第13話 魔力の視える青年
「トーヤ様。僭越ながら、その小動物はどうなさるおつもりですか?随分とトーヤ様に懐いているようです」
グリーンフォックスリスを撫でているトーヤに向かってナガトが尋ねた。
グリーンフォックスリスは頬ずりをし、相も変わらず、トーヤに甘えている。
トーヤは小さく溜め息を吐く。グリーンフォックスリスをそっと抱き上げ、地面に降ろした。何が起こったのかと、目をぱちくりさせ、トーヤを見上げる。黒い瞳が涙で潤み、『どうして?』と言いたげに首を傾げる。
その幼気な姿にズキリと心が痛む。
「そこの小動物。トーヤ様が迷惑しています。今すぐ、トーヤ様から離れなさい」
ナガトがグリーンフォックスリスに冷たく言い放つ。
グリーンフォックスリスは、トーヤからナガトに視線を移す。そして、可愛らしく「キュウ」と鳴くと、再び、トーヤの肩へよじ登り、自分の頬をトーヤの首に擦り付ける。
「ーーなんて、聞き分けの無い生物なんでしょう!離れなさい!」
ナガトの怒りに満ちた声が響く。
一方のグリーンフォックスリスはどこ吹く風という様子で相も変わらず、トーヤに甘え続けている。
トーヤはため息を吐くと、グリーンフォックスリスを掴んだ。そして自分の顔の前に持ってゆき、じっと黒い目を見つめた。
グリーンフォックスリスも瞬きすらせず、ジッーと、トーヤの目を覗き込んでいる。
「ーーお前、俺について来たいのか?」
トーヤが口を開く。
すると、グリーンフォックスリスは、それを待っていましたと言わんばかりに「キュウ!」っと、元気よく鳴いた。
トーヤは納得したのか、小さく頷く。
「そうか。そんなに来たいなら、付いてきてもいいぞ。お前、根性あるようだし、何か、役に立ちそうだしな」
トーヤの言葉にグリーンフォックスリスはパチクリと瞬きをした。
「キュウ!キュウ!」
同行の許可を得たグリーンフォックスリスは、直ぐには状況を理解出来きず、パチクリと瞬きする。状況を理解した瞬間、嬉しそうに返事をした。
「宜しいのでしょうか、トーヤ様」
声の主はナガトだった。
先程とは打って変わり、かなり心配しているようだ。
振り返ったトーヤがナガトの顔を見上げた。
この声の主は、本当に心配しているのだろうかーー。
正体不明の人間がナガトを通して通信しているのか、或いは本当にーー 。
いや、まさか。トーヤは目を閉じ、首を横に振る。湧き上がった疑問を直ぐ様、打ち消し、ナガトを見据える。
こいつの正体を突き止めなければ。それこそ、我が領主の脅威になるやも知れない。
見極めなければ、利用出来る存在なのか、それとも、排除すべき存在なのかをーー。
「トーヤ様……」
不安げな幼子のように、か細い声でナガトはトーヤに声をかけた。
何もかも、不明だ。ナガトが自分を主だという理由も、ナガトの存在そのものも。
ナガトの宝石のような瞳がただ一点、トーヤを見つめている。全くブレない純粋な瞳。トーヤはつい笑みを浮かべてしまう。
(ーー変なヤツだ)
世の中には、実に変な人間、面白い人間が数多、存在する。自分の理解が到底及ばない人間が……。
(だからこそ、面白いんだがな)
唇の両端がますます、吊りあがり、口元を歪ませる。
「あぁ、構わないさ。寧ろ、連れて行かない方が可哀想だろう。こんなに懐いているのに」
そう言って、トーヤはグリーンフォックスリスを自分の肩へと乗せた。
「キュウィン」
新たな主の肩でグリーンフォックスリスは満悦げな鳴き声をあげた。
「荷物を返したとはいえ、盗賊にすら感慨な処置!我が主の器の大きさに私、感服しました!なんと、お優しい……」
感動しているのか、ナガトの声が震えている。
(ーー何やら、壮大な勘違いをしているようだが……まあ、いいか)
今はその方が都合がいい。
トーヤはそう思い、ほくそ笑む。
(ーー兎に角、ここから早く出るとするか……)
トーヤは一瞬、洞穴にに目を向けたが、すぐにナガトを見上げる。
「ナガト、聞いてくれ。この洞穴はおそらく、外に繋がっている。ゴブリン達が出入りしているようだったからな。俺はここを通って外に出よう思う」
洞穴の奥を指差し、ナガトに説明する。ナガトはトーヤの話に真剣に耳を傾けいるようだ。
「だが、お前はデカくてここを通れない。悪いが、しばらくここで待っていてくれないか?」
ナガトの目を見ながらトーヤは言った。何故だか分からないが、ナガトは自分を主と慕っている。ここで待てと命じれば素直に待つだろう。事は滞り無く済むだろうと考えていた。
「ーー申し訳ございません、トーヤ様。そのご命令はお聞きする事が出来ません」
ナガトに毅然とした声で命令を拒否した。
予想外の答えにトーヤは衝撃を受けるが、それを押し殺し、平然を装う。
「ーーナガト、お前、俺が信じられないのか? ーーまぁ、お前が勝手に主人だ、なんだ、言ってるだけで、俺はお前の主人じゃないからなぁ。まぁ、仕方ないな」
皮肉まじりに言うトーヤをナガトは只、黙って見つめていた。
「そうではありません、トーヤ様。私の主はトーヤ様だけ……。それは全知全能の神に誓います」
