第25話 魔力の視える青年
どうしてここが分かったのか、どうやってここまで来たのかとか、疑問が浮かんだが、今はそれをナガトに問いただす時間は無さそうだった。
なぜなら攻撃を防がれた狼型のロボットは怒り心頭だと、言わんばかりに大きな咆哮をあげているからだ。その声が反響し、振動となってあたりの木々を揺らす。トーヤは思わず、耳を塞ぐ。逃げ延びた猩々《しょうじょう》達は甲高い叫び声が少し離れた方から聞こえてくる。無理も無い。明らかな強い殺意ーー。動くものは皆、爪で引き裂き、かみ殺す!そんな勢いだ。
ナガトを見据え、低い唸り声をあげると、こちらに向かって突っ込んで来た。
ナガトはトーヤを掴み、操縦室に押し込めると、操縦室の扉を閉めた。
壁にしていた赤い帯状のものを地面から引き抜くと、後ろに飛び退き、狼型のロボットと距離をとる。
赤い帯状のものが空中にふわりと浮かぶ。 そのうちの六本が紙縒り《こより》のようにクルクル捻れ、瞬く間に長い槍のような形態に変わった。
迫り来る狼型のロボットにそのうちの一本を放つ。だが、狼型のロボットは右へと跳び退き、攻撃をかわした。
今度は二本同時に頭部目掛けて放つ。しかし、それも大きく左へと大きく跳び退き、かわしてしまう。狼型のロボットのスピードは落ちない。ナガトはさっき放ったものとは別の一本を帯状の形態のまま、前足目掛けて薙ぐ。
狼型のロボットは地面を力一杯、蹴り上げると、大きく口を開け飛び掛かって来た。
ナガトの頭部を喰い千切らんばかりの勢いだ。
しかしナガトは慌てず、後ろに飛び退くと、背中の帯状のものを掴み、思いっきり引き抜く。一瞬にして剣のような形態に変えると、それを狼型のロボットの口の中を目掛けて真一文字に薙いだ。
ーーこれは不味い。非常に不味い。このまま攻撃を受ければ、頭と顎が離れ離れだ。頭部が破損すれば攻撃力も防御力もかなり落ちてしまう。 そうなってしまうと、武器が爪と威力の弱い風魔法ぐらいになるのだ。それだけではこの奇妙なロボットを倒すどころか、逃げ切る事さえ不可能だろうと、狼型のロボットの操縦士は考えた。ーーならば、次に取るべき行動は回避ではない。と、迫り来る刃に顔を向ける。
ギンッという金属が打つかり合う嫌な音が響く。
なんと狼型のロボットはナガトの剣が切り裂こうとする刹那、刃に噛みつき、白羽取りのように受け止めたのだ。
狼型のロボットは刀身に噛り付いたまま、放り投げようと顎と四肢に力を込める。強靭な顎を持つこの『ウォセホウケウ』が押し負けるはずがない。そう狼型のロボットの操縦士は思った。
投げ飛ばした後、すぐにこの場から離脱するのだ。深追いするべきではない。このロボットは底知れない薄気味悪さがある。
逃げるのが得策だろう。己の本能がそういっている。今まで何度もその直感に救われてきた。自分を信じ勇気ある撤退を選択して来たのだ。それが最も正しい選択だったと信じて疑わなかったし、これからもそうだ。
そう思い、思いっきり放り投げようとした。
だが、どういう訳だか、どんなに力を込めても赤白のロボットは微動だにしない。
嘘だろう……と、狼型のロボット、ウォセホウケウの操縦士は愕然とした。
確かにウォセホウケウはスピード重視型のロボットだか、顎の強さと平衡感覚の良さは折り紙付きだ。
ーーそして俺が乗ればウォセホウケウは百人力のはずだった。
あの底意地の悪い騎士団兵達すら認めたくらいだ。
ーーなのに。なんだこのざまは。
ウォセホウケウの操縦士は唇をかむ。今まで出会った人々の顔がよぎり、フッと笑みがこぼれる。
ーーやっぱここで死ねねーわ。ウォセホウケウの操縦士は強く思った。
川の下流で待機していた仲間は無事、逃げられただろうか?
