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第12話 魔力の視える青年

  トーヤの後ろをナガトがついて行く。

  無言でついて来るナガトにチラリと目を向ける。ナガトは歩幅が大きい為なのか、一歩、歩いては止まり、また、一歩、歩いては止まるという行動を繰り返し、トーヤとの距離を一定に保っている。

  焦げた嫌な匂いが辺りに充満している上に、無惨な炭と化したゴブリン達の死体が目に付く。

  トーヤは多数のゴブリンの死体を避けながら、目的の場所まで移動しようとしていた。

  目指すべきは、ゴブリン達が現れた辺りの岩壁だ。

  トーヤはその辺りに出入り口があると睨んでいた。

  足元に注意を払いながら慎重の足を進め、ようやく、目的地に辿り着いた。

  暗がりになっている為、よく見えなかったが、岩壁に近づくとトーヤの予想通り洞穴が空いていた。

  逸る気持ちを抑え、洞穴の中に足を踏み込もうとしたとした時だった。


  「トーヤ様。我々を見張っている者が、三十二匹おります」


  ナガトが凛とした声で言った。驚いたトーヤが辺りを見回す。すると、岩壁に金色に光る多数の目が爛々と輝いていた。

  周囲は薄暗い為、トーヤは目を凝らして、よく見る。すると、それらしき、体の輪郭が見えてきた。

  ふわふわとした毛に覆われた小さな獣。

  グリーンフォックスリスの群れだ。


  「ーーあいつらの様子を教えろ」


  警戒するトーヤが声を潜めてナガトに言った。


  「了解致しました。我が主。ーー体長十五センチメートル、体重、百二十グラム程のリス科の哺乳類だと思われます。頭から尻尾までは緑色の体毛で覆われ、口から腹部までは白い体毛で覆われ……」


  「いや!そうじゃなくて!」


  淡々と解説するナガトをトーヤが遮る。


  「あいつら攻撃してきそうだとか、どんな様子で壁面にいるのかとか、弱ってるとか、そういった情報が欲しいんだよ!」


  一気に捲し立てるトーヤをナガトは真剣な眼差しで、食い入るように見つめている。


  「ーー承知致しました。トーヤ様。では、状況を説明させて頂きます。リス科の哺乳類から殺気は感じません。よって、我々に危害を加える可能性は低いと見られます。岩壁をスキャンしたところ、複数の穴が空いており、それぞれ、外と繋がっていると見られます」


