第2話 魔力の視える青年
モグラに似た機械人形は、後、十五分程で畑を耕し終えそうだ。
青年が腰を上げようとした時だった。
遠くの方から音をたて、何かが物凄い速さで近づいて来る。
もし吹きつける木枯らしの風音と、澄んだ風鈴の音色を混ぜ合わせる事が出来たとしたら、こんな音がするだろう。
そう感じさせる不思議な音だ。
近づいて来る何かは、青年まで後、少しという所まで迫ると、甲高いブレーキ音を響かせ、青年の目の前にぴったりと止まった。
スカーレット!
その姿を見たものは、思わず、そう叫びたくなるだろう。
真紅の長い髪に豊富とした身体にぴったりと合った緋色の服。
白い肌に小さな頭、整った綺麗な顔。
特に印象付けるのは、形の良いアーモンドアイに生えた長いまつげだ。
可憐でありながらも、美しい緋色の君。
まさにその言葉がぴったりだった。
乗り物から降りた彼女は風圧のせいで乱れた髪を手櫛で梳かし、整えーー。
そしてーー。
「兄様!」
と、言い、両手を大きく広げ、青年に飛びつく。
青年は倒れる事無く、彼女の体をしっかりと、受け止めて支える。
「危ないだろう。アリサ」
自分の体からアリサと、呼んだ女性を引き離す。
アリサは膨れっ面を浮かべ、上目づかいで、青年を見つめる。
そんなアリサを青年は何事かと、訝しげに見据える。
しばらくして、何かに気が付いたのか、ハッとした表情を浮かべた。
「どうした?目にゴミでも入ったのか?」
青年は心配そうな声でそう言うと、アリサの目を覗き込み、顔に手を伸ばす。
「ゴミなど入っていません!」
アリサはピシャリと、青年の手を払い退ける。
思っていた以上に大きな音が周囲に響いた。
アリサの行動に青年は驚き、一瞬、心身共に固まったが直ぐに持ち直す。
そして気を引き締めると、兄らしい毅然とした態度で妹に物申そうとコホンっと、軽く咳払いをする。
そう、今こそ、兄の威厳を示す時だと青年は思った。
「それにしても、お前、スピード、出し過ぎだぞ。いくら田舎とはいえ、気をつけろよ」
威厳とは程遠い口籠った言い方だった。
(良し!よく言った!俺!)
危険な運転に加え、このような生意気な態度。世間一般的に見れば、大抵の人間は妹を叱るだろう。それが、妹の為。厳しさという名の愛情だと人は言うだろう。
しかし、青年にはそれがどうしても出来き無かった。
甘やかしている自覚はある。
それが、妹の為にならない事も重々承知だった。
妹に魔力を貰っている負い目。
兄の魔力量が少ない為に妹に肩身の狭い思いをさせる申し訳なさ。
それよりも、一番、大きな理由は、父親違いの兄妹だという事。
以上の事を気にして、青年は兄妹を叱る事が出来なかった。ーーからかう事はあるが……。
「ご心配無くとも、そんなドジいたしません!」
アリサは拗ねたようにそう言った。
「確かにお前の魔法はすごい。ただ、兄として妹が心配なんだ」
青年の言葉にアリサは目をぱちくりさせ、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですわね。兄様に心配させるのは、妹として心が痛いですわ」
言葉とは裏腹に声が弾んでいる。
アリサは青年に背を向け、自分が乗って来た乗り物に向かって歩いて行く。乗り物の前にたどり着くと、くるりとその場で回転し、青年と向き合う。そして、運転席のクッションにドカリッと腰を下ろし、足を組んだ。
結構、乱暴に腰かけたにも関わらず、乗り物は一切、バランスを崩さず、先程と変わらずに地面から十センチ程、浮遊している。
金属と青銅器とクリスタルで出来た馬とトノサマバッタを混ぜ合わせたような形をした乗り物だ。
アリサは兄を見据える。
「兄の希望に沿う事こそ、妹、妙理につくという事ですわ」
アリサは満面の笑みを浮かべた。