第33話 魔力の視える青年
「やめろっつってるだろうが!」
「遠慮していいですよぉ~。オーキュペティーとザイルの仲じゃないですかぁ~」
厨房から男女の言い争う声が聞こえる。痴話喧嘩てかいう仲睦まじい感じではない。
なんという分かりやすい奴なんだとトーヤは半ば呆れながらも、己れの気持ちに素直に従うオーキュペティーに感心していた。
それにほんの少し羨ましい気持ちもあった。
「オーキュペティー。ザイルの邪魔をするなって言っただろう」
二人は同時に声の主の方を向く。
「おはようございます。トーヤ様」
「ああ。おはよう」
ザイルが頭を下げる。
「聞いて下さいよ!トーヤ様!オーキュペティーが手伝うと言っているのに、この意地悪ザイルがオーキュペティーを邪魔者扱いするのですよ!」
オーキュペティーが金切り声をあげた。
「邪魔者以外の何者でもねぇだろが!テメーが手ぇ、出すと無駄な仕事が増えんだよ!」
「失敬な!オーキュペティーはスプライト家の皆様方を思ってオーキュペティーお手製、ステーキサンドを作って差し上げようとしているのですよ!」
そう言って左手でパンを取ると、もう片方の手でバターヘラを持った。
オーキュペティーの前には色とりどりの野菜や果物、肉や魚、卵に牛乳、バターなどの乳製品などが並んでいる。
オーキュペティーは右手を振り上げると、得物をバターの中心部に突き立てた。
バターを抉ぐる。ヘラには優に三人分はあろうと思われるバターがこんもりと乗っかっていた。
こともあろうか、オーキュペティーはそのバターをパンに塗りつけはじめた。
「何しやがる!」
悲鳴に近い声をあげたザイルがオーキュペティーからパンとバターヘラを取り上げる。
「そっちこそ、なにするんですか!オーキュペティーはバターを塗っていただけなのに!」
「多すぎなんだよ!バカヤロー!加減ってものを知らねぇーのか!」
「バターが多い方が美味しいんですぅ!」
「アホか!これじゃ、ステーキの味もパンの味も殺しちまうじゃねーか!塗るならもっと薄く塗れ!」
ザイルがパンの表面に塗られたバターをヘラで削ぎ落とし、薄く均一に塗る。
「あー!少なすぎですよぉ!」
「いいんだよ!これで!」
オーキュペティーはパンとバターヘラを奪おうと手を伸ばし、飛び跳ねるが、大型の熊の獣人であるザイルと身長差がありすぎて全く届かない。
「ダァー!やめろ!そんなに作りたいなら、そこのレタスをちぎって洗え!」
飛び跳ねるオーキュペティーが鬱陶しかったのか、ザイルが顎をしゃくる。ザイルが指した先にはみずみずしいレタスが丸々一玉あった。
オーキュペティーがパッとザイルから離れ、レタスに飛びつく。
「はじめから素直に応じればいいのですよ」
オーキュペティーはレタスを大事そうに抱え、勝ち誇ったような顔で言った。
「ああ。俺が悪かったよ。罰としてステーキは俺が焼こう。どうか愚かな俺にオーキュペティーのステーキサンド作りをサポートさせてくれ」
仰々しいほど改まった態度で志願するザイル。
なるべく調理に関わらさせない為とはいえ、こんなにも芝居掛かった物言いをすれば、逆にオーキュペティーは腹を立てるかもしれないと、トーヤは危惧した。
「仕方ないですね。特別にオーキュペティーの助手にしてあげますよ。そのかわりしっかりとオーキュペティーをサポートするのですよ!なにせ、オーキュペティーは初めてステーキサンドを作るのですから!」
全然、問題なかった。オーキュペティーはザイルに上手くあしらわれているという事すら気づいていない。
それよりも……。
「ステーキサンド、作ったことなかったのか……」
あんなに騒いでいたにもかかわらず……と、トーヤは感心するやら、呆れるやら、なんともいえない奇妙な脱力感に襲われた。
「そりゃあー。ステーキサンドより、野菜と豆のサンドイッチのほうが美味いからさ」
一同、いっせいに振り向く。
厨房の勝手口の扉に男がもたれ掛かっている。
金と白の混じった班目の髪に白い肌、先の尖った耳、エルフ特有の整った顔立ち。
年の功は四十から五十前後に見える。
分不相応という言葉がある意味ぴったりの風貌をしている。
きちんとした身なりなら、どこぞの貴族かと見紛うであろう容姿なのだが、今、現在の姿はまるで浮浪者のようだった。
いや浮浪者の方がまだ小綺麗にしているだろう。
彼のエルフの男の服は泥や土で汚れており、所々、すり切れ破れている。
かつては白だったと思われるシャツは黄ばみをとおり越して茶色く変色している。
赤茶色のズボンも砂埃を衣のようにまとっているうえにボロボロだ。靴もだ。
だがエルフの男は全く気にしていないようだ。
「おい!そこから動くな」
エルフの男を指差し、ドスの利いた声でザイルが言った。