  淡々とした口調で状況を説明するナガトの声をトーヤは神妙な面持ちで聞いていた。

  スキャンという言葉の意味は分からなかったが、グリーンフォックスリスに敵意が無い事が分かり、取り敢えず、肩を撫で下ろす。

  グリーンフォックスリス自体は決して強い動物では無いが、数の力は侮れない。

  複数で襲い掛かられた上に、鋭い歯で動脈でも齧られれもすれば、ただでは済まない。

  ナガト曰く、このグリーンフォックスリス達には今の所、悪意も殺気も無いとはいえ、気を緩める訳にはいかない。

  万が一、襲い掛かって来たとしても、ナガトが瞬殺してしまうだろう。だが、トーヤはそれを望んでいない。

  可愛い小動物が一瞬で焼却されるされる姿など見たくは無い。そして、何よりも、危惧すべき存在はナガトだ。正体不明に加え、あの攻撃力の高さだ。

  利用出来るなら利用させてもらうが、どちらにしろ、警戒を怠る訳にはいかない。そんな思いをトーヤは抱いていた。


  ーー膠着こうちゃく状態が続いている。


  いつまでも、こんな状況では埒が明かない。何とかして、状況を打破しなければ……と、トーヤが考えを巡らせている時だった。

  一匹のグリーンフォックスリスがトーヤの前に小走りでやって来た。

  尻尾にトーヤのポーチと黒い羊皮紙をしっかり巻き付け、高々と掲げた。

  三本の尻尾をポーチに巻き付け、残り二本を器用に羊皮紙に巻き付けている。

  如何やら、返してくれるらしい。

  何故か、羊皮紙も差し出すグリーンフォックスリスにトーヤは面食らっていた。

  ポーチはともかく、羊皮紙はトーヤの物では無いので、何故、グリーンフォックスリスが自分に差し出しているのか、分からなかった。

  戸惑うトーヤに、目の前のグリーンフォックスリスが一歩、前へ出る。

  是非、受け取って欲しいと言っているようだ。

  戸惑いつつも、トーヤはポーチと羊皮紙を手に取る。手が触れたのを感じ取ったのか、尻尾がポーチと羊皮紙からスルリと離れた。

  グリーンフォックスリスが頭を上げる。

  潤んだ黒い瞳でトーヤをしばらく見つめると、ペコリと頭を下げた。

  再び、頭を上げると、トーヤの肩に駆け登り、頬に自分の顔を擦り付けてきた。

  予想外の行動に困惑しつつも、グリーンフォックスリスの喉元を指先で優しく撫でる。

  心地よいのか、グリーンフォックスリスは目を細め、「ゴロゴロ」と可愛らしく喉を鳴らして甘えてくる。


  「どうやら、リス科の哺乳類はあの下劣なゴブリン共に虐げられていたようですね。岩壁にいるリス科の哺乳類は負傷及び、負傷の痕がある者が多いようです」


  ナガトがトーヤの肩に乗るグリーンフォックスリスを見つめ、淡々とした声で言った。

  トーヤは自分の肩に乗っているグリーンフォックスリスをしげしげと見つめたが、外傷はどこにも無い。トーヤからポーチを盗んだ犯人もピンスから黒い羊皮紙を盗んだ犯人も外傷は無かったところを見ると、同一人物だろう。

  おそらく、ゴブリン達はグリーンフォックスリスを使って、人間が魔力を込めたクリスタルを集めさせらていたのだろう。

  そうして、クリスタルを集められ無い者は酷い暴行を受け、クリスタルを集められた者に対してはお咎め無しという訳なのだろうとトーヤは考えていた。

  油断していたとはいえ、あっと言う間にトーヤから荷物を盗んだこのグリーンフォックスリスは相当、優秀な盗人という事になる。

  おそらく、ゴブリン達は魔力を込めたクリスタルを大量に集め、それを利用してピンスの魔力を増幅させるつもりだったのだろう。

  そして、あの禍々しい羊皮紙と人間の生贄を使い、ナガトを封じていたクリスタルを破壊するつもりだったのだ。

  ギガントスが自分よりも弱いゴブリン達を森から追いやり、森から追いやられたゴブリン達は、ギガントスよりも更に強い力を求め、自分達より弱いグリーンフォックスリスを虐げ利用する。

  そして、人間が力で捻じ伏せる。

  トーヤは別に博愛主義では無いが、種族が追いやられる根本的な原因は人間の所為である事が多い。

  森を切り開き、開拓する人型の種族が彼らの住処を追いやっている。

  この世界は弱肉強食だと思っているトーヤだったが、いざ悲劇的な現状を目の当たりにし、不可抗力とはいえ、それに加担してしまっては、流石に思うところがあるらしく、若干の責任を感じていた。


  トーヤはグリーンフォックスリスの喉元を撫でるのを止め、今度はその指で頭を撫でる。指が喉元から離れると、グリーンフォックスリスは、寂しげな声で「クキューン」と、鳴いた。だが、すぐに、トーヤが頭を撫で始めると、「キュウッ」甘えるような可愛らしい声をあげ、目を細める。

