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VRの河童  作者: 住之江京


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1.河童の棲む沼

続きの気になっている小説がなかなか更新されないので、仕方なく、全然関係ない話を自分で書くことにしたのです。

「え、うあ、何だ、これは……?」


“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は混乱していた。



彼が救いを求めて周囲を見渡すたび、『ファンタジック・ファンタジア・ファンライン』、通称FFF(ふふふ)が他のVRMMORPGと比較して唯一最大の長所とされる、「二十五文字もの長キャラネーム」を目一杯使って名付けられた特に意味のない名前が、その頭上で回転する。

自らつけた“超越者”という二つ名(なお、このゲームに二つ名というシステムは存在しない)のみならず、鎧袖貫心パス・アンド・スティングの異名を持つ彼にとって、このような事態はゲーム開始以来、およそ初めてのことだと言えた。


PC、NPC、モンスターは、プレイヤー認識下にある限り、基本的に頭上へその名前を表示されてしまう。

「プレイヤー認識下」とは、直接視認している場合のみならず、においや物音、気配等で「何かがいる」と無意識にせよ感じている状態のことを示す。


プレイヤーキャラの中で最小種族である小人(ハーフリング)の、キャラメイク時に設定できる最低身長。

それがこの無駄に長い名前と最悪の化学反応を起こした。


彼は「擦れ違うだけで、首を振るだけで、身体の中を名前が貫通するすごい気持ち悪いキャラ」として周知され、パーティを組むことはおろか、情報収集の場である酒場からも出禁を食らい、街を歩くだけで白い目で見られる。


軽い気持ちで作ったネタキャラが、ここまで他人様の反感を買うとは思わなかった。

PC間での戦闘行為が禁止され、武器や魔法による攻撃は元より、PC行動由来のダメージが一切入らない仕様のFFFに於いても、ログイン地点である宿屋の寝床に馬糞を放り込まれるのは、大変つらいものである。


運営は「規約に違反していない以上は対応できない」の一点張りだったし、たとえ設定で嗅覚を遮断していようが、枕一杯に馬糞が広がっていると、精神的にくるのだ。


プレイ開始三日目から一度もログインすることが出来なかった彼にとって、初めてでない事態の方が少ない。

それでも、今回のこの事態は想定内のことだった。

彼にとってはこの事態こそが目的だったのだから。



想定内にも関わらず、大きな混乱と恐慌を来たしていたのだ。



『ファンタジック・ファンタジア・ファンライン』。


後発も後発、二十数匹目のドジョウを狙って大手家電メーカーから発表された「初心者向け」VRMMORPGは当初、それなり程度の評判と共に迎えられ、αテスト、クローズドβテストにおいても、妥当な程度の様子見客(ユーザ)数を稼いでいた。

この場合の妥当な程度というのは、メーカー側の期待を大いに下回る程度ではあるが。


VRMMORPGとは、仮想現実大規模多人数同時参加型直結役割演技式遊戯のことである。

より簡潔に言えば、バーチャルリアリティ体感装置を使って、多数のプレイヤーが同時に遊べる、オンラインゲームのことだ。


そもそも、VRなんてジャンルで「初心者向け」を売りにするのは、ちょっと頭がおかしんじゃないか、とは誰しもが思うことだろう。

VRゲームをプレイするには、VRギアと呼ばれるヘッドマウント型の装置が必要となる。

これが大体――プレイ中に謎のショートやフリーズ、視覚へのフラッシュや聴覚への継続的ノイズによる体調不良、ロック機能の故障による自力脱出不可能状態、日本国内では使用禁止されている接着剤から来る刺激臭による偏頭痛を引き起こさない、最低限の品物となると――安いものでも六桁くらいの金額がかかるのだ。

そんなものを、初心者がホイホイと買うものだろうか。買わないだろう。


技術の進歩により頭打ちとなったバーチャル空間のリアリティからは最新鋭の旨みも少なく、既存ゲームのシステムを掻き集めた目新しさのないシステム、ありがちな中世ヨーロッパ風世界観も相俟って、α及びβテストに参加した古参のMMORPGプレイヤー・VRMMORPGプレイヤーの見立てでは「この調子でゆけば、問題なく規定のアクティブユーザ数を割り、一年かそこらで運営企業に見切りを付けられ、ひっそりとサービスを停止する」ものと思われていた。



