第14話 魔力の視える青年
「ナガト、さっきみたいに外が見えるように出来るか?」
操縦席に座ったまま、無機質な壁を拳で軽く叩く。
こんな辺ぴな森を訪れる人間なんて、自分を含め、三人ぐらいしかいないと思うが、一応、自分の目で確認したいと思い、ナガトに聞いた。
「可能ですが、こちらが扉を開けない限り、向こうからは、こちらの様子を見る事は出来ませんが、宜しいでしょうか?」
「そうなのか……。まぁ、構わないから、やってくれ」
「承知致しました、トーヤ様」
トーヤの周囲の壁が透明になり、360度ぐるりと見回せるようになった。
見晴らしが良すぎるぐらいだ。
ナガトが大穴を開け場所は偶々、樹々が少なく、広場のような平地になっていた。
周辺の樹々は斑らに生え、所々に大小、様々な平地が広がっている。
樹々の間から、猛スピードで近づいて来るという人物が見えた。
間違えない。ビーグルに乗ったアリアだ。
妹との再会も間近と迫っている。
トーヤはアリサの喚く姿がありありと、思い浮かんだ。なんて、説明しようかと考えているうちにアリサは到着し、ナガトの前でビーグルを停止させた。
ビーグルから降りると、直立不動のまま、ナガトの顔をじっーと見ている。
「キャユンッ!」
肩のグリーンフォックスリスがブルッと身震いさせ、悲鳴ような鳴き声をあげた。
トーヤが喉元を優しく撫でると、「キュウー」と、落ち着いた声で小さく鳴く。
安心したようで、良かったと、トーヤはホッと胸をなで下ろす。
(ーーそれにしてもだ)
アリサ、メチャクチャ怖い。睨んでいるみたいだ。これじゃあ、グリーンフォックスリスじゃなくても怯えるだろうよ。
いつも騒がしい奴が何も言わずただ立っているだけというのが薄気味悪く不気味だ。
これ以上、睨みつけられては、堪ったもんじゃ無い。
呼吸を整え、覚悟を決める。
「ナガト、開けてくれ」
「承知致しました。トーヤ様」
目の前の扉が開き、気持ちの良い風が操縦室に舞い込んで来た。爽やかな風だ。
やはり、壁があるのと無いのでは全然違う。窮屈な閉塞感が無くなり、気持ちまで解放されたような気分だ。胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、ゆっくりと吐く。そして視線を下へと移す。
アリサは大きな目を更にまんまるとさせ、口をあんぐりと開けている。
「に、兄様?」
アリサは震える手でトーヤを指差し、信じられないという顔をしていた。
(まぁ、そうなるよな……)
「ーーあぁー……。アリサ……。来てくれて、良かった。探す手間が省けて助かったよ」
トーヤの歯切りれの悪い語り口にアリサはイライラしたらしく、眉間にシワを寄せた。
「どういう事ですか!兄様!」
トゲのある声で責め立てるアリサを困ったなぁといった様子で見ていると、肩に乗るグリーンフォックスリスが「キュウゥ~」と、心配そうな声を上げた。
アリサは素早くグリーンフォックスリスを指差す。
「オマエは兄様のポーチを盗んだリスね!何、馴れ馴れしく兄様の肩に乗っているのよ!降りなさい!」
金切り声を上げるアリサを見ながらトーヤはナガトと同じ事、言ってるなぁと、思い、肩に目を落とす。艶々した黒いお目々と目が合い、何ですか?ご主人といった感じに首を傾げた。愛くるしい姿に心がキュンと締め付けられる。
あまりの可愛さに、ついつい喉元を撫でてしまう。グリーンフォックスリスは気持ち良さそうに目を細めた。
「こいつを飼う事にした。荷物は返してくれたんだ。俺に懐いているし、コイツのおかげで命拾いしたしな」
グリーンフォックスリスを撫でながらトーヤは言った。アリサはその様子をしばらく無言で見ていたが、やがて、大きなため息をついた。
「ーーまぁ、兄様がいいならアリサはいいんです。兄様がお許しになられたのならアリサは全然、構いません」
仕方が無いといった感じの口調でアリサは言った。
(アリサは兄様の味方なのですから……)
薄っすら笑う妹をトーヤは不気味に思った。時々、アリサはこんな風に笑う時がある。その度に……いや、普段からだ。不肖の自分をやたら気にかけるスプライト家の皆を薄気味悪く、そして、その度にいた堪れない気持ちでいっぱいになっていた。
「そのロボットはどうしたのですか?」
にこやかな笑みを携えたアリサが話を続ける。
「拾った」
「拾った!?」
「冗談だよ。見つけたんだ」
「同じじゃないですか!」
想像していた通りの反応をする可愛い妹のおかげで、沈んでいた気持ちが少しだけ浮上し、不自然なく笑う事が出来た。
「何でもかんでも拾って来てはいけません!兄様!」
小さな子どもを叱りつけるかのような口調で言った。
やがて、落ち着いたのか、フゥーッと、大きなため息をつくと、仕方がないといった様子で「どうなさるおつもりですか?」と、聞いた。
「とりあえず、ルクの工房に連れて行くつもりだ」
「ーールクを連れて来れば良いではないですか」
アリサは少しムッとした表情を浮かべてから、訝しげな視線をナガトに向ける。
