第11話 魔力が視える青年
ロボットが片方の膝とつま先を折り曲げ地面に付ける。もう片方の膝を立て、跪く。片手を胸に当て、空いた手をトーヤに差し出し、最敬礼の形をとる。
その姿は忠誠を誓う騎士ようだ。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。我が主。私は元八八艦隊所属、零一号機、ナガトと申します」
ロボットが恭謹な態度で言った。
思わず、後退りするトーヤ。
ナガトと名乗ったロボットは先程と変わらず、右手を差し出している。
「貴様!何をしている!」
怒声がトーヤの背後に刺さる。振り返るとピンスが怒りを露わにし、杖を振り上げていた。鬼も怯えるかと思うほど、恐ろしい形相で、杖を振り下ろす。杖先から三つの火の玉が放たれ、トーヤを呑み込もうと襲いかかる。
火の玉を避けようと、トーヤが足に力を入れた時だった。
ナガトの気配が変わる。背中に付いた赤い紐の束が帯状に形を変えた。成形された三本の赤い帯は鞭のようにしなり、火の玉を叩き消す。本当に魔法のように火の玉は一瞬で跡形も無く消え失せた。
その驚愕の光景をトーヤとピンスはただただ立ち尽くすばかりだった。
あまりの出来事にしばらく呆然としていたピンスだったが、すぐにワナワナと怒りで体を震わせる。ウギャーという雄叫びを上げ、又もや、杖をメチャクチャに振り回す。杖先から次々に放たれた火の玉が至る所で弾け燃え上がる。木霊するゴブリン達の悲痛な叫び声、乱舞する猛炎と熱気。
狂気に沸き、恐怖に支配される。その様は正に地獄だ。お頭の死にあれ程、取り乱していたピンスは、炎から逃げ回る仲間のゴブリン達を気にも留めていない。
まるで、仲間など初めから、存在して居ないかのような振る舞いだ。その異常さが、トーヤの恐怖を増幅させる。飛び交う炎の中心で杖を振り回すピンスは悪魔そのものだ。
逃げ出そうとしたが、力を込めた足まで恐怖を感じ取ったらしく、足が竦んでこの場から動く事が出来ない。
恐怖に慄くトーヤの体を突然、巨大な手が掴む。
ーーナガトの手だ。
体温の無いひんやりとした冷たい金属の手でトーヤを包み、胸の位置まで持ち上ると、翼を広げる鳥のように左右の扉が開く。
そこには、操縦席があった。
人間の身体の位置で例えると、丁度、心臓の辺りだ。
ナガトが丁寧、且つ、慎重にトーヤを操縦席に座らせる。
余りに突然の出来事だったので、訳も分からず、されるがままだったトーヤだったが、段々と怒りが湧いてきた。
すぐさま、ナガトに抗議しようと、立ち上がろうとした時だった。
頑丈そうなベルトが体を締め付ける。
「なんだよ!これ!」
トーヤが声を荒げ、ベルトを外そうと、引っ張るが無理そうだ。
「我が主、安全を確保致しましたら、外しますので、しばらく、そのままでお待ち下さい」
落ち着き払ったナガトの声が聞こえて来た。
「ふざけるなよ!今、直ぐーー」
ナガトの勝手な行動に理不尽さを感じ、腹を立てていたトーヤだったが、狂乱するピンスの姿が頭を過ぎり、押し黙った。唇を強く噛み締め、俯向く。
(元はと言えば、俺がお頭を殺した事が原因だ。もしもーー、いや、もしも、なんて無い。もし、何て考える事自体が無意味だ。いつも、自分に言い聞かせてるじゃねぇか)
ズボンの上から膝を強く握り締める。爪を立てた時に感じる鈍い痛みが布ごしから伝わり、ズボンにシワがよる。
「いかがされましたか!我が主!なにか、お加減が優れないのでしょうか!」
心配そうなナガトの声が聞こえ来た。