しかし、オープンβ開始から一ヶ月過ぎた頃を境に、ほぼ完全に途絶えていた新規プレイヤー登録が増加し、早々に引退していたプレイヤー達が次々に一時復帰することとなる。


その原因は、ネット上の掲示板で流れたある噂だった。



VRMMO系の掲示板で流れ始めた噂――『ファンタジック・ファンタジア・ファンライン』には、河童が出る。



“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.もまた、その噂を確かめるために、再びこの世界を訪れた一人だった。

FFFの民度の低さに絶望した彼は、どうせ一度切りの再ログインだからと、キャラ削除からの再登録を良しとせず、かつて彼を絶望へと至らしめたその名と共に、乾き切った馬糞にまみれた寝所で目を覚ます。

寝室のドアは宿泊者の名前と、チェックイン時に登録したパスコードをキーワードにワームホールでロビーと接続される。

このパスコードを盗み聞きされ、インターネット上の掲示板に晒されていたことを彼自身が知ったのは、彼がこのゲームを引退してから幾らか後のことだった。

“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、プレイヤーやモンスターからの認識を阻害する隠形スキルによりその姿と名前を隠し、一路、始まりの街・カッパドキア裏手の森へと向かった。



このカッパドキアの名は、河童とは無関係のはずである。

FFF世界の都市名は全て、金属の名前を元にしている。

黄金の王都・ゴルドラ、白銀の聖都・シルバニア、青銅の港都・ブロンザージ、黒鉄の工都・アイアナ。

青銅と多少被ってはいるが、カッパドキアは赤銅の街だ。銅だけで四箇所あるのだから仕方ない。


カッパドキアだから河童が出る、というのは当初、いささかやる気に欠けるデマであるとして、掲示板の住民達により完全にスルーされた。

しかし、翌日貼られた一枚のキャプチャ画像により、この噂にはようやく、幾つかのレスポンスが付くようになる。

それはまさに、件の河童が沼から顔を覗かせている画像だったのだ。


真っ黒なざんばら髪に、そこだけ毛のない頭頂部。

嘴のように尖った口、青白い肌。

泥水の滴る不気味な姿は、戯画化された河童とは多少異なるものの、万人が紛れもなく河童そのものと認識した。

愚にもつかないデマネタを拾って作られた精緻な糞コラを称える数レスの後、一人の住民が画像のメタデータを見てあることに気付く。


その画像が、VRギアのキャプチャ機能により撮影され、一切の無加工で投稿されたものであることを。


連日お通夜状態であったFFFスレは俄かに沸き立った。

西洋風ファンタジーであるところのFFF世界に、純東洋風妖怪であるところの、河童が出現する。


すこぶるどうでも良い話である。

そして、遊戯という物は、どうでも良いことほど面白い。


早速、実地での検証班がナァナァで組まれ、同時に運営への問い合わせも行われた。

運営の曰くでは、そのようなモンスターは設定されていないとのこと。

にも関わらず、検証班の一部は、確かに河童を目撃し、そのキャプチャ画像を撮影してのけた。

最初の河童画像投稿者がメタデータからVRギアに登録された本名を全世界に発信してしまった不幸な出来事もあって、キャプチャ後完全無加工の画像が上げられることはなくなり、正真正銘の糞コラが貼られることも増えはしたが、中には信頼できる目撃情報も散見された。


果敢にも河童に対し攻撃を仕掛けた猛者もいたが、武器攻撃、魔法攻撃共に痛痒を与えること叶わず、返り討ちにあったらしい。

にも関わらず、別の日に水中適正付与魔法と暗視魔法をかけ、、沼へ潜って総浚いしたパーティが、河童の皿一枚すら見つけられなかったという話もある。

河童が存在するというのは全くのデマではないようだが、存在を示す確たる証拠はない。


すわ運営の梃入れか、「運営すら知らない謎のモンスター」とは、海外の田舎の村興しレベルの話ではないかと揶揄する者も多く、河童祭りはすぐに収束するものと見られていた。