  トーヤには、グリーンフォックスリスの見分けがつかないが、確信があった。

  理由は外傷の無いグリーンフォックスリスは殆どいない事。それと、肩に乗る際の素早い動きが、あの盗人グリーンフォックスリスの動きを彷彿とさせたからだ。

  確かに素早い動きが特徴の動物ではあるが、あれ殆ど、俊敏な動きのグリーンフォックスリスが何匹もいるとは考えられなかった。

  泥棒という行為自体には、トーヤも関心出来無かったが、人間からもゴブリンからも持ち物を奪うという豪胆さには感服していた。

  トーヤの予想通り、このグリーンフォックスリスは、ゴブリンを出し抜こうと、虎視眈々と狙っていたのだ。

  元々、この東の森には、グリーンフォックスリスの天敵は存在していなかった。

  しかし、平穏な暮らしはゴブリン達の襲来によって最も容易く崩れ去ってしまった。

  命からがら巨人族ギガントスから、逃げ延びたゴブリン達は当てもなく、東の森を彷徨っていた。


  土地勘の全く無い見知らぬ森ーー。


  ゴブリン達は心身ともに疲労が溜まっていながらも、なんとか気力を奮い立たせ、懸命に歩き続けていた。

  そんな矢先。ポツリ、ポツリと雨粒が数滴、落ちて来たかと思うと、息をつく間もなく大量の雨粒が降り注ぐ。その上、待ってましたと言わんばかりに、雷が鳴り出した。

  堪らずゴブリン達は一斉に駆け出す。

  立て続けにおこる不運を呪い呪詛を吐きながら走るゴブリン達は、偶然、見つけた小さな洞窟に逃げ込んだ。

  自然の気紛れから逃れたゴブリン達は安堵し、お互いを労いあっていた。

  その時、お頭が何かの気配を感じ、灯りを洞窟の奥に向ける。照らし出されたその生き物は驚きの余り飛び上がると、洞窟の奥へと逃げて行った。逃げられると追いかけたくなるというのが、ゴブリンの性分というヤツだ。

  ゴブリン達は疲れも忘れ、その生き物を追いかける。

  緑色の体毛に覆われた小さな獣。


  グリーンフォックスリスを……。


  曲がりくねる道を右へ左と駆けて行くグリーンフォックスリスの背中を追い続けて行くと、広い空間へと抜け出た。

  クリスタルに囲まれたその空間は幻想的だが、何処となく無気味だった。

  しかし、ゴブリン達はその薄気味悪さよりも、幻想的な美しさに心奪われていた。

  怖ろしさより好奇心の方が勝り、口々に感嘆の言葉を述べ、辺りをウロウロと歩き回わる。

  そこでナガトを見つけたのだ。

  ゴブリン達はこのロボットを使えば巨人を倒し、故郷を取り戻せると、歓喜したが、すぐに落胆の声を漏らす事となった。

  ロボットを覆うクリスタルは硬く、ハンマーで叩こうが、鋭い刃物で切ろうが、一向に傷つけることすらできなかった。

  仲間、唯一の魔術師、ピンスの見立てによると、ロボットを覆うクリスタルは強力な封印魔法がかかっており、物理攻撃及び半端な魔法攻撃では、傷一つ付ける事が出来ないという事だった。

  あれやこれやと、協議した結果、昔、西の森で追いはぎをした際、人間から奪い取った黒い羊皮紙を使おうという結論に至ったのだ。

  幸か不幸か、ピンスの魔力量では黒い羊皮紙の魔法を使う事が出来なかったが、内容を読む事は出来た。

  大量の魔力を消費し、望んだものだけを消滅させる禁忌の魔法ーー。


  それが黒い羊皮紙に込められていたのだ。

  発動させるには大量の魔力が必要不可欠。まずは魔力を集めなければならない。

  そこで目を付けたのが、 グリーンフォックスリスだった。

  早速、住処を見つけ出し、力によって、あっという間に制圧した。

  そして、老獣や子どもを人質に取り、逆らえば人質を殺すと脅されたのだ。

  魔力を込めたクリスタルの窃盗をはじめ、食料の調達からありとあらゆる雑務まで、グリーンフォックスリスに命じた。

  ゴブリンのお頭は一日に最低、三本は人間からクリスタルを盗んでくるよう、命令を下し、出来ない者には激しい折檻を加えた。

  トーヤの肩に乗るグリーンフォックスリスは盗みの才能があったらしく、比較的、容易に割り当て分を集める事が出来た。

  勿論、森にいては到底達成出来ないので、グリーンフォックスリス達は町へ行き、行き交う人々からバレ無いようこっそりと盗んでいた。

  今回のよう、荷物ごと盗むような真似はしない。人間の注意が逸れている隙を見て、素早く、カバンの中から一本だけ盗み出す。トーヤの肩に乗るグリーンフォックスリスは判断力と素早さに至っては仲間の中でもずば抜けていた。

