表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/46

プロローグ

雲一つ無い晴天。

その蒼穹の中を一つの黒い影が、悠然と泳いでいる。

1メートル程の大きさの鷲のような猛禽類である。

一人の男が眩しげに目を細め、その姿を眺めていた。

辺りには苔や草木が生い茂げ、朽ち果てた建物が建ち並ぶ。

男はその中で、一番大きく、立派な建物の頂上にそびえる見張り台の上に立っている。

今は、 この朽ちてしまったこの建物も建てられたころは、さぞかし立派な建物だっただろうという事は、容易に想像出来る。

心地よい爽やかな風が、建物や草木を優しく揺らし、吹き抜けて行く。

その一瞬の風に、撫でられた葉っぱの表面に、太陽の光が反射し、それは、まるで、薄いクリスタルかのようにキラキラと輝いている。


柔らかい風が男の紺色の髪を優しく揺らす。

日焼けした首筋に、髪の毛先が当たり、鬱陶しいのか、男はサイドの髪を耳にかける。

男はずいぶんと印象に残りやすい顔立ちをしている。

まず、目に付くのは、優しげな目であろう。

彼の顔のバランスを考えると、若干、 鼻が高すぎる気がするが、その目尻の下がった特徴的な大きなタレ目のおかげで、高すぎる鼻が絶妙に調和されている。

ちなみに、輪郭と口元には、これといった特殊はない。

人の良さそうな顔立ちをしている。

背は少し高いが、実に平均的な体型だ。

服装はモスグリーン色のコートに、白いのシャツ、紺色のズボンという、これまた、特殊のない格好だ。


 

男はまだ、上空を見ている。


一一突然、なんの前振りも無く、それまで吹いていた穏やかな風がピタリと止んだ。

 

次の瞬間、ゴオッという、音と共に突風が吹き抜けて行く。

男は咄嗟に手で顔を庇い、俯く。

着ていたコートの裾は大きくはためき、髪の毛が乱れる。


文字通り、一瞬の出来事だった。


突風は文字通り突然現れ、瞬く間に過ぎ去って行った。


男は慌てて、空を見上げる。

猛禽類は何事にも無かったかのように、美しい弧を描きながら、優雅に飛んでいる。

猛禽類の無事を確認した男は、安心したのか、ふぅーっと、小さく安堵の息を吐いた。

猛禽類は円を描きながら、空高く、舞い上がって行く。

その姿は、さながら、美しい絵画の様だ。

男はその様子を只々、見つめている。


一一その時だった。


バタンっという、大きな音を立て、荒々しく扉が開いた。

「こんな、所にいたんですか!先生!」

赤毛で褐色の肌の若い女性が、扉を開けた轟音にも、負けない位の大きな声をあげた。

少し、腹を立ているようだ。

小さな顔には、大きなパーツが配列良く並んでいる。

その中でも、目がこぼれ落ちそうなくらい大きい。

細身で背が高く、スタイルの良い美しい女性だ。

ベージュのコートを羽織り、その下には、アイスブルー色のシャツに、白いズボンという格好をしている。

振り返った男は苦笑し、優しげに微笑みかけた。

そんな男の様子を気にも留めていないのか、若い女性は膨れっ面を浮かべたまま、大きな歩幅で近づき、男に向かい合う。

「せ、ん、せー、そろそろ、時間だっていうのに、こんな所でサボっていたら、ダメじゃないですか!」

若い女性は上目遣いで、男の顔を見つめる。それは、まるで、子供を叱る教師のような口調だ。

男は楽しそうに、声をあげて笑う。

「まるで、教師と生徒が逆だな」

男の全く反省の無い素振りに、若い女性は益々、むくれる。

「先生がそんなんだから、色々、言いたくもなるんですよ!助手である私の仕事をこれ以上、増やさないで下さい!」

若い女性はそう言うと、男の腕を掴み、扉に向かって歩き出す。

「分かったから。引っ張らなくても、自分で行くよ!」

助手の行動に戸惑っているのか、男は、上擦った声を上げた。

「ダメです!逃げようとしたって、そうはいきません!」

きっぱりとした口調で、そう言い切った助手は、一向に手を放す気配は無い。

三文芝居の台詞だな。そんな事を思ったが、口にすると、また、助手の怒りをかうという事が、火を見るよりも明らかなので、黙っている事にした。

少し、からかってみたい気もするが……男が、ほくそ笑む。

男の手を引いている助手には男の姿を見る事など、当然ながら出来ない。

その為、男がそんな不快な笑みを浮かべいるという事は、勿論の事、内心、そんな、ふざけた事を考えているなんて、思いもしなかった。

助手が扉の前までたどり着き、取手に手をかけ、軽く押すと、扉は簡単に開いた。

(いつも、こんな風に優しく開け閉めしてくれると、有難いんだがな)

彼女は勢いよく扉を開閉する癖がある。

扉の閉まる大きな音は結構な騒音だ。彼女自身も気にしているらしく、何度も治そうとしているが、中々、難しいらしく、苦戦している。

苛立っていると、よくやってしまうらしく、その度に落ち込んでいる。

男も初めは注意していたが、ため息をつく助手の姿を、何度も見るうちに、何だか、可哀想になってしまい、注意しなくなってしまった。それが、助手の為にはならない事だと、分かってはいるが、つい甘やかしてしまう。

助手が扉を潜り、男もそれにつづく。

不意に男が振り返り、空を見上げる。

 

もう、点にしか見えない猛禽類を、一瞥し、扉を潜る。

 

守ってくれるものが、何に一つ無い大空を、舞う孤独の鳥を……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