そんな所に、酷い悪乗りをする者が現れる。

国際的ハッカー集団のメンバーを名乗る人物が、FFF開発元のPCに進入し、ゲームシステムの設定をハッキングしたというのだ。

そして、そのデータの中には、開発中のモンスターも含めて、件の河童と思しき者は存在しなかった。

そのハッカーは以上の情報を警察庁ウェブサイトのソースコードにコメントアウトで埋め込んだ。

驚くほど頭が悪い。それゆえに、強固な信憑性を持つ情報。


噂は噂を呼び、謎は謎を深め、情報は情報を拡散する。

開発元企業の間借りしている商業ビルは、河童伝説のある沼を埋め立てて作られたもので、河童の怨念がゲームに宿った等という噂すら、まことしやかに囁かれた。


警察庁のウェブサイトなんかに迷惑をかけたせいで悪目立ちしたFFFは、ワイドショーでもVR技術反対派の槍玉に挙げられ、さんざっぱら叩かれ、一般の間でも広く話題となる。

“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.も、同じ学校に通う、ゲームになんて一切興味のない友人からFFFの話を振られ、うっかり「俺そのゲームちょっとだけやってたよ」等と答えてしまったがために、「じゃあその河童見てきて、どんなだったか教えてよ」と頼まれ、話の流れで安請け合いしてしまった口だった。


“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.はメインジョブに攻防両立型の戦士、サブに魔法攻撃型のメイジと、探索・支援型のローグを取る、孤高のソロプレイヤーだ。

FFFというゲームは、全ての属性武器に物理属性がついているため、物理攻撃のみでは物理無効ボスで詰む。

魔法攻撃のみでは魔法反射ボスで詰む。

紙装甲では大量発生ボスで詰むし、罠解除がなくても詰む。

と、公式サイトにやんわり書いてある。

キャラメイク時に戦士を選んだものの、初日で永久孤立の未来が見えため、補助職取得可能レベルになると同時に器用貧乏ビルドへ踏み切った。

その翌日には引退したのだから何ともなのだが。


カッパドキア裏手の森は所詮、初級者向けのフィールドに過ぎない。

たった二、三日分のレベルでも、ほぼ最低レベル帯のフィールドで命を脅かされるようなことは起こりえない。

ローグの隠形スキルによって一切の戦闘なく目的の沼地に到着した“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、沼の周囲に集う河童捜索、ないし河童見物目的のプレイヤーから少し離れた茂みで、沼の様子を窺った。


持参した重箱弁当を一人で広げる者あり、死に装備と名高いナックル武器縛りでの模擬戦に興じる者達あり、アイテムを作って製作スキルのレベル上げをする者や、それを笑いながら眺める者あり。


「出来たぜ、河童饅頭だ!」

「おーいいじゃん、河童型。モデリングソフトの無駄遣い」

「《屑焼き肉》相当だけどな!」

「せめてパン系にしろよ……」


生まれてすぐに死にゆく運命を辿り始めたFFFに集う彼らは皆、物見遊山の暇人ばかりである。

“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、何だか楽しそうなことをしている彼らに近づきたいとは思うものの、心に巣食うトラウマに押し留められ、その場を一歩も動けずに居た。



だからこそ。



その瞬間を目にすることができた。



その瞬間を目にしてしまった。



弁当を広げていた者が、水しぶきと共に姿を消したことを。


ナックルを振り回していた二人が、水中から伸ばされた腕によって水中に引き込まれた場面を。


プレイヤーの死亡を演出する光が水中から三つ、立ち上る様を。


水面を割って現れた異形――河童そのものを。



“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、脳内でメニューを操作してキャプチャ画像を取得しつつ、河童の姿をつぶさに観察した。