  他の仲間よりも多く人間からクリスタルを盗み、目標の数に達する事の出来ない仲間に配っていたが、その事をゴブリン達にバレてしまった。

  ゴブリン達はクリスタルを渡していたグリーンフォックスリスには一切危害を加えず、戒めと称してクリスタルを受け取ったグリーンフォックスリスを激しく甚振ったのだ。ゴブリン達がこの様な行動をとった理由は盗みの才のあるこのグリーンフォックスリスを負傷させ、クリスタル集めが滞ることを怖れたからだ。

  この一件が、トーヤの肩に乗るグリーンフォックスリスを激しい自責の念に陥らせる結果になってしまった。

  それと同時に強い憎悪が湧き上がり、なんとしてでも、ゴブリン達を打ち倒そうと決意させたのだ。

  圧倒的な強者に挑むという恐怖と不安は計り知れない。


  故に、もし、失敗すれば、一族毛頭、只では済まない事は今までの経験からして重々承知だろう。

  それでも、仲間の為に奮起する事にしたのだ。とはいえ、体の小さいグリーンフォックスリス。集団で挑んだとしても勝つのは不可能だろうと、このグリーンフォックスリス、当人も分かっていた。ならば、ゴブリン達に勝てそうな者。そう、人間にさせればいい!グリーンフォックスリスは考えたのだ。幸いにも人間は魔法を使える。魔法を使えば数名のゴブリンを排除するのは容易いだろうと思案した。

  クリスタル集めの為、頻繁に町に出かけるこのグリーンフォックスリスは最も容易く魔法を使う人間を目の当たりし、人間ならば、あの恐ろしいゴブリン共を討ち滅ぼせると確信していた。だが、問題があった。この東の森に訪れる人間が滅多にいない事だ。

  町から人間を連れて来るのは不可能だ。何の利益もなく人間が自分達を救ってくれるとは考えられない。


  どうしたものかと、頭を悩ませていた時だった。

  ある三人の人間の姿が頭をよぎる。

  頻繁では無いが、遺跡を調べにこの森に訪れる人間がいる。

  一人は白髪に金色の髪がまだらに混じった頭が目を惹く中年の男だった。

  この男が最も頻繁にこの森に訪れる。他の二人とは違い耳が尖がっているのが印象的だった。グリーンフォックスリスの耳も尖がっているので何処となく親近感を覚える。

  だが、この男に任せるのは無理だとグリーンフォックスリスは思った。。

  理由は左足を少しだけ引きずっていたからだ。

  普通に生活する分ではさほど不便は無いようだが、ゴブリンと応戦するとなれば、あまり、期待は出来ない。むしろ、足手まといになるだろうと。よって、この男は除外する事にした。

  次によくこの森に来るのは、紺色の髪の若い男だった。

  中年の男を慕っているらしく、いつも親しげに話をしている。

  若く体格も申し分ない。運動神経も良いようだ。

  時折、この若い男と一緒に赤い髪の若い女も来ていたが、甲高い声でうるさく喚く上に、ここが森の中だというのも顧みず、炎の魔法を発動させるという怖ろしい行動をする危険人物だという事が分かったのだ。


  ーーこんな人間には頼めない。

  下手すれば、ゴブリン達よりも怖ろしい存在になり得るかもしれない。赤々と燃える炎を目の当たりにしながら、恐怖に身を震わせていると、紺色の髪の若い男が赤い髪の若い女を厳しい口調で怒鳴りつけた。

