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第15話 魔力の視える青年

  聞き慣れたビーグルの音が耳に届く。

  アリサが戻って来たのだ。

  音のする方へ目を向ける。

  いた!相変わらず、器用に樹々の間をすり抜けながら、猛スピードで近づいてくる。

  よっぽど、急いで来たのだろう。予定よりも随分と早い到着だ。

  トーヤはイスから立ち上がると、身を乗り出して、ビーグルの後部座席を凝視する。樹々の間に見え隠れする為、よく分からないが、アリサの背後で小さく身を縮めている人物が確認出来た。

  振り落とされないよう必死なのだろう。

  トーヤはその人物に心の底から同情し、そして居た堪れない気持ちでいっぱいになった。

  こちらから呼んでおいで、この仕打ち。

  アリサから珍しいロボットの話を聞き、踊躍歓喜ゆやくかんぎするルクの姿が目に浮かび、トーヤの心がズキリと痛む。アリサの運転の荒さを知るルクは、ビーグルに乗るのを一瞬、躊躇したはずだ。

  葛藤の末、好奇心に負けたルクは覚悟を決め、後部座席に腰を下ろしたのだろう。

  だが、ビーグルが走り出した瞬間、後悔したはずだ。この恐怖は体感しなくては分からない。トーヤは初めてアリサの後ろに乗せて貰った時を思い出し、ブルリッと身震いした。ルクが大のロボット好きの整備士とはいえ、あまりに酷い扱いだ。

  何か詫びの品を与えなければなぁと、トーヤが考えているうちに、とうとう、アリアとルクが到着した。

  大きなブレーキ音を立て、ビーグルが停止する。

  アリサは颯爽とビーグルから降り、乱れた髪を整えると、満面の笑みで操縦席に座るトーヤに向かって大きく手を振った。

  ビーグルが停止しても後部座席の人物は身を縮めたまま、顔を伏せてブルブルと震えている。よっぽど怖かったのだろう。トーヤは思い切って声をかける。


  「おい!ルク!無事か?」


  トーヤの声に気がついたルクがピクリと体を一つ、震わせると、恐る恐る顔をあげる。 そして目を大きく見開いたかと思うと、ビーグルから飛び降り、ナガトに駆け寄った。


  「ま、間違いない!八八艦隊機だ!本物!?本当に本物なのか?」


  興奮したルクが目を輝かせ、ナガトを見上げている。どうやらトーヤの心配は杞憂に終わったらしく、一先ず、安堵した。

  ルクは先程まで爆走ビーグルに怯えていた人物とは思えない程、溌剌はつらつとしている。

  かと思うと、ナガトの脚に触れようか、どうしようかと迷い、手を伸ばしたり、引っ込めたり、あぁ、ダメだと、左右に首を横に振り、自分を叱咤したりなど、実に忙しそうだ。

  トーヤがそんなルクの様子を眺めていると、パチリっと目が合ってしまった。


  「し、失礼しました!若旦那!」


  深々と頭を下げ、挨拶をした。


  「ーー若旦那は止めろと言ってるだろう」


  何度、言えば、分かるんだよ。どいつも、こいつも……と、トーヤはウンザリとした気分で半ば呆れ気味に言った。

  家督を継ぐつもりは無いと何度も言っている。なのに、家の者も村の者も長男である自分が継ぐのが、当然の習わしだ言って聞かず、トーヤは殆、困り果てていた。長男が継ぐなど、実にくだらない習わしだ。家督というものは代々、優秀な者が継ぐべきであると、トーヤは常々、そう考えていた。

  それに自分には一家臣という身分がお似合いだ。頭よりよく動く手足というのが、性《しょう》に合っている。

  そして、何より、仕えたい主がいる。

  家と家という繋がりでは無く、トーヤ・ス・アトリ・スプライト個人が仕えたい主、ショウイ・ウェルデュ・セン・キィーファ・フリーデン。

  スプライト家は長きに渡り、ウェルデュ・セン家に仕えている。

  ウェルデュ・セン家の次期当主であるショウイ・ウェルデュ・セン・キィーファ・フリーデンと、その姉、リコ・ウェルデュ・セン・キィーファ・フリーデンは幼き子の頃から苦楽を共にし、兄弟のように育った仲だ。

  トーヤは二人を好いている。

  利発で明るい令嬢の姉、リコ。その一月後に生まれた心優しき弟、ショウイ。

  同い年であった三人は性格や身分は違えど、妙に馬が合い、仲が良かった。

  お二人の為、ウェルデュ・セン家の為、そして、この国の領民の為、トーヤは命を差し出す覚悟でいる。

  (まぁ、俺が出来る事なんて、たかが知れてるけどな……)

  そんな思いを抱きながらトーヤはルクを見ていた。


  「どうしましたか?若っーー、トーヤ様。ま、まさか!ご気分でも悪いんでッ!」


  慌てふためくルクを見て、アリサもハッと息を呑む。


  「イヤ、むしろ、気分が良いくらいだ」


  トーヤが笑う。

  ゲラゲラでも、クスクスでもない、ごく普通の笑みを浮かべるトーヤにルクとアリサはホッと胸を撫で下ろした。


  「トーヤ様。お加減は本当に宜しいのですか?」


  ナガトの心配げな声が降りてきた。


  「あぁ、心配ない」

 

  「しゃ、しゃべった!しゃべったぞ!ぶ、文献は嘘じゃなかった!」


  間髪入れず、割って入ったルクが興奮した様子で騒いでいる。ロボットの事になるといつも我を忘れるルクだが、今回は一段と、はしゃいでいる。

  よほど嬉しいのか、目には涙が浮かび、鼻に手の甲を押し付けて啜りながら、「すごい!すごいぞ!」と独り言を繰り返す。

 