(ロボットのくせに人間みたいだな……それか、別の場所から人間が魔法か魔法機械装置か何かで、通信しているとか……。)
そう考える方が、しっくりくる。ロボットが喋るなんて、そんな馬鹿な話はありえない……。
トーヤの口元から笑みが漏れる。それは自分自身に向けられたものだった。
その笑みにはそう考えるのが、普通だと、そう思うのが自然だ、という自分自身に対する皮肉の意味も含まれていた。
「我が主人……」
なんの前触れも無く、唐突に笑みを浮かべた主人に不安を覚えたナガトが、か細いで声で呼びかける。ナガトの声はどころか、戸惑っているようだ。
「ーーその我が主人っての、止めてくれよな」
トーヤがまるで独り言のような口調でナガトに語りかけた。
ナガトがハッと息を呑む。
その人間らしい反応にトーヤは、やはり自分が立てた仮説の可能性が高いだろと、考えていた。
例え、どんなに高性能だとしても、生物ですら無いロボットにこんな感情豊かな表現が出来るはずも無い。そうだ。そうに違いないと、トーヤは何度も自分に言い聞かせた。
「はい!では、なんと、お呼び致しましたら、よろしいのでしょうか?」
ナガトが弾んだ声で聞いた。
「ーートーヤでいい。俺の名前は、トーヤ・ス・アトリ・スプライトだ」
トーヤは感情の込もっていない、淡々とした口調で名乗った。
「トーヤ様ですね!分かりました。これからは、トーヤ様とお呼び致します」
つっけんどんなトーヤの態度に、不平も不満も何、一つ漏らさず、ナガトは明るい声で答えた。
やけに冷めたトーヤと、何やら、麗らかな様子のナガトという、ちぐはぐな空気が機内に流れていた時だった。
ドンッという音と共に機内が、大きく揺れた。
「なんだ!」
トーヤは慌てて、周りを見渡すが、ナガトの中は操縦席のシート以外は複雑そうな機材と白い金属で出来た壁に被われており、外の様子を見る事は出来ない。
「大した事は有りませんよ。トーヤ様。小煩いモンスターが、火の粉をぶつけて来たに過ぎません」
幼な子に語りかける母のように、穏やかで、優しい声音。しかし、''小煩いモンスター''の話になってからのナガトの声には、冷えびえとした冷徹さが含まれていた。
トーヤは自分の腹の底がシンと冷えるのを感じた。
「ご心配でしたら、外の様子をご覧になれますが、いかがなされますか?」
柔らかく尚且つ、穏やかな口調でナガトが尋ねた。冷えた腹にじんわりとした温もりが徐々に広がって行く。トーヤはその奇妙な感覚に不安と戸惑いを感じていた。呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。
「ーー外が見たい。見せてくれ」
「はい!では、ご覧ください!」
トーヤの要望にナガトが明るい声で答えた。すると、見る見るうちに、周囲の壁が透き通ったガラス状の壁に変わった。
今の今まで、自分の体の一部を瞬時に透明に出来るロボットなんて、見た事も聞いた事も無かったトーヤは驚き、そして、慄いた。だが、それ以上に恐ろしい光景が目に飛び込んできた。
ーー無残なゴブリンの死体。
焼け焦げたゴブリンの亡骸が、そこら中に散らばっている。
そんな中、炎が一つ、赤々と燃え続けている。炎は徐々に丸みを帯び、少しづつ大きくなってゆく。
今までとは、比べ物にならない程の大きさだ。火の玉では無く、炎の塊。
高々に掲げた杖の先から、とあるゴブリンの魔力を吸い続けている。如何にも魔法使いという風貌のゴブリンは目が血走り、顔は頬は痩け、眉間には深いしわがよっており、太い血管が浮き出ている。くすんだ緑色の皮膚はひどく乾燥し、ひび割れが目立つ。