二十分経っても戻らなければ、撤退するよう伝えてはあるが、アイツらバカだから心配だ。
俺を助けようなんて変な気、起こさなきゃいいがな……。いつからだっただろうか、アニキ、アニキと、つきまとうようになった小汚いガキ、二人。まぁ、俺も汚いガキだったけどな。施設に入った後もそうだ。犬みてーについて来やがって。ほんと、バカなヤツらだ。
なにが、どこまでもアニキについて行くだ。そのせいで、おまえ達も騎士団に入る羽目になったんだろうが。俺のことなんて見限ればいいのによ。そうすれば、ロボットを乗って酔ってゲロ吐く事もなければ、死にかける事もなかっただろうに。今回の仕事だってそうだ。
他国に侵入した上に密猟だ。見つかれば即殺されてもおかしくない。
ゴウト国の連中は品性のかけらもない田舎者で残忍だと聞く。
捕虜になったとしても拷問の末、殺されるだろう。
ーー死。ガキの頃からずっとつきまとってきたいわば、親友みたいなものだ。何度も死にかけた。
スラム街だろうが、戦場だろうが気を抜けば、あっという間に屍だ。
ーーだが、いつだって回避して来たのだ。
今回だってきっと乗り越えられるはずなのだ。
ウォセホウケウの操縦桿を握る手に力が入る。手の平にじっとりと汗が滲む。
ーー死にたくない。
そう、ウォセホウケウの操縦士は死にたくないのだ。
異国の地で死にたくない。仲間を残して死にたくない。施設のガキどもだって自分が死ねば泣くだろうし、あの養父のことだガキどもよりも取り乱すのが容易に想像出来る。
それに自分が死ねば一部の騎士達が『やはり卑しいネズミには騎神の加護は無かったのだ』と、嘲笑うであろう。
ーー想像しただけで腹ただしい。ウォセホウケウの操縦士の手に別の意味で力がこもる。
ーー俺はこいつを吹っ飛ばして故郷に帰る!
ウォセホウケウが歯をくいしばる。己の力とナガトの重量を利用して遠くへ投げ飛ばそうとしたその時。スルリと歯と歯の間から細い紐のような物が滑り落ちてゆく。細く細くより細くゆく。もう紐というよりも糸と言った方が正しい。何本も何十本も何百本もの細い糸状の物が次々とこぼれ落ちてゆく。ナガトの剣はかつて剣の形状だったとは想像出来ないほど、細い糸状の束に変わった。
ーーさせるか!
ウォセホウケウの操縦士は噛みにくくなった紐状の物を決して離すまいと、力の限り引っ張った。
しかし、ナガトの方もこのままされるがままという訳にはいかない。
今、主人がいるのだ。あんなに待ち望んだ我が主人。情けない姿は見せられない。
ナガトは己の赤い糸状の物を両手でがっちりと掴む。そして、それを思いっきり引っ張った。それに負けじとウォセホウケウが力を込める。お互いがお互いの意地と誇りと力がぶつかり合う。
「ナガト!」
トーヤが緊迫したこの状況に堪らず、声をあげる。
「トーヤ様。お時間をお掛けいたしまして、申し訳ございません」
ナガトの声が操縦室に響く。本当にすまないと思っているようで、声が沈んでいる。
「俺に何か出来る事はないのか?どんな事でもいい。なんでも言ってくれ」
もう自分はナガトの主人なのだ。ナガトはロボットで人間では無い。だが、トーヤにはナガトが感情の無い無機質なロボットとは、どうしても思えなかった。
ナガトは自分の相棒になったのだ。ならば、助け合うのは当然だとトーヤは考えていた。
ナガトはトーヤの言葉を黙って聞いていた。操縦室がしばしの沈黙に包まれる。
「ーー嬉しいです。トーヤ様」
感慨無量と言わんばかりにナガトをつまらせ言葉を発した。ナガトが続ける。
「すみません。今まで私だけ主人がいませんでしたので、つい……。本当に私、自分の主人を持てたのですね」
ナガトの声が涙で掠れているように聞こえる。いくらナガトが未知のロボットだと、いっても涙は流せないだろう……と、トーヤは思った。古代のロボットだとしても、結局は金属の塊だ。生身の人間のように涙が流せるはずはないのだと。トーヤの頭にどうしてナガトの開発者はこんな機能をつけたのかと、疑問が浮かぶ。
「ああ、俺は間違えなくお前の主人で相棒だ。だから教えてくれ。俺がやるべき事を……」
ナガトは感動で胸がいっぱいになり、その所為で言葉が詰まり、上手く声が出ない。
いけない!いけない!これ以上、我が主人に心配をおかけしてはいけない。言わなければ、答えなければ。私の操縦士に。
「ーーそれでは、操縦桿を掴んでください」
トーヤは言われた通り操縦桿を掴む。
「トーヤ様。頭に思い浮かべて下さい。私の腕はトーヤ様の腕。私の脚はトーヤ様の脚。私はあなたの思ったとおりに動きます。ご覧ください、トーヤ様。今、私はワンコと綱引きをして遊んでおります。さて、私が勝つにはどうすれば良いと、お考えになられますか?」