しばらく、無言でトーヤを見つめ続けていたナガトが悲しげな声で言った。
「ーー私は怖いのです。もう置いて行かれたくは無いのです。独りぼっちは嫌なのです。どうか、一緒に連れて行って下さい」
ナガトの悲痛な声がトーヤの胸をキリキリと締め付ける。今更ながら、意地の悪いことを言ってしまったと反省した。グリーンフォックスリスといい、このロボットのナガトといい、今日は、やけに人間以外のものに懐かれる日だとトーヤは思い、なんだか可笑しくなり、思わず苦笑する。
「ナガト、俺が悪かったな。すまない。俺も一緒に外へ出たいのは山々だが、ナガトが通れそうな出口が無さそうだ。見つけている時間も無い。都合よく、どデカい出口があれば話は別だがな」
トーヤが申し訳なさそうにナガトに言った。
「分かりました!私が通れる出口があれば良いのですね。お任せ下さい」
嬉々としてナガトが答える。
ナガトの思いがけない回答にトーヤは訝しげに眉をひそめる。どうも嫌な予感がする。
声をかけようとした時だった。
ナガトの背に付いた複数の赤い布状の物体が長く伸び、ふわりと空中に浮かび上がった。数本の赤い布状の物体は空中を浮遊し、残りは全てはナガトの頭上に丸い輪となって集まっている。
丸い輪が輝きだしたかと思うと、突如、楕円形の光が地上に向かって放たれた。
激しい揺れと地鳴りが響き、天井に大穴が開いた。
「出口が出来ました!トーヤ様!共に地上に出ましょう!」
嬉しそうにナガトは言った。
突然のナガトの行動に唖然と立ち尽くすトーヤ。だが、直ぐに怒りが湧いてきた。
「おい!何、勝手な事してるんだ!地上に誰かいたらどうするつもりだったんだ!」
声を荒げるトーヤをナガトはジッと見ている。
「ーー地上に生命反応は無かったので、つい、やってしまいました。きちんとお伺いするべきでした申し訳ございません」
膝を折り、敬礼したナガトはひどく沈んだ声でトーヤに謝罪の言葉を口にした。
その姿は深く反省しているようにトーヤには見え、あの日の自分と重なって見えた。
トーヤは小さく笑う。
「もういい。これからは、俺に聞いてくれ。どんな些細なことでもだ。頼むぞ」
小さな子どもに語りかけるように優しい声でナガトに言った。
「了解いたしました!我が主!」
明るい声でナガトが答える。
「分かったならいいんだ。なら、地上に戻るぞ」
トーヤが伝えると、ナガトは手を差し出し、操縦席の扉を開ける。
手の平の上にトーヤが乗ったことを確認したナガトはゆっくりと腕を持ち上げ、操縦席に運ぶ。操縦席の扉が開き、トーヤが中に乗り込む。下を見ると、グリーンフォックスリス達が一斉に立ち上がり、五本の尻尾をユラユラと揺らしていた。肩に乗ったグリーンフォックスリスも立ち上がり、同じように尻尾を揺らす。どうやら、これがグリーンフォックスリスの別れの挨拶のようだ。
(まるで、今生の別れだな)
グリーンフォックスリス達の感動的な別れの場面を眺めながら、トーヤは思った。
(ーーまぁ、この森には、ちょくちょく来るんだがな)
そう思いつつ、肩に乗るグリーンフォックスリスに目を落とす。懸命に尻尾を振るグリーンフォックスリスに水を差すような無粋真似は流石に出来なかった。
操縦席の扉が閉まり、仲間のグリーンフォックスの姿が見えなくなった。
肩に乗るグリーンフォックスリスは尻尾を振るのを止めると、寂しげに「キュウ」と一鳴きした。
そんなグリーンフォックスリスの頭をトーヤが撫でる。
すると、グリーンフォックスは安心したのか穏やかな声で「キューン」と小さく鳴いた。
その様子を見たトーヤは安心し、撫でるのを止め、操縦席に座る。
「頼むぞ、ナガト」
低く落ち着いた声でトーヤはナガトに命じた。
「お任せください、トーヤ様」
機体が僅かに揺れ、体が上へと引っ張られているような妙な感覚に陥る。
だが、その感覚も機体が若干揺れた直後、一瞬で消え失せた。
「到着致しました!トーヤ様」
ナガトが嬉々とした声でトーヤに報告した。あまりにも早く地上に着いたので、驚いたトーヤだったが、その心中は口に出さなかった。
普通のロボットならあり得ない話だが、この奇妙なロボットなら可能なのだろうと、考えたからだ。
ナガトにとってはごく当たり前の事なのだろう。
トーヤは小さく息を吐く 。考えても仕方ない。まぁ、追い追い、探るさ。トーヤは、ほくそ笑む。
「よくやったぞ。ナガト」
心からの言葉だ。ナガトがいなければ、こんなにも早く地上に出るのは不可能だっただろう。感謝しかない。
「勿体無いお言葉です。トーヤ様」
トーヤの労いの言葉にナガトはご満悦の様子だ。
「キュウ!キュウ!」
さっきまで大人しかったグリーンフォックスが急に騒ぎ出した。
トーヤが喉元を指でくすぐると、「キューン」と甘えた声を上げ、大人しくなった。
「トーヤ様。乗り物に乗った人間が猛スピードで近づいて来ます」
警戒したナガトの鋭い声が操縦席に響いた。
「どんな人間だ?」
「赤い髪の若い女性です」
トーヤは大きなため息をついた。
「安心しろ。敵じゃ無い。俺の妹だ」