ボブカットに切りそろえられた黒髪と、毛のない皿。

尖った耳に澱んだ眼。

鼻はなく、嘴に二つ穴が開いているのみ。

嘴は猛禽のように尖りつつ、水鳥のように左右へ広がっている。

背には亀のような甲羅を背負い、手足には水掻きがついていた。


彼が持っていたイメージの中の河童は緑色の肌をしていたが、実際のそれは血管の浮くような青白い肌で、甲羅の色もそれを少し濃くしたようなものだった。

人に近い色合いをしつつも、人ではない存在は、緑色の化け物よりかえって不気味だ。



それが河童以外の何者かであることは、それ自身の頭上に浮かぶ「河童」の文字が示している。



河童は泥水を滴らせながら、ゆっくりと河童饅頭製作者達に近づいて行った。

饅頭屋とその相棒は既に臨戦態勢に入っている。



「こいつが本物の河童か……潰して饅頭の素材にしてやるぜ!」



緊張を貫く突然の破裂音は、饅頭屋が投げつけた爆竹によるものだった。

袖から引き出した爆竹を投げるたび、河童の周囲に子猫ほどのサイズの火球が次々に生まれてゆく。


あれ一発でも、このフィールドのモンスター程度ならオーバーキルとなるだろう。

しかし、河童はその音と光に驚いたのか、両腕で顔を覆っただけで、直撃したはずの足にさえ焦げ目一つない。



「かっぱ巻きに河童入れる奴はいねーだろ」



そこへ間髪いれず、相棒氏が柄の長い斧を、開いた脇腹に叩き込んだ。

河童は少し後ろへよろめくも、甲羅には傷一つない。



「やっぱ甲羅は堅いわな……ならここはどうだ。《兜割り》」



手を返す動きを斜め向きの回転動作に変え、振り上げた斧を河童の皿に叩きつける。

スキル発動を示す赤い光が散り、そこにはやはり無傷の河童がいた。



「クワァァッ!!」



河童が嘴を開いて威嚇する。

無傷とはいえ、河童は目前の人間二人を、自身に害為す者として警戒しているようだ。



「あれ食らって無傷とか、こいつレベル帯おかしいだろ」



饅頭屋が上着の袖から、小指ほどの太さの鎖を伸ばす分銅を滑り落とし、河童に投げつける。

分銅は河童の首の脇を通り抜け、饅頭屋の引く手に合わせてそこへ巻きついた。

河童は苦しそうに表情を歪め、沼へ向かって後ずさりする。



「逃がすかよ。《寸勁》」



そこへ斧の追撃。

無手スキルである防御無視技の《寸勁》を斧を通して発動するとなると、三つしかない貴重なジョブ枠の内の二つを、同じ近接戦闘職なのに使用武器が違うため重ねる価値の薄い格闘家と重戦士に消費し、なおかつ双方を職種間スキル共有解禁レベルまで育てていないといけないことになる。

とはいえ、現在までも残っている死にゆくゲーム(FFF)プレイヤーのほぼ全ては、刹那に生きる、ロマンビルドかネタビルドの追求者だ。

このような育成は珍しいことではない。



「クワァアァァアァ……」



流石の河童もこれには答えたか、苦しそうに呻いて沼へと身体を引きずってゆく。



「もう一つおまけだ!」



饅頭屋は河童の首に巻きついた鎖に取り付けた装置を起動すると、鎖から稲光のような筋が煌めいた。

金属製の鎖を通して、雷撃を流しているのだろう。

現実ならば鎖を通して饅頭屋自身もダメージを受けそうなものだが、FFFにおけるPC攻撃の仕様上は特に問題がない。

紛うかたなきなロマン装備であれど、それなりに使える部類ではあった。


河童は叫び声を上げ、ついに沼の縁へと倒れ付す。

相手が倒れた後も、一分ほど饅頭屋は鎖からの雷撃を続け、ピクリとも動かないことを確認する。

その上で、斧使いの相棒が河童に近付いた。



そして、突然起き上がった河童により、沼の中に引きずり込まれた。

鎖に繋がれた饅頭屋も同様に。



沼の水面から、死亡エフェクトの光が二条、立ち上る。





水面を割って現れた皿の下の澱んだ瞳と――目が合った。





“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は「恐怖」していた。



目の前で五人のプレイヤーが、正体不明の化け物に殺害されたのだ。

そして、その化け物が今、自分へ向けて歩み寄ってくる。



これはゲームだし、相手はどうしたって冗談の域を出ることのない、河童である。

不気味は不気味でも、なんとなく間の抜けた印象がある。

第一、殺されても少々のデスペナルティ、経験値とゲーム内通貨の減少を受けるだけで、最後に立ち寄った街の中心地から復活することができるのだ。

街の中心地というと人が多い場所でもあるから、そこに強制的に移動させられてしまうのは、確かに彼にとっては好ましくないとは言える。

彼はその過去において、人々からの理不尽な仕打ちにより心に傷を負い、このゲーム内で人と関わることを極端に恐れているのだから。

ともかく、死そのものには、何らの恐怖を受ける必要もない。



そのはずなのだが。



遺伝子レベルで刻み込まれた、正体不明のものを恐れる精神が、“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.の全身を硬直させていた。


