔しげに唇を噛みしめるトーヤの肩にショウイがポンッと手を置く。


「君は本当に良くやった。もっと被害が出てもおかしくはなかったんだ」


「いえ、私が日頃から徹底して見回るべきだったのです。全ては私の怠惰が元凶でございます」


「ここしばらくは隣国との関係は安定していたのだ。まさか、あのように潜んでいるとは思わないさ。君のせいでは無い」


「しかし!!」


ショウイの言葉にハッと我にかえる。

迂闊だった。

いくらシキが同盟国であるマーフルス国の使者だからといっても、自国の失態を知られてもいいはずはない。

今、この場で話しをすべきではなかったのだ。

トーヤは己れの浅はかさを恥じる。

謝罪と弁解を述べようと口を開こうとした時だった。


「この話は後にしよう。その為にオオメ・リー殿にも来て頂いたのだ」


そう言い、ショウイがトーヤの言葉を遮った。

驚いたトーヤが振り返ると、シキと目が合う。

おもむろに頷くシキ。

目に決意に満ちた色が宿っており、強い信念を感じさせた。

今、何も言うべきでは無い。

トーヤはそう感じた。


「トウモロコシっていうのは、もぎたてに限るよねぇ~」


緊張感を打ち壊すかのような能天気な声。


ハルダスだ!


上から覗き込むように、トウモロコシをジッと見つめている。


トーヤはショウイに一礼すると、素早く立ち上がり、ハルダスに駆け寄る。


「意地汚いですよ。先生」


ハルダスの左肩をがっしりと掴んで焜炉コンロから引き離した。

ショウイが従僕たちに用意させたのであろう椅子に無理矢理、座らせた。

もとより、ショウイは畑のあるこの中庭で客人を持て成すつもりだったらしく、人数分の椅子やテーブル、更にサイドテーブルの上には様々な飲み物や食べ物が用意されていた。

予め、焜炉コンロの火まで着けて置くという徹底ぶりだ。


「君って、子は実に面倒くさい奴だなぁ」


ハルダスはテーブルの上に片肘をつき、その手の平の上に頭を乗せて、鬱陶しいと言わんばかりに、ため息をついた。


「誰かさんが、世話かけさせるからですよ」


いぶかしげな声でトーヤは言うと、日頃の行いを抗議するかのようなジト目でハルダスに訴える。

だが、ハルダスはそんな教え子の冷ややかさも、どこ吹く風といった様子で全く気にしてないようだ。

向かいの渡り廊下をぼんやりと眺めている。

相変わらずの師に嘆息する思いのトーヤだったが、嘆いてもやむなしと、視線をショウイとシキに戻した刹那。

視界の端に捉えた“ある人”に気づいて、慌てて視線を戻す。


桜色のふわりと揺れる長い髪。

新雪を思わせる白い肌。

溢れんばかりに大きな目に輝くエメラルドグリーンの瞳。

その瞳を際立たせるように鼻や口、眉がバランス良く、配置されている。

小顔で頰は、ほんのり薄紅色。

全体に金色の細かな刺繍が施された白いロングワンピースが実によく似合っている。

凛とした立ち姿は誰もが目を奪われるだろう。


「皆さま、遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」


案に違わず、凛とした声が辺りに広がる。

そうして、実に丁寧で優雅なお辞儀を客人して見せた。


「久しくご無沙汰しておりました。リコ様におかれましては、その後、お変わりありませんでしょうか?」


トーヤは跪き、深々と頭を下げる。

それに応えるようにリコと呼ばれた女性が朗らかな笑みを返した。


「私はいつも通りよ。なにも変わらないわ。顔をよく見せてちょうだいな。ーーあなたこそ、少し痩せたように見えるのだけれど、きちんと食べているの?」


心地よい優しい声音で語りかけてくるリコにトーヤの心のこりがほぐれてゆく。


「ご心配、お掛けしまして申し訳ございません。きちんと頂いております」


リコが安心した様子でホッと息を吐く。


「それは良かった。でも顔色が良くないわ。あなたは頑張り屋だから、無理をしてるのではないのかと、私は心配になるのよ」


寂しげな表情を浮かべるリコにトーヤの胸がズキリと痛む。


「あのさぁ~、リコちゃんよぉ。トーヤ君にだけやけに優しくない?僕にも優しくしてよぉ~!」


ハルダスがズカズカと歩み寄ると、肘掛けに乗せるようにトーヤの頭の上にダラリと肘を休ませた。

トーヤは冷ややかな目で見上げてから、素早い手つきでハルダスの手を払いのける。

「ちぇ~、なんだよぉ。もぉ~」ハルダスが手をヒラヒラとさせながら、ぶつくさ言った。


「先生、いい加減にしてください!リコ様とショウイ様の御前ですよ!」


ハルダスを睨んだトーヤが強い口調で言い放つ。

だが、ハルダスは怯む様子は無い。

それどころか、冷たい目でトーヤを見下ろしている。


「おめでたい子だな、君は。こんな茶番に付き合わされているっていうのにさぁ」


ハルダスが皮肉たっぷりに言った。


「ーーハルダス様は相変わらず、手グセの悪い殿方ですこと」


リコが蔑んだように目を細め、口元に微笑を携えると、怒気を含んだ柔らかな声音で言った。

それが可笑しいのか、ハルダスがニカッと笑う。


「いやぁ~。手厳しいなぁ。でも君のほうが僕よりずっと手慣れだよ。まあ、そこが可愛いトコだと思うけどさぁ」


その言葉を聞いてもリコの表情は変わらない。


「ハルダス様は可愛い教え子がご心配なのでしょう。トーヤもあまり私や恩師であるハルダス様の気を揉ませないでくださいまし……」


「ーー善処します」


再び、頭を下げる。

恩人、二人にこれほどまで想われているなんて……と、心にじんと来ていた。

ーートーヤは少々、人の気持ちに疎く、鈍いところがある。

その為、二人の会話から行間を読めていない。


「あのぉ……」


申し訳なさげな声が場の空気に切り込みを入れた。

シキがそろりと遠慮ぎみに右手をあげている。

その場にいる者たちの視線を一身に受けているのにも関わらず、意外と落ち着いているように見える。


「トウモロコシがそろそろ食べごろだと思うのですが……」


皆の視線が移る。

確かに焜炉コンロの上のトウモロコシは濃い黄色に焼けており、良い焦げ目もついている。

香ばしい匂いが食べごろだと教えてくれているかのようだ。


「いつ声をかけようかと、頃合いを見計らっておりましたが、ついかけそびれておりました。おかげで助かりました。シキ殿」


トウモロコシをひっくり返しながら、ショウイが言った。

視線をシキから自分の姉へと移したショウイが困ったような含み笑いをした。


「姉上、戯れはそのへんにして、一緒に食べましょう」


弟の言葉にリコが仕方ないといった様子で肩をすくめ、照れたように笑う。


「そうね。大切なお客様ですもの。皆さま、ご一緒に仲良く、召し上がりましょう」


そう言って、渡り廊下からふわりと降り立ちると、トーヤの元に歩み寄った。

ハルダスとは反対側の肩にそっと手を添える。


「一緒に行きましょう」


リコが優しく語りかけた。


「御意に」


トーヤが立ち上がり、リコに続く。

そんな二人の背中をハルダスが黙って見守る。

少しだけ距離を置いてから、二人に続いた。



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