  その瞬間、赤い髪の若い女の周囲を浮遊していた炎は消え失せ、赤い髪の若い女は血の気の失せた顔で必死に紺色の髪の若い男に謝っていた。

  この紺色の髪の若い男はよっぽど腕っ節が立つに違い無い。

  そう確信したグリーンフォックスリスはこの若い男に任せる事に決めた。

  そうと決まれば、善は急げだ。

  次にこの森に現れた際は、紺色の髪の若い男を二人から引き離し、ゴブリン達の所まで誘き寄せなければならない。どうしたものかと考えを巡らす。

  そういえば、紺色の髪の若い男はいつも腰の辺りに小さなポーチを付けている。

  あれを盗み囮にすれば、呼び寄せるのは容易では無いかと思案した。

  グリーンフォックスリスは、ほくそ笑む。

  次に会う日が楽しみだと。

  しかし、それから、三日、四日、一週間、と月日ばかりが流れて行くばかりで、人間達は一向に姿を見せなかった。

  まだか、まだかと、更に待ち続ける事、一月、ようやく、待ちに待った人間達が現れた。グリーンフォックスリスは逸る気持ちを抑え、人間達の様子を伺う。

  目当ての紺色の髪の若い男と騒がしい赤髪の若い女という組み合わせだった。

  中年の男はいないようだ。

  紺色の若い男と赤い髪の若い女がなんやかんや言いながら、森の奥へと進んで行く。

  二人の後を追い、紺色の髪の若い男の腰に付けている小さなポーチを盗み取るタイミングを伺う。

  突如、紺色の髪の若い男が立ち止まり、険しい顔で辺りを見渡し始めた。

  周囲の様子に気を取られ過ぎている。


  盗むなら今しかない!


  飛び出したグリーンフォックスリスは、小さなポーチに飛びつく。

  力一杯、引っ張り、ベルトを引きちぎる。

  バランスを取りながら、地面に着地すると、目的地に向かって走り出す。

  案の定、紺色の髪の若い男は追いかけて来る。

  作戦成功だ。このまま、洞窟まで誘い込もうと、考えていた時だった。

  不意に自分の体が宙に浮いた。瞬時に状況を理解する。


  ーー落下している。


  早朝に地震が起こったのを思い出した。

  この国では頻繁に地震が起こる。

  大した揺れでは無かったので気に留めていなかったが、あの地震の所為で地面に亀裂が入ったのだろう。

  体が宙に放り出された。

  その先に偶然にも、体を支えられる程度のクリスタルの柱が抜き出ていた。


  考えている暇はない!


  咄嗟にクリスタルに飛び移り、それに続く岩穴へと慌てて避難する。

  岩穴に飛び込んだと同じ頃、大きなものがクリスタルを壊しながら、落下して行くのを目にした。紺色の髪の若い男だ。

  慌てて、下を覗くと、紺色の髪の若い男が倒れていた。死んでしまったのでは無いかと、気にを病んでいると、紺色の髪の若い男はゆっくりと起き上がった。

  グリーンフォックスリスは、ホッと胸を撫で下ろす。


  すると、紺色の髪の若い男が一点を魅入っている。


  ゴブリン達がやたら騒いでいる塊。

  この塊の所為で自分達は盗みをする羽目になったのだ。

  遥か昔からここに鎮座しているただの置き物。

  ゴブリン達が機械人形兵器ロボットと呼ぶそれを紺色の髪の若い男は只、見つめていた。

  そんな中、キラリと光るモノが紺色の髪の若い男、目掛けて飛んでゆくのが、見えた。

 

  思わず、息を呑む。


  しかし、紺色の髪の若い男は間一髪のところで、それを避けた。

  グリーンフォックスリスは安堵の息を漏らす。

  そして、もっとも嫌悪するあの甲高い声が響き渡る。

  ゴブリンのお頭だ。

  現れたゴブリン達に紺色の髪の若い男はあっさりと捕まった。

  魔法で蹴散らしてくれる事を期待したが、いつまでたってもそんな素振りは無かった。

  やきもきして見ていると、仲間のグリーンフォックスリスから思念が届く。ゴブリン達が今すぐクリスタルを持って来るように言っているそうだ。

  群れで行動するグリーンフォックスリスは思念魔法を使って仲間と意思の疎通を図る動物だ。只、使える範囲が狭い上に気力、体力共に激しく消耗する為、あまり使う事はない。緊急の場合を除いては……。

  大きく息を吸うと、覚悟を決め、ゴブリン達の元へ向かう。

  下へと降りると、すぐさま、ゴブリンのお頭に呼ばれた。


  ポーチに巻き付けた尻尾に一層、力を込め、少しでも時間を稼ごうと、ゆっくりと歩く。そのせいで、ゴブリンのお頭に怒鳴られ、乱暴にポーチをひったくられた。

  腹ただしい気持ちを押さえ、深々と頭を下げてから退がり、岩壁に隠れ様子を伺う。

  このままでは、この紺色の髪の若い男はゴブリン達に殺されてしまうだろう。


  それでは余りにも目覚めが悪い。


  なんとかして、ゴブリン達の隙をつけないだろうか……そうなれば、紺色の髪の若い男が魔法か何かで攻撃してくれないだろうか?

