6
ただでさえ豪華な船内が、淡い光りを受けて余計に豪華に見える。
制服を着てこんなところに来るのもどうかと思うけど、嬉しくてついついキョロキョロと船内を見回してしまう。
隣には、チーズケーキの人もいるしね。
「結構いろんな店があるね」
「そうだねぇ」
二人して大きな客船のタラップを上って船内に入ってみると、そこは本当に『豪華客船』という感じの船だった。船内の調度品も誰が見ても高級品と言えるもので、きっとお姉ちゃんが見たら興奮したに違いない。
「本屋まであるんだ」
「たいていの店は揃ってるんじゃない? 普通のフェリーでも本屋とかはあるし」
「そうなの?」
「そうだよ」
見上げると、建介さんがにっこりと笑って答えてくれた。それに「へぇー」と相槌を打ちながら、入口でお姉さんに貰った船内パンフレットを建介さんと二人覗き込みながら歩く。
「あ、スイーツのお店もあるよ」
「ほんと?!」
パンフレットの船内の二階にあるお店の一覧からスイーツのお店を指差すと、建介さんは小さい子みたく顔を輝やかせた。私もちょっと嬉しくて、うんうんと頷く。
「帰りに買ってこーよ」
「そうだね。彰チャンのとこより美味しいかな」
「えー、古谷さんのケーキより美味しいのなんて、私食べたことないよ」
「よし。食べ比べだ」
船内ロビーから上に続く階段を上りながら二人で笑いあう。建介さんなんて、そこら辺の子供よりスイーツのお店を楽しみにしてる。もちろん、私もだけど。
こんな豪華客船に制服着た学生とコートを羽織ったお兄さんが歩くのは不自然かもしれないけど、まぁ、そこは気にしない。
「あ、」
「どしたの?」
本屋の隣、ガラス細工やアクセサリーなど海に関するもののグッズが売ってあるところで、私は足を止めた。建介さんも同じように足を止めて私を見下ろす。
「これ、おもしろいっ」
建介さんのそばを離れ、行き交う人に見えるように設置された台の上に並べてあるネックレスを取って建介さんに見せた。建介さんもこっちに歩いてくる。
「ああ、本当だ。碇のネックレスなんて、あんま見ないね」
「ねー」
私は建介さんにそれを見せて満足し、そのネックレスを元の場所に戻した。と、建介さんがそれをもう一度取り上げる。
「どうしたの?」
「ん? ああ、これ買おうかと思って」
そのまま建介さんはレジに向かう。
「建介さん、ネックレスなんてつけるの?」
「俺じゃないよ。彰チャンに似合うかなー、と思って」
「は? え、じゃあ自分で買うよっ」
「いーから、いーから」
当たり前のように笑って言ってレジにネックレスを差し出した建介さんに、慌てて鞄を探り財布を取り出そうとする。が、こんな時に限って、なかなか財布が取れない。
そうこうしてる内に、建介さんはネックレスを購入してしまった。店員さんの「ありがとうございました」と言う声が建介さんに向けられている。
「もう買っちゃった」
「何で買うの」
悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、袋に入れられたネックレスを私に見せる建介さん。そして、私の質問を無視してそのお店を出ていこうとする。私は慌てて後を追った。
「いくらだった? お金払うよ」
「いいって。俺が買いたかっただけだし」
「そう言って、さっきの夕飯も奢ってもらったもん」
そうだ、建介さんは今と同じようなこと言って、さっきのレストランでも全額お金を払った。ぶーたれる私に、建介さんはニコニコと笑って袋を差し出す。
「彰チャンは良い子だねー。じゃあさ、一個だけ俺のお願い聞いて?」
私に袋を押し付け、背中を押して建介さんはお店から離れる。
「お願い?」
「うん。彰チャンがバイトの日とかは俺に家まで送らせて?」
歩きながら、建介さんは首を傾げて言う。まさに、お願いって感じ。
でも……。
「それって、やっぱり私だけ得な気がする」
「いいの。お願いって言ったっしょ?」
「これがお願い?」
「うん」
コクリ、と頷く建介さん。
なんだかなぁ……。
「……建介さんがそれで良いなら、私は良いけど」
「やりっ。お、スイーツの店ってここだ」
私の返事を聞いて、建介さんは今まで以上に笑顔になって、目の前のお店を指差した。
「さ、彰チャンは何買う?」
「うーん……。私は、チーズケーキとあとは適当に三個」
「家族の分?」
「うん。建介さんは……」
「もち、チーズケーキッ」
あんまりの嬉しそうな声に、レジにいたお姉さんがクスッと笑った。流石の建介さんもそれは恥ずかしかったみたいで、ちょっと腰を低くしてケーキの注文をしていