第30話 魔力の視える青年
トーヤ達は後方の隊と合流した後、狼煙を打ち上げ、他の隊にも屋敷に戻るよう命じてから屋敷に戻った。
スプライト邸の広大な敷地内には母屋である屋敷と、離れである別邸が二棟ある。
他に巨大な格納庫が三つあり、ロボット等を駐機している。
手入れの行き届いた庭園には青々とした芝が広がっており、その広大な敷地を囲うように深い森が広がっていた。
森の中にもう一軒、小さな屋敷があるが、時々、使用人が掃除に行くぐらいで今は誰も住んではいない。
街からかなり離れた郊外に建つこの屋敷こそ、この領地を治める当主、アリシア・ス・アトリ・スプライトが住まう邸宅であり、トーヤ、クオン、アリサの住居である。
現在、父、ユージーンは今は遠征の為、離れて暮らしており、年に数回しか帰って来ない。
別邸には使用人や警護の兵も住んでおり、スプライト邸はいつも賑やかであった。
トーヤは兵士たちに感謝と労いの言葉を伝え、待機を命じる。
新たな厳命が下るまで、皆、それぞれ本来の持ち場に戻って行く。
「ふぅ……」と、ひとまず、一息つく。
これから母の意見を仰がなければならない……気が思い。
「おかえりなさいませー!皆さま方ー!」
荒々しく扉を開ける音とドアベルの音が聞こえ、次にソプラノの良く通る声が響き渡る。
そこにはメイド服姿の女性が立っていた。
黒いシンプルなワンピースに白いフリルのついたエプロンを付け、白いタイツに黒の革靴という正統的な格好のメイドだ。
黄色の長い髪を白いフリルのついたヘアゴムで髪を一つにまとめ、肩に垂らしている。
スカイブルーの澄んだ瞳が目を惹く、可愛らしい顔立ちをしている。
その女性は両手を広げ、トーヤ達に向かって駆け寄る。
「オーキュペティー!」
アリサが声を弾ませ言った。両手を広げ、メイド服の女性の胸に飛び込む。
メイド服の女性もとい、オーキュペティーはしっかりとアリサを受け止め、ギュッと抱きしめた。
アリサもそれに応え、抱擁を返す。
「ただいま戻りましたわ!ペティー!」
アリサは背中に回した腕を離すと、オーキュペティーの腕に生えた片翼をさする。
「や~ん。アリサ様ったら、オーキュペティーの一番、気持ち良いところを撫でまわすなんて、罪なオ・カ・タ」
撫でられていない右手を頬に添え、困ったわというポーズをとっているが、満更ではないらしく顔をほころばせている。
アリサが「はぁわ~」というため息ともつかない感嘆の声をもらす。
「ーーなんて気持ちいいのかしら、ペティーの羽毛は……。この手触り……。この手触りを知ってしまってから私は……私は、もう……」
アリサが頰を赤らめる。
「ーー良いのですよ。アリサ様。私はスプライト家に使用人。どうか、私をめちゃくちゃにしてくださいまし……」
「ペティー……」
アリサはオーキュペティーの片翼を両手で挟むと上下に摩る。柔らかくて軽い、ふわふわの触感。絹にも勝るとも劣らない滑らかな肌触りに、綿菓子みたいにふんわりとしている。いつまででも触っていたい。
「ペティー!」
「アリサ様!」
「ーーおい。一体、いつまで続ける気だ」
じゃれ合う二人をトーヤが遮った。
二人が同時に振り向く。
なぜかオーキュペティーは、まるで、はにかんでいるかのように顔を赤らめると、軽く握った拳の指を唇に押し当てながら、視線を泳がせ、遠慮しがちにトーヤをチラチラ見る。
「トーヤ様。ご心配なさらずとも、オーキュペティーは皆様のオーキュペティーですわ。ですから、そのようなもの欲しげなお顔をされなくても、オーキュペティーはトーヤ坊っーー」
「んな訳ないだろ!」
「兄様がオーキュペティーをそのようなイヤラシイ目で見ていたなんて私、気づきませんでしたわ……。さすがはオーキュペティー」
尊敬の眼差しで見つめるアリサにオーキュペティーは得意げにフフンッと鼻を鳴らす。
「メイド長である私には全てオ・ミ・ト・オ・シでございますわ!」
アリサがパチパチと喝采の拍手を送る。
「お前ら、俺を何だと……」
思っているんだと、トーヤは続けようとしたが、それをドアベルの音が遮った。
「あなた達、楽しそうね」
女性が一人、扉の前に立ち、嬉しそうに微笑んでいる。
実に彼女は優しげな雰囲気をまとっており、穏やかに微笑む彼女は不思議と人に安心感を与えた。
その理由は、おそらく雰囲気だけではない。彼女の顔立ちが大きく関係してると思われる。
金色の大きな目、形の整った血色の良い唇、小さな鼻が絶妙な位置に配置されている。
まるで子猫のように愛らしいファニーフェイスだ。
肌つやも良く、癖のない真っ直ぐ伸びた紺色の長い髪に鳥の羽根を象った髪飾りをつけている。
クリーム色の生地に白と金色の糸で細かな刺繍が施された上品なロングワンピースという服装だ。
ヒールの低い白い靴を履いた足で一歩、一歩、トーヤ達の元へと近づき、オーキュペティーとアリサの前で立ち止まった。
オーキュペティーが姿勢を正し畏まる。
「ただいま戻りました。お母様」
一連のやり取りを見られたのが恥ずかしかったのか、アリサが頬を赤く染めて微笑む。
「皆、怪我も無く、良く戻りましたね。無事でなによりです」
アリシア・ス・アトリ・スプライトが凛とした声で言った。
「はい。兄上のおかげで被害は最小限にとどまったかと思われます」
クオンの報告にアリシアが頷く。
「ノインの話を聞いた時は戦慄しました。今、思い出しても、ほら、このように震えが止まりません」
強く握りしめた拳が小刻みに震えている。
「猩々《ショウジョウ》、夜光鹿、ユニコーン……数多の命を失いました」
アリシアの言葉がつまる。目が潤み、白目が赤く充血しているが、涙は流すまいと堪えている。唇が微かに動いたが、ためらった後、結局、音としては発しなかった。
だが、その場にいた者には分かっていた。
彼女が「可哀想」と言いたかったのだと……。
「申し訳ございません!アリシア様!」
ルクが引き千切られたような悲痛に満ちた声をあげ、皆をギョッとさせた。
そして、そのまま崩れ落ちるように跪く。
「御身の大切な森に不届者の侵入を許しただけでなく、あまつさえ、猩々《ショウジョウ》、夜光鹿、ユニコーンを!ーー死なせちまったぁ!!ワシが!ワシが!森に住むワシ、異変に気がつきゃぁ!防げたかも知れねえのによぉ!」
ルクの言葉が段々と崩れ、ぐちゃぐちゃになってゆく。自分の言葉が涙腺を刺激し、涙を誘発させた。それがもっと情けなくて、ルクはますます深く頭をさげた。
「貴方のせいではないわ。ルク」
アリシアがルクの肩にそっと手を添える。
「相手は防御結界をものともせず、侵入するほどの手慣れ……。責任は私にあります」
「そんな!アリシア様のせいじゃねぇ!」
ルクが叫んだ。アリシアは微笑を浮かべたまま、小さくかぶりを振る。
「貴方達にも森の者達にも辛い思いをさせてしまいました。ーーですが」
アリシアがルクの肩から手を離し、一人、一人の目を真っ直ぐ見つめる。
「この落とし前は必ずつけます」
アリシアが力強く宣言し、皆、一同に同意した。




