第20話 魔力の視える青年
「どうした!なにがあった!」
「夜光鹿が!ユニコーンが!」
大急ぎで走って来たのであろう。技術者のドワーフはゼイゼイと息を切らせている。
顔の血の気がひいて、青白い。顔の半分が髭に覆われていでも分かるほどだ。
怯えているのか、体がガタガタと震えている。
「落ち着け!ノイン!」
ルクがノインの目を真っ直ぐ見据え、両肩をがっちり掴む。その目の力強さに勇気づけられたのか、ノインは少し落ち着きを取り戻したらしく、呼吸を整え、コクコクと、何度も頷く。
「ーー夜光鹿とユニコーンが殺されとった……。角が、角が根こそぎ持っていかれとった……」
ノインの言葉に一同が息を呑む。
「密猟者か!」
油断していた……。ここ数十年、密猟者が、侵入することがなかったからだ。森は強力な魔法結界で囲っており、警備も怠らなかった。森の境界には警備官は勿論、小型の監視ロボットも配備している。
ユニコーンは生息数が減っており、保護動物に指定されている。狩猟は勿論、捕獲すら禁止されてる。
ユニコーンは頭蓋に一角を生やした白馬だ。特に角には強力な魔力が宿っており、密猟が後を絶たない。
一方、夜光鹿は決して珍しい動物ではないが、ユニコーンと同様、角に魔力を宿している。ユニコーンに比べれば、魔力量も少く、効能も弱い。効能は魔力増量ぐらいしかない。
体長、百五十センチぐらいの茶色の毛に覆われた鹿だ。雄は枝分かれした大きな角を生やし、雌の角は五センチほどの小さな角が生やしている。
夜光鹿の角は夜になるとその名のとおり、青白く発光する。雄は角が大きく強い光を放つほど雌にモテるそうだ。そんな立派な角も繁殖期を過ぎる春になると、抜け落ちてしまう。森の近くに住む村民の一部はそれを集め、町に売りに行くのだ。
夜光鹿の狩猟は期間が決まっており、その期間以外は基本禁止されている。
スプライト家の領地であるこの森は凶暴な肉食動物はいないが、珍しい動物や魔獣が多々、生息している。
それらの保護、管理を徹底しておこなっていた。
猩々《しょうじょう》という、通称、森の番人と呼ばれている言葉を話す猿達が、森の環境を管理している。
とはいっても、猩々《しょうじょう》達はスプライト家の領地になる昔から、自主的に森の草木を植え、間引き、森に住まう動物を監視していた。
スプライト家も自分達に害を及ばさないのならばと、了承している。
猩々達は争いを好まない、心優しい穏やかな種族だ。
昔、大火事に見舞われた際、ルクの一族に救われたそうだ。ルクの一族は消火を手伝い、怪我した者を手当てし、復興にも献身的に協力したという。
その恩を今でも忘れず、ルクが僅かな仲間を連れてこの地にやって来た際も、心良く工場の建設させてくれた。
ロボット工場と技術者、整備士の確保、害は無いとはいえ猩々達の監視、森の状況確認など、スプライト家にとっても有意義な事であった。
「一体、何頭、やられたんじゃ」
ルクはゴクリと息を呑み、ノインに訪ねる。
「かなりの数じゃ、なにせ、全身、バラバラにされておるからーー」
胃の中にあったものが、せりあがってきたらしく、俯いたノインがウプッという嗚咽を漏らす。嘔吐する訳にはいかないと、口を両手で押さえ、どうにか我慢した。胃がムカムカと気持ちが悪く、目には涙が浮かんでいる。
「バカな!この時期の夜光鹿じゃぞ!もっとも凶暴になっている時期じゃ!例え一頭でも簡単には狩れん!ユニコーンもじゃ!滅多に見つからんうえに、足も速い!うちの森の中では一番、気性の荒い魔獣じゃぞ!」
ルクが声を荒げ、ノインの肩を揺さぶる。
ノインは自分も同意だと言わんばかりに、何度も頷く。
「猩々達はどうした!お前、猩々達に会いに行ったんじゃなかったのか!」
「わ、分からん……。猩々達がいつも休んでおる大樹に向かう途中で夜光鹿とユニコーンを死体を見つけたんじゃ……」
トーヤは嫌な予感がした。もしかしたら最悪の事態の可能性もある。
「ルク、お前は工場に戻って仲間にこの事を知らせてくれ。武器を装備させ、猩々達の捜索させろ。ただし、決して単独行動はさせるな。五、六人のチームを編成、三チームに分かれて捜索だ。くれぐれも気をつけるように」
トーヤは落ち着いた声でゆっくりとした口調で話す。
そのおかげか、不安と恐怖に苛まれていたルクとノインの強張った表情が、ほんの少しほぐれる。
ルクがゆっくりと、息を吐く。
「了解じゃ。トーヤ様。おまかせくだされじゃ」
トーヤが頷く。
そして、ノインに目を向ける。
ノインはビクリと体を震わせ、 怯えたように目を伏せた。
「ノイン、悪いが夜光鹿とユニコーンの死体を見つけた場所を教えてくれないか?話せるか?」
ノインが、がばっと顔をあげる。やはり、髭のせいで表情が分かりにくいが、大きく見開いた目が全てを物語っていた。
恐怖、怒り、不安、悲しみが入り混じった目。
「トーヤ様……。まさかと思いますが、お一人で行かれるつもりじゃねぇーですよね」
「まさか。供を連れて行くよ」
トーヤの言葉に安心したのか、ノインがホッと息をつく。
「ーー猩々達の大樹に向かう途中に立ち上がった熊に似た大岩があります。その大岩を通り過ぎると、赤い実が沢山なった背の低い木が生えております。その木の前に……」
それ以上は言葉が続かなかった。ノインは悲惨な現場を思い出したらしく、怯えた子犬のように、小刻みに震えだす。自分自身をあやすように、両腕を抱きかかえ、何度もさする。
「辛い事を思い出させて、すまない」
トーヤがノインの肩に手を置き、労う。
顔をあげたノインが首を横にふる。
その顔を見ると、これから頼む残酷な懇請に心が重くなるのを感じた。
「ノイン。今すぐ屋敷に向かい、この事を領主に伝えてくれ。頼む」
トーヤが頭を下げる。信じられないといった様子で、ノインが目を丸くしている。
人間の貴族、ましては領主の息子が多種族の自分に対して頭を下げるなど、考えてもみなかったのだ。
「頭を上げてくだせぇ!必ず、ワシがお伝えしますから!」
堪らずノインが懇願する。顔を上げたトーヤの表情に安堵の色が浮かんでいるのが、ノインには分かった。
「頼んだぞ。ノイン」
「おまかせください。トーヤ様」
決意を胸に力強い声でノインが応えた。