「兄様。そのロボットから降りてくださいまし。ロボットは一旦、ここに放置して一緒にルクを迎えに行きましょう。絶対にそちらの方がよろしいと思われますわ」
淡々とした喋り口の中、絶対という言葉を強調した。声は落ち着いているのに、眼光だけが、やけに鋭く、微量な殺気すら放っている。
「お待ちください!」
ナガトが声をあげる。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は元八八艦隊所属、零一号機、ナガトと申します。決して、怪しいモノではありません。ーーどうか、置いて行かないで下さい」
懇願するナガトに更に疑いの眼差しを強めた。だが、すぐに兄に視線を移し、キッと睨みつけた。
「兄様!遠隔操作されている機体に乗るなど、なんてバカな事をなされるのですか!隣国の新型という可能性もありますのに!」
アリサが怒鳴った。顔が真っ赤になり、あまりの怒りに涙がにじみ、目が充血している。
「遠隔操作などされていません!私はトーヤ様の不利益になるような事は絶対にいたしません!」
堪らず、ナガトが割って入る。
「トーヤ様は私がやっと見つけた私の主なのです」
独り言のように悲しげにつぶやくナガト。
ナガトの必死の訴えを聞いても、アリアは疑惑たっぷりの目で正体不明のロボットを上から下まで隅々と視察している。
「ーーそこまで、おっしゃるなら、私が尋問いたしますが、よろしいですね?」
「待て。尋問なら俺がする」
突然の兄の言葉に驚き、目を向けると、そこには表情の無い能面のように冷淡な兄の顔があった。
「兄様が?ですがーー」
「ナガトを見つけたのは俺だ。連れて来た俺に責任を取る義務がある」
兄の意外な発言に一瞬、面食らってしまったが、すぐに気持ちを立て直し、言葉を綴ろうする。だが、兄はそれを許さず、瞬時に遮られてしまった。
「ーー分かりました。では、お願い致します」
こうなってしまっては、テコでも動かない。兄は変に頑固な所があるからだ。
「はい!私に分かる範囲でしたらお答えいたします!」
すかさず、ナガトが明るく弾んだ声で答えた。
「では、早速、質問だ」
淡々とした口調でトーヤは尋問を開始した。
「ーーお前は何者だ。どこの国の者で何の為にロボットを操っている」
先程とは別人かと思う程、鋭く厳しい口調でトーヤはナガトに問いかけ始めた。
「私は先程も申し上げた通り、元八八艦隊所属第一号機、ナガトでございます。ーー今は所属も無いただのロボット、ナガトです」
凛とした声でナガトは話を続ける。
「これも、先程、申し上げましたが、私は私の意志で行動しております。誰にも操られておりません。私は自らの意志で考えて行動するようプログラムされました。ーーそれが、私を創って下さった開発者……いいえ、父の最後の願いなのです」
今し方まで、毅然とした語り口だったナガトの様子が、開発者の事を口にした途端、一変した。何か思いつめた悲痛な声。純粋な悲しみだけが残っている。只々、悲しいそんな声だった。
「プログラム?」
「私の基礎となるモノです」
「ーーよく分からないな」
「私達、ロボットには意志はあっても感情はありません。それを補うモノと考えて下されば結構です。決してトーヤ様に危害を加えるモノでは無いので、ご安心下さい」
「ーー意志はあっても、感情は無い」
トーヤが独り言のようにつぶやく。
(尚の事、分からん!なんだ、この哲学のブタみたいな話は!比喩表現とかいうヤツか!第一、今のナガトの話が本当だとしたら、ナガトは操られているどころか、人格みたいなものがあるっつー事になるじゃねーか!)
本当にバカみたいな話だが、素直に一蹴、出来ない。確かに、ナガトは自らの意志を持って行動しているように見えるからだ。
そんな筈は無いと、頭では分かっているのだが……。
ーーやはり、ルクに見せるしかない。
トーヤは改めて、そう強く感じた。
「ありえませんわ……ロボットが自らの意志で行動するなんて……」
アリサは信じられないと、首を横に振る。
そして、しばらく考え込むと、「仕方がないですね」とつぶやいた。
「分かりました。私がルクを連れて参ります。兄様はここで待っていて下さい」
今の所、このロボットは兄に危害を加える気は無いようだ。もしも、危害を加える気があるのなら、とっくにやってるだろうし……ロボットの言っている事に対しては、半信半疑だが、このままここにいても埒があかない。兎に角、ルクに見てもらうしかない。
ーーそれに
(本来、ロボットに乗れないはずの兄様が乗れるロボット……そんな技術を持つ国なんてありえませんわ)
ロボットというものは、魔力を燃料にして動かす機械だ。魔力が極めて少ないトーヤが動かすなど、到底出来ない代物だ。
ーー全て、おかしい。
アリサは強く思う。
兄は深く考え込んでいたが、やがて納得したらしく頷く。
「なら、そうしてくれ。頼むぞ、アリサ」
アリサの表情がパアッと明るくなった。
「お任せください。兄様」
そう言い、深々と頭を下げた。頭を上げたアリサはビークルに乗ると、颯爽と走り抜けて行った。




