第3話 魔力の視える青年
アリサが何故、こんなにも嬉しそうな顔をしているのか、青年には分からなかった。
とりあえず、妹の機嫌が治ったので良しとした。
「ところで、アリサ。お前、何か用があって来たんじゃ無いのか?」
兄の言葉にアリサはにんまりと笑った。そして、座っていた乗り物の座席から降りると、再び、兄の元へ、思いっきり、飛びついてきた。
青年は再び、受け止める。
じゃれつく子猫のようにアリサは、青年の胸に顔を埋め、顔をシャツに擦り付ける。
しばらく、そうしたのち、アリサは顔を上げ、青年の顔を見上げる。
まるで、水面から顔を上げた子どもみたいだな。
ーー実際、子どもなんだが……と、青年は思った。思わず、苦笑する。
アリサは青年の目を見つめ、微笑を浮かべる。
わざと間を空けているのか、しばらく、無言で言葉を返した。
「先生、帰って来たよ」
実にあっさりとした口調でそう言った。
予想外の言葉だったらしく、青年は一瞬、意味が理解出来ず、きょとんとしていたが、やがて、口元から笑みが溢れた。
その様子を見たアリサは、再び、ふくれっ面を浮かべる。
「兄様は乙女心をぜーん、全然、分かっていません!」
アリサが、不服そうにそう言い放った。
そして、背伸びをし、兄に顔を近づける。
「アリサちゃんの焦らし上手。などと言って、おでこを指でツン、として欲しいのですぅ!」
わざとらしく、甘える駄々っ子ような口ぶりだ。
アリサは兄を、上目づかいで見つめる。
それが、何故だか、とても愛らしく、とても可愛らしい。
その姿に感化されたのか、青年が再び、満面の笑みを浮かべる。
アリサのおでこに手をかける。
そしてーー、親指と人さし指で輪を作り、軽く弾いた。
パチッンという、音が響いた。
早い話が、デコピンである。
「何するんですか!」
おでこを両手で、押さえながら、アリサが、腹を立てている。
「いや、指でツン、として欲しいと、言ったから、デコピンかなっと……」
とぼけたような事を言う兄に対し、妹は純情乙女を弄んだだの、やはり、乙女心を分かっていないのだの、散々、文句を言っている。
一方、兄の方は、悪びれる様子もなく、笑いながら、ゴメン、ゴメン、と謝っていた。