別人かと思う程、変わり果てたピンスの姿がそこにはあった。
ーー魔法は精神と深い関係がある。
精神が不安定になれば、魔力も不安定となり、魔法が暴走する場合がある。逆に魔法を発動出来なかったり、仮に発動出来たとしても威力が弱かったりと、人によって個人差があるものの、ある程度の問題が生じる事が多い。
つまり、今のピンスはお頭の死によって、精神に過剰な負荷が掛かり、魔力が暴走している状態だ。限界値を超え魔力を消耗し続けているピンスの肉体は物凄い速さで劣化し始めている。
ピンスの肉体が目に見えて劣化して行くのと比例して、炎の塊が巨大になって行く。
トーヤがその姿に釘付けになっていた時だった。ピンスと目が合った気がした。
トーヤの体がビクリと跳ねる。
体から嫌な冷や汗がじっとりと滲み出る。
ピンスの口元がニヤリと歪む。
ナガトに向けて、思いっきり杖を振る。
成長した巨大な炎の塊が杖から離れ、猛スピードで向かって来た。
トーヤは思わず、身構える。握り締めた両手が小刻みに震えている。咄嗟に顔を背けそうになる。だが、恐怖心を押さえ込み、目をしっかりと見開く。
そして、巨大な炎の塊を睨み付ける。
出来る事なら、目を閉じ、顔を背けてしまいたかった。しかし、どんなに目を逸らしたとしても、目の前の問題が消え去ってくれる事は無い。いつだってそうだ。そう強く思っていた。それにーー
(ーーそれじゃあ、悔しいじゃないか!)
トーヤは操縦席の操縦桿を握り締める。
「ナガト!あの炎を消す!力を貸してくれ!」
トーヤが叫ぶ。
「了解しました。我が主。トーヤ・ス・アトリ・スプライト」
ナガトの声は穏やかで落ち着き払っていた。そして、どこか誇らしげだった。
「排除、致します」
そう宣言したナガトの声は、力強く、確固たる決意を感じさせた。
その突如、ナガトの背中に着いた複数の赤い布状の物が、赤く光り出す。赤い布状の物は、ふわりと空中に浮き上がり、停止する。その刹那、赤い布状の物から、赤い光の鞭が放たれた。目にも留まらぬ速さで放たれた赤い光の鞭は、炎の塊を跡形も無く叩き消した。
「目標、消滅、確認!ーー如何でしたか?トーヤ様!」
ナガトは得意げに言った。
予想だにしていなかったナガトの攻撃力の高さに言葉を失うトーヤ。あまりの出来事に現実感が無かった。普通のロボットでは、有り得ない破壊力だ。
茫然と外を眺めるトーヤ。すると、不安定にユラユラ揺れる小さな火を目にした。
よく見ると、又もや、ピンスが魔法で火を生み出している。しかし、生み出されたばかりの、その小さな火は、歪で形すら定まっておらず、あまりにも不恰好だった。
ピンスの体はフラフラと左右に揺れ、いつ倒れても可笑しくない状況だった。それでも、決して倒れまいと、必死に踏ん張り、朦朧とする意識の中、震える手で杖を握りしめる。そして、燃え上がる炎をイメージしながら、掠れた声で呪文を詠唱し続ける。喉がやけに渇き、上手く声が出ない。それなに、喉の奥から生暖かいものがせり上がってくる所為で、口の中が妙に鉄臭い。思わず、むせてしまう。口から赤い血が飛び散るが、ピンスは気にせず詠唱を続けた。
その時、イメージしている巨大な炎が形を変えた。
ーーお頭だ。その炎はお頭の姿そのものだった。ピンスが堪らず、声を掛けようとする。すると、炎は次々と分裂し、馴れ親しんだ仲間の姿へと変わって行く。
炎に姿を変えた仲間達は皆、ピンスに手を差し伸べている。