エルフの男は何を言っているんだと言わんばかりにきょとんとしている。
「汚ったねー格好で厨房をうろつくなってるんだよ、先生ぇ」
ザイルの鋭い眼光を向けられても、先生と呼ばれたエルフの男はどこ吹く風とばかりにへらへら笑っている。
「いやぁー、昨日は急にいなくなって悪かったねぇー。南の遺跡で面白い物が出てきたというメッセージが届いてね。居ても立っても居られず、という訳さ」
「それならそうとメッセージを飛ばして下さい。昨日は色々ありすぎて、何か事件に巻き込まれたのかと心配しましたよ」
毎度のことながらこの考古学者の先生のマイペースぶりには呆れるやら感心するやら……。
しかし無事で良かったと、トーヤはホッとした。
「本当にすまなかったね。アリシアから聞いたよ。昨日は大変だったみたいだね。あの遺跡の地下にロボットが封じられていたなんて分からなかったな。ロボットにはさして興味をそそられないが、どのような経緯で封じられていたのかに関しては非常に興味をそそられる。ーー調査が楽しみだ」
先生がにんまりと笑う。
「ーーあぁ、ザイル君の厨房《城》にはこれ以上、侵入しないので安心してくれたまえ」
「そいつはどうも……。俺も掃除の手間がはぶけて助かるよ。ーー血液っつーのは落ちにくいからな……」
ザイルが独り言のように呟く。
先生が腹を抱えてケタケタと笑う。
「本当にザイル君は冗談が過ぎるなぁ。面白い。ーー君に私がヤレるとは到底思えないがね」
「ほぉ、なら試してみるか」
両者の視線がぶつかり合い、見えない火花を散らす。
「二人とも止めろ。ーーそれにオーキュペティー、離れろよ」
トーヤの背中にぴったりと張り付くように隠れるオーキュペティーに声をかけた。
オーキュペティーはビクリッと肩を震わせると、親の機嫌を伺う子どものように恐る恐るトーヤの顔を見上げる。
「別に先生はとって食ったりはしないから安心しろ。俺もいるし、ザイルもいる」
「そうだぜ。トリ子。この変態野郎が一歩でも動いた瞬間、この爪で引き裂いてやるからな。ーーだが後で掃除は手伝ってくれ」
「ひどく嫌われたもんだなぁ。あの時は冗談で言ったんだよ。まさか本気で鳥人間を喰うはずがないだろう。仮にも私はエルフだ。寿命が長い。不老不死なんてものには魅力を感じないね」
先生が面白そうにクスクス笑いながら言うと、それに私を含めてエルフは菜食主義だしね、とも付け加えた。
それでもオーキュペティーは震えており、トーヤの背に隠れてながら様子を伺っている。
「べ、別にオーキュペティーは怖がっていませんよ。冗談だって分かっていましたし!」
そう言ってトーヤの背後から出て来ると、胸の前で腕を組んで、えへんっと威張った。
「それなら良かったです。では紅茶を淹れてくれませんか?茶葉はアールグレイで、ベルガモットのスライスを入れてください。付け合わせに人参とオレンジのラペを挟んだサンドイッチを……。あっ、クミンシードと油抜きした干しぶどうを忘れずに合えてくださいね。それからーー」
ドンッ!という音が先生の言葉を遮った。
「ちょーど、ここに人参とオレンジのラペがありましたよ、お客様ぁ……。今から至急、作りますのでどうぞ、お外でお待ち下さいませぇ」
調理台の上には陶器で出来た蓋付きの白い容器が置かれていた。
腹の底から絞り出したような低い声でザイルが言った。
「トリ子!手伝ってやる!ヤカンに湯を沸かせろ!」
ザイルにドヤされオーキュペティーがハッと我にかえる。
「はい!」
ザイルに言われたとおりオーキュペティーは水を入れたヤカンを火にかけた後、テキパキとティーポットとカップの準備をし始めた。
ザイルが先生の背後にある勝手口の扉を指差す。
「ではお客様。とっとと出て行ってもらえませんか?準備が整いましたら応接室にお持ちしますのでねぇ」
ザイルの爪がクリスタルの灯りを反射してキラリと光る。
先生がやれやれ仕方ないなといわんばかりに肩をすくめた。
「では応接室で待たせてもらうとしよう。私の朝食をよろしく頼むよ。オーキュペティー君、ザイル君」
「は、はい!」
「言われなくてもちゃんとやる」
オーキュペティーが緊張ぎみに返事をし、ザイルがぶっきらぼうに言い放った。
「トーヤ君。ちょうどいい。朝食が出来るまで散歩でもしながら話しをしよう」
話さなければならない事は沢山ある。遺跡の件、ナガトの件、密猟者の件、隣国の動き、主人への謁見の件……。
「分かりました」
先生は頷くと勝手口の扉を開け、外へと出て行く。
「ザイル。オーキュペティー。頼んだぞ」
「お任せ下さい」
「かしこまりました!トーヤ様!」
ザイルとオーキュペティーが応えた。
二人の調子が少し戻ったようでトーヤは安心する。トーヤは二人に軽く会釈してから先生に続いた。




