Battle1 : 水泳の授業
7月14日月曜日 午前7時「あれ……?」
俺は、鏡の奥の自分の顔を見て思わず声を上げた。
肌が恐ろしいほどツヤツヤピチピチになっているのだ。この年頃の男子は、お世辞にも肌が綺麗ピカピカとは言えない。不潔、というわけではないが。
俺はすぐにその原因を悟った。自分の男性ホルモンが減っていき、逆に女性ホルモンが増加しているのだ。
畜生、何だよこれ、もう(自主規制)はいいから、直してくれよ…。
七夕から、今日で一週間が経つ。あれから何事もなかったかのよに俺は学校に通い、生活してきたが、まだ女体化のことは家族にも友人にも知られていないし、勿論知らせていない。だからと言って安心出来るわけではない。いつバレても不思議ではないのだ。
同日午前8時10分
俺は教室に入った。既に多くの生徒達が登校していた。
「よお啓輔」
自分の席に着くと、親友の宮渕哲郎が声を掛けてきた。俺と同じ、テニス部だ。
「なんだ」
「おい、お前数学の宿題やったか?やってないなら今のうちに済ませておいた方がいいぞ。今日は内村は機嫌が悪い。夫婦喧嘩でもしたみたいだ」
内村とは、俺のクラスで数学を担当している教師である。機嫌がいい時と不機嫌な時とで、人格が変わる。
「やってないけど…朝から宿題の話なんかするなよ、頭痛がする」
「そうか?」
「それより、早くテニ部の合宿予定表くれよ。まだ配られてないのか」
「ちょっと待てよ。何でそんなに気にするんだよ。テニスして飯食って風呂入って寝るだけだぞ」
「いや…とにかく欲しいんだ」
俺がテニス部の合宿予定表を欲しがっているのは、ある理由がある。
「ふーん………」
宮渕は、言いながら俺の顔をまじまじと見た。
「ん?」
俺が尋ねた。
「お前……スキンケアしてる?」
心臓が跳ね上がった。
こいつ、男の癖にそういうのにはすぐ気付くのかよ…
宮渕は、早くも俺の肌の変化に気付いたようだ。
「いや、スキンケアなんてしてねえけど…」
「ふーん………」
宮渕は、特に訝しむ様子も見せずに言った。
一限目の物理が終わった。そして次がーーー俺の最大の難関、水泳だ。
水泳自体、女体化している俺にとっては難関なのだが、まず最初の難関は、着替えだと言える。基本的には、着替えの際は、まず女子が教室内で、その後男子が教室内で着替えることになっている。
男子は、女子が着替え終わるまで廊下に出てワイワイ喋っている。
「あーーーーーーだるいわーーーーーー大路ぃ」
岩野祥史が肩に乗っかってきた。
「何だよ」
「明後日は期末試験だろ。親が勉強しろ、勉強しろ、とうるさいんだよ」
「…お前耳のピアス外せよ」
「おい、シカトかよ」
「ハッキリ言って、全然似合ってねえ」
「えー嘘ぉ、結構自信あったんだけどなあ」
岩野は、耳にしてある、蛇を象った形のピアスに手で触れた。
「お前、本当にチャラいな。髪は染めるし、ピアスは付けるし」
「うるせえ、これは俺の美学だっつうの。あー大路が俺に辛く当たってくる、俺の癒しは女共の着替えだけか」
そう言うって岩野は、スキップするように教室のドアに近づき、顔を近づけた。2秒後、教室内から
「クソ岩野ッ!このど変態っ」
と女子の声が聞こえた。
「うわ、ミスった」
岩野が慌ててドアから離れた。
それから女子達が着替えを終えて出てくるまで、そう時間は掛からなかった。
「岩野、あとで覚えておきなよ」
先程教室内で叫んだ、青原美晴がすれ違い際に岩野に言った。彼女は、岩野の幼馴染だ。
「おー怖え」
岩野は肩を竦めると、教室に入っていった。
他の生徒達も教室に入り、それぞれ着替え始めた。
さあ……どうしよ……
仮に俺がここで普通に着替えたとする。まず、上は大丈夫だろう。胸は少し膨らんできてるけど、じっくり見られないかぎり大丈夫だ。問題は下だよ。うん。もう今の俺にはソーセージはないんだよ。ご丁寧に毛まで生えた(自主規制)が俺の股間に居座ってやがんだ。もしこれを他の奴が目にしたら……とんでもないことになるな。
というか、仮に無事に水着姿に着替えられたとしても、股間の膨らみは水着の上から分かるだろ。男子の学校用の水着は、股間のもっこりが強調されるような仕様になってるんだ。俺の場合、ぺちゃんこだぜ。いや、そこまではさすがに見られないか、そうだよな水泳の授業中に他人の股間のもっこり度を確かめる奴なんていないよな大丈夫だよなうん大丈夫安心しろ俺天下泰平万歳万歳ーーー
内容が支離滅裂してきたところで、俺は考えるのをやめた。
そして、まず上を脱いだ。わずかに膨らんだ胸があらわになった。
そしてーーまずズボンを脱いで、そしてそーーーーーっとパンツを脱いだ。
俺の大好きなアレが顔を出した。ソーセージ生えろ、なんて思いながら俺は股間をペチペチ叩いたが、無論生えるわけもなく、俺はサッと水着を穿いた。
水泳の授業では、50mをクロールで泳ぐという、簡単なことをやっていた。それ自体は問題無かった。だが、俺が気になったのは、股間が蒸れるのだ。やはり、股間は大きく変わってしまったので、その分不慣れなことも多い。
「大路君、どうしたの?」
ぼーっとプールサイドに立っていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、森島舞が立っていた。彼女とは、教室で席が隣同士なだけあり、よく喋る仲である。
「いや、何でもない」
水着からスラリと伸びた、森島の美脚線から目を逸らしながら答えた。
…畜生、これがスク水ってやつか。意外といいなあ、コレ。
そんなセクハラのようなことを考えていると、
「変なの」
と森島は言った。
「何でもねえからさ」
「ほんとー?怪しいなあ」
森島は俺の顔を覗き込むと、笑って俺の鼻を人差し指でツンとつついて去っていった。
……ったく。
俺は溜息をつくと、プールにザブンと飛び込んだ。
「コラぁ大路、プールに飛び込むなぁ」
体育科の吉峯が怒鳴った。
太陽の光が、プールの水を照らし、その光を反射している水面がキラキラ光っている。あー、夏だなあ……
と、本来なら夏を堪能出来たであろうこの場面も、俺の女体化によってそれは皆無になった。
あー、七夕Fuck!
俺は夏空に向かって、(心の中で)盛大に叫んだ。
今日から、毎週木曜日に更新していきたいと思います (予定が崩れることもありますので、ご了承ください) 。