「お頭!みんな!」
ピンスはお頭に駆け寄り、手を取った。
その途端、ピンスは自分の体が皆と同じ炎の体に変わるのを感じた。
ーー仲間達が笑っている。
仲間の中で、唯一の魔法使いだというだけで、何処か余所余所しかった仲間達が自分を受け入れてくれる……暗い奴だと陰で言っていた奴ら、不気味な奴だと笑っていた奴ら。 お頭以外は自分を避けていた仲間達がやっと認めてくれた。
「ハッハハハハ!アハハハハ!アッハハ!」
ピンスの高々とした笑い声が響き渡る。
赤々と燃え上がるピンスの体。
激痛や苦痛に悶えるどころか、歓喜の笑い声を上げるピンス。
笑い声は次第に小さくなってゆき、やがて、完全に消えた。
残されたのは、黒く焼け焦げたピンスの死体だけだった。
ピンスの最後をトーヤは只々、茫然と眺めていた。
「ーーあいつ、なんで、いきなり自分に火を点けたんだ……」
トーヤと独り言のように呟いた。
まさか、自分が焼身自殺の目撃者になるとは、夢にも思っていなかった。
「魔力がキャパシティオーバーしてしまったように見受けられました。その為、錯乱状態に落ち入り、自ら命をたったのでしょう」
ナガトが冷静な声でトーヤの疑問に答えた。
ピンスの死体から目を離せずにいたトーヤが、その声に思わず、我に帰る。
「キャパシティオーバー……」
幼い頃から聞かされ、学校の授業でも習う常識だったが、実際に目にしたのは初めてだった。キャパシティオーバーでの死。
トーヤは胃が重くなるのを感じた。
魔力容量が少ない自分には他人事では無い。たった一回しか使えない用途の少ない魔法。
ーーいや、訂正しよう。トーヤには、一日、一回しか使えないよう、強力な制限魔法がかけられている。命と引き換えなら、二回だけ魔法が使えるだろうと、馴染みの魔導士が言っていた。
制限魔法がかかっているおかげで、トーヤはキャパシティオーバーせず済んでいる。
自分には一生、無縁の話でいたいとトーヤは思った。
そもそも、余程の事がない限り、キャパシティオーバーにはならない。体が自然と調整してしまう為だ。万が一、キャパシティオーバーしたとしても、大抵は精々、失神するぐらいのものだった。だが、極限状況に落ち入り、ほぼ魔力を使い果たしてしまうと、魔力を調整する機能が誤作動してしまい、魔力の代わりに生命力使い始めてしまう。その所為で精神にも肉体にも負荷が掛かり、酷い場合は死を迎える事となる。
トーヤは黒く焼け焦げたゴブリンの死体を眺める。どれも黒い炭と化し、誰が誰だか分からなくなっていたが、一体だけ分かる死体があった。
牛の角を模した兜を被ったゴブリン。
嘗て《かって》、ゴブリン達がお頭と呼び、慕った、ゴブリンだ。
見開いたままの目は見るからに乾燥し、口から流れた血は既に固まっている。背中には深々と手斧が刺さったままだ。
自分を殺そうとしたとはいえ、無情な事をしてしまった……トーヤはそんな思いに苛まれていた。
自分の胸に右手を当て、左手をお頭の遺体にかざす。そして、死者に祈りを捧げた。
トーヤは信仰深い方では無い。罪悪がそうさせただけの事だ。だが、もしも死後の世界があるのなら、今度こそ、仲間達と幸せに暮らして欲しいという、せめてもの思いもあった。
「トーヤ様……」
心配そうに見守っていたナガトが、祈りを終えたトーヤに声をかける。
「ーー大丈夫だ。行こう」
トーヤはお頭の遺体に背を向け、歩き出す。
(今度こそ、穏やかに暮らせる事を願ってるぜ……)
トーヤは心の中でゴブリン達に呼びかけその場を後にした。