「文献?! どういう事だ!」


  ルクの意外な言葉に思わず、声を荒げる。

  アリサは眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。

  ルクが肩に下げたカバンの中から、薄汚れた紙の束を取り出す。

 

  「これです。これらは、ワシが長年かけて集めた文献や資料です」


  ルクがアリサに差し出す。


  「兄様」

 

  兄より先に受け取って良いのかと、指示を仰ぐ。

  トーヤは無言で頷き、先に読むようにと、顎をしゃくり促す。

  アリサは頷くと、ルクから紙の束を受け取り、真剣な顔で読み始めた。

  読み進めるアリサの眉間にシワが寄り、深刻な顔つきになってゆく。

  最後の一枚を読み終えると、くるりと、ルクの方を向き、「おとぎ話だわ」っと言って紙の束を突き返した。

  慌てて紙の束を受け取るルク。


  「おい!」


  アリサのつっけんどんな態度にトーヤは思わず、声を荒げる。

  だが、アリサは反省するどころか、呆れたかのように深いため息をついた。

 

  「兄様も読んでくださいな」


  アリサが外方そっぽを向き、冷たく言い放つ。何故、アリサはこんなにも冷えきった態度なのか。トーヤはルクの抱える紙の束に目を移す。悲しげに紙の束を見つめるルク。可哀想だ。再びの居た堪れない気持ちでいっぱいになる。


  「ナガト、降ろしてくれ」


  トーヤが単調な口調でナガトに伝えると、「了解、致しました」と言って、手の平をトーヤの前に差し出す。

  手の平に移る際、肩に乗っているグリーンフォックスリスが、ずり落ちないか気になったトーヤが様子を伺うと、爪を服に食い込ませ、しっかりと掴まっていた。

  トーヤは安心して手の平に移る。

  ゆっくりとした動作で、慎重に腰を屈めて、膝をつき、そっと地面に手の甲をつけ、トーヤを地上に降ろした。

  ナガトの手の平から地面に降り立つと、ルクが親を見つけた仔犬のように安心しきった顔でトーヤに近づいて来た。

 

  「わざわざ、すまなかったな。ルク」


  トーヤが労いの言葉を述べると、ルクは何度も首を横に振った。


  「とんでもありません!若旦那!礼を言いたいのはコッチです!」


  ルクは目を潤ませ、両手でしっかりと紙の束を握りしめる。

  握力でぐしゃりとシワが寄る。


  「あぁ!いけねぇ!」


  そう言うと、自分のうっかりミスで皺くちゃになってしまった紙の束をゴツゴツとした指で丁寧に伸ばし、トーヤに手渡す。


  「ーー若旦那は止めろって。わざとだろうが、いい加減にしろよ」


  呆れたように苦笑いを浮かべながら、ルクから紙の束を受け取る。

  トーヤに指摘され、ルクはきょとんとしていたが、やがて、ガハハッと大声を上げて笑い出した。


  「いやぁ~!若旦那、若旦那って、言い続けてると、いくら頑固な坊ちゃんでも、いずれ、折れるじゃないかっていう算段なんだがなぁ~!」


  「イヤ、ならないから」


  「いやぁー、分からんじゃないですか!人間の気なんて簡単に変わりますぞ。長年、人間を見てきたドワーフのワシが言うんじゃから間違いないですぞい」


  トーヤは怪訝な顔つきで豪快に笑うルクの顔をジィ~っと見る。


  「……ぞいって、何だよ……ぞいって。変な語尾、使うなよ……後、坊ちゃんは我慢するが、若旦那は冗談でも止めろよ。本当に」


  トーヤはぶつくさ文句を言いながら、目線を手元の紙の束へと移した。

  そして、真剣な顔で読み始める。

  ルクはじっとトーヤが読み終えるのを待つ。 腕組みをし、仁王立ちするルクは実に貫禄がある。一般的なドワーフ同様、背は低いが、筋骨隆々とした勇ましい男だ。

  癖のある茶色の長い髪を一つに結い、長い髭をたずさえている。

  髭のせいで顔の大きさは分からないが、眉、目、鼻、口、耳、等、大きなパーツがゴツゴツした顔に収まっている。

  服装は白いシャツの上に、えんじ色のチョッキを羽織り、その下に茶色のズボンを履いている。足元は革製の茶色のブーツだ。

  オリーブグリーン色をした斜めがけのカバンを肩からさげている。

  見た目は厳ついが、とても心優しいドワーフ。それがルク・ガーリンという男だ。

  ルクは、はぐれ者のドワーフだった。

  本来、ドワーフは山脈に住まう山の民だ。

  しかし、ルク達はドワーフの集落から抜け、スプライト家の管理する土地で小さな工場を開いている。

  ロボットを始めとした機械全般に詳しく、村の皆に種族を越え、信頼されていた。

  幼き日のトーヤはどうしてルク達は街ではなく、こんな森の中に工場を作ったのかと、聞いた事があった。

  ルクは少し寂しげな顔をしたかと思うと、いつものように豪快な笑い声を上げ「優秀すぎるワシらに場所は関係ないのじゃよ、坊ちゃん。ワシらの腕は超一流だからのう!のう!みんな!」ルクが問うと仲間のドワーフ達も「おう、そうじゃ!」「ワシらの腕はゴウト国一じゃ!」など口々に応えた。

  ルクも工場のドワーフ達も口々に冗談を言って笑う。

  ふーん、そういうものなのかと、その時のトーヤは思い、それ以上は聞かなかった。

  ただ寂しげなルクの顔だけが心に残っていた。

  ドワーフが山脈に集団で暮らし、他種族と滅多に関わらないと知ったのは、それから数年後だった。

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