『ファンタジック・ファンタジア・ファンライン』、通称FFF(ふふふ)の仕様では、「疲労」「麻痺」等の体調系バッドステート、「恐怖」「激昂」等の感情系バッドステートは、実際の状態や感情に伴って発動される。

長時間正座を続ければ麻痺状態になるし、狩の最中に自分の目の前を長文キャラネームがぐるんぐるん横切ったりすると、短気なプレイヤーならば激昂状態に陥る。

「石化」「封印」等の状態系バッドステートについてはこの限りではなく、独立した変数により罹患如何が管理されているのだが、「恐怖」は当然、実際の恐怖感情によって罹患するステートだ。


ステートの効果としては、与ダメージの割合低下と、行動速度の低下、ランダムでの動作硬直。

プレイヤーの性格によっては比較的容易に陥るにも関わらず、マイナス効果があまりにも大きいものだから、当然救済策は多々用意されている。

“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.の補助職であるローグにも、恐怖状態での与ダメ低下、移動速度低下を打ち消すパッシブスキルがついていたが、生憎それではランダム硬直に対する効能が得られない。


硬直状態の解除のタイミングは、プレイヤーの精神力(PS)で恐怖感情を抑えた時か、状態治療アイテム使用の瞬間か、被ダメージの五フレーム前。

ソロプレイの場合は攻撃を受ける直前まで恐怖の中を耐え続け、一発殴られるか、殴られる寸前に回避行動を取るかしなければならないのだ。

あまりにも重い。デザイナーがかつて、甚大な心的外傷を負う程の恐怖を体験しただろうことは、想像に難くない。


“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は少しでも冷静になるべく、今この状態でできることを考えた。

身体が硬直していても使えるスキルはある。



(とはいえ、あの堅さじゃなぁ……)



目の前でこの河童に殺されていったプレイヤー達のことを思い出す。

斧による物理攻撃も、爆竹による炎と爆風も、河童にはまるで痛手を与えてはいなかった。

電撃ではダメージを受けていたかと思えば、あっさり返り討ちにした所を見るに、あれも恐らく演技だったのだろう。


恐怖により硬直した“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.が取れる攻撃行動で、少しでも有効なものがあるだろうか。

無詠唱、動作無しで簡易発動させた攻撃魔法は威力も低く、この河童に通用するとは考えられない。



(まずはこれだな)



ローグの技能、モンスター鑑定。

レベル差にもよるが、相対したモンスターのステータスや弱点属性、ドロップアイテムを調べることができる。

が、



(なっ、え、スキル無効?)



それは在り得ないことだった。

レベル差のあるモンスター相手でも、何かしらの情報は得られるはずのスキルが、そもそも発動すらしない。


自然と“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、河童についての噂を思い出す。



曰く、この河童は開発元のデータには存在しない。



曰く、この河童は、河童の怨念により生まれた怪奇現象である。



人間の脳へ電気的に作用して知覚を操るVRのシステムは、電気的存在である霊魂と結びつきやすく、VR装置を使って死者との対話を試みた宗教団体が話題になったこともあったが、河童は彼らの対象範囲に入るのだろうか。



と、“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、不思議に自分の心が落ち着いていることに気がついた。



硬直が解ける。



即座に身体を反転させ、逃げを打つ。



転ぶ。



河童に捕まる。



沼に引きずり込まれる。




“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は死んだ。



そして三十秒後、デスペナルティを受け、始まりの街・カッパドキアの中央広場で復活した。


突如現れた名前の長いハーフリングに、身体の中をキャラネーム表示で貫かれたプレイヤー諸氏は、不快感と憎しみの籠った視線で応える。


それは人を殺す視線だった。


それでも“超越者”ジャン=ジャンボリック=ジョンソンJr.は、軽い動悸と冷や汗を催しただけで、嘔吐も過呼吸も引き起こさずに、宿へと逃げ出すことができた。


彼の心は、まだ余韻に満ちていたのだ。



「面白いことする奴がいるもんだなぁ」



このゲームを始めてから初めて、心からMMO、大規模多人数同時参加型要素を楽しむことのできた、その余韻に。


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