  しばらく考え、ゴブリン達を観察する。

  すると、魔法使いのゴブリンが、黒い羊皮紙を大事そうに抱えているのが、確認出来た。


  これだ!と、グリーンフォックスリスは閃き、走り出す。


  黒い羊皮紙を魔法使いのゴブリンから奪い取ると、全力で走り出した。

  クリスタルの柱をつたい、上へ上へと登る。ゴブリン達の怒りに満ちた声が響き、罵声が飛ぶ。罵声と共に何かが風を切る複数の音が耳元に届く。嫌な予感がし、足を速める。背後で金属が硬い物に当たる音がした。チラリと振り返ると、いくつかの矢が足場のクリスタルに当たり下へと落ちてゆくのが見えた。


  ゴブリン達の罵声はますます大きくなり、一本のナイフが尻尾をかすった事を皮切りに、様々な武器がグリーンフォックスリスに向かって投げられる。

  間一髪のところで避けていたが、足を滑らせ、とうとう、黒い羊皮紙を落としてしまった。 ゴブリン達から歓声が上がると同時に急いで岩壁の穴へと逃げ込む。

  岩壁の穴は複雑に入り組んでおり道順次第では一気に下へと降りることが出来る。グリーンフォックスリスは最短の道順を選び下まで降りると身を潜め、様子を伺う。

  そこからは怒涛の展開だった。


  紺色の髪の若い男がゴブリンのお頭を殺したのだ。


  悲しみ、泣き叫ぶゴブリン達。

  そんな中、ついさっきまで、泣き叫んでいた魔法使いのゴブリンが嘘のようにピタリと泣き止むと、仲間の声にも耳を貸さず、黒い羊皮紙を取りに向かった。


  背筋に悪寒が走る。


  反射的に飛び出し、黒い羊皮紙を奪い取ると、またしても岩壁の穴に逃げ込む。

  ピンスの呪詛の声に身を震わせながら、引き続き様子を伺う。


  ーー正に地獄だった。


  お頭を失ったピンスは錯乱し、魔法を乱発。指揮官を失った現場は混乱。

  それだけならまだしも、紺色の髪の若い男がクリスタルを破壊してロボットを起動させたのだ。そのせいで、ピンスは、ますます錯乱。自ら命を絶った。

  ゴブリン達は全員、死んだ。


  脅威は去ったのだ。


  ふっと背後に気配を感じ振り返ると、仲間のグリーンフォックスリスが立っていた。 年老いたグリーンフォックスリスで、緑色の毛には白い毛が混じってはいるが、黒々とした目は濁っておらず聡明そうに見える。五本の長い尻尾に紺色の髪の若い男から盗んだポーチをしっかりと絡みつけている。

  グリーンフォックスリスが頭を下げる。どうやら、この年老いたグリーンフォックスリスが長のようだ。

  年老いたグリーンフォックスリスが頭を下げるグリーンフォックスリスに、ポーチを返す事を命じる。

  頭を下げてるグリーンフォックスリスは承諾し、一つ頼み事をした。

  それは、群れを抜けさせて欲しいというものだった。

  実は頭を下げてるグリーンフォックスリスはこの作戦が成功した暁には、紺色の髪の若い男に着いて行き、恩返しをしようと考えていたのだ。

  今まで人間から物を盗んできた罪滅ぼしの意味もある。自分が人間の為に何が出来るのか分からないが、紺色の髪の若い男を主人とし、自分の一生を捧げようと心に決めたのであった。それを伝えると、長は無言で頷いた。


  大きな岩壁の穴までやって来た紺色の髪の若い男にポーチを返し、感謝の意を込めて頭を下げる。頭を上げると、肩に乗って敬愛の所作であるほおずりをした。

  頭を撫でられたグリーンフォックスリスは受け入れられたと思い、喜びの余り、喉を鳴らす。

  これで本当に仲間が救われたのだと……。

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