目の前には狼型のロボットが赤い糸状の束を引っ張っている。ナガトの手も赤い糸状の束を引く。両者が端を引っ張りあっており、力は均等しているようだ。
トーヤはその様子をじっと見つめ考える。
狼型のロボットは渾身の力で引っ張っているように見える。一方、ナガトは随分と余裕があるようにトーヤは感じた。
ナガトに問おうとした時だった。
「ご安心下さい。まだ余力を残しております」
トーヤが声を発する前にナガトが答えた。
「お前、俺の考えが分かるのか!まさか、人間の考えている事が全て分かるのか?」
トーヤは思わず、声を荒げた。
当然だ。話すだけでは飽き足らず、人間の思考言語を完璧に読み取るロボットなど考えられなかったからだ。
通常のロボットも操縦士の思考を読み取るが、簡単な言語だけだ。人間の思考言語を完全に読み取るなど不可能なのだ。
「全ての人間の思考は分かりません。私が分かるのは我が主人だけでございます。主人の思考と波長を八八艦隊機は感じ取るのです。そのおかげでトーヤ様の危機に駆けつける事が出来たのでございます」
なんだそれ!そんな芸当がロボットに出来るのかよ!まるで魔法じゃないか!ーー俺の魔法よりすごいじゃないか……。
魔力が見えるだけの自分の能力がより一層、ショボく感じた。
「そ、そうなのか?いや、まぁ、結果的には良かったんだが……なんといえばいいのか……。すごいな。ありがとな……」
しまった。ついしどろもどろになってしまった。今日は色々ありすぎて思考がついていかない。完全に頭の中がキャパシティオーバーだ。これ以上、可笑しな事が起こればストレスで死ぬかもしれない。と、トーヤは思いながら、目の前の狼型のロボットをじっと見つめる。
(大人しく捕虜に……なんて無理な話だろうな。出来るだけ乱暴な真似はしたくは無いが……)
バラバラに切り裂かれた夜光鹿とユニコーンの群れが脳裏を過ぎる。
(ーー相手の出方次第だな。夜光鹿とユニコーンを大量に殺したうえに角を奪った外道だ。猩々《しょうじょう》も殺したしな)
トーヤは奥歯をかみ締める。頭蓋に歯が擦れる不快な音が伝わる。
『捕虜は丁重に扱わなくてはならない。我が国では捕虜や人質を丁重に扱いたいものだ……』
懐かしい光景がフッと頭に浮かぶ。
幼き頃の光景だ。長きに渡る人質生活。非道い仕打ちを受け、毒づく自分に主人であるショウイがそう言って慰めてくれた。
同じ仕打ちを受けたのに愚痴一つこぼさないショウイに衝撃を受けたと同時に己を恥じた。いつもそうだと、トーヤは思った。
ーー我が主人がお望みならば、それに従うのみだ。
ならば、丁重に扱ってやろうじゃないか。そう。丁重に……な。
ナガトが赤い糸状の束から手を離す。
突然、相手が手を離した所為で狼型のバランスを崩した。その隙を突かないはずはない。すかさず、背中の赤い紐状の物を引っ張り出し、一瞬で剣状に形態を変える。
狼型のロボットの脚を目がけて、横に剣を振る。左前脚が切断される。まずは一本。次に右前脚、右後脚、左後脚と切断してゆき、あっという間に四肢が無くなった。
四肢を無くした狼型のロボットは無残にも地面に横たわる。
トーヤは頭も切り落とそう思ったが、操縦士が頭部にいる可能性を考えてやめる事にした。捕虜は丁重に扱わなくてはならないから。
「ナガト。俺の声を狼ロボットに伝えられないか?」
「ワンコの機内に直接音声を伝える事はありませんが、機外に音声を拡張することは可能でございます」
「それでいい。頼むぞ」
「畏まりました。ーー準備が整いました。それではお話下さい。」
少し緊張するな。トーヤは落ち着こうと呼吸を整える。
「狼型のロボットに告ぐ。頭に両手をついて大人しく出で来い。さもなければ、無理矢理引きずり出す」
よし、なかなか、いい呼びかけだったぞ。こんだけ優しく投降を呼びかけたんだ。素直に出て来るだろうと、トーヤはちょびっとだけご満悦だった。
ーーやはり、ゴウトの軍人は野蛮だと、狼型のロボットの操縦士は思った。引きずり出すなんて野蛮人の発想そのものだと。
ーーこのまま、自害すべきか。いや!駄目だ!養父は言っていた。戦士たる者、いかなる辱しめを受けようとも生き残れと。生きてさえいれば、敵に一矢報いる好機が巡ってくるとも。
ーーやってやるさ。どんな拷問を受けようが、ぜってー、口、割らねぇ。耐えてみせる。そして隙を見て野郎を殺してやる。
そう強い決意を胸に秘め、狼型のロボットが操縦室の扉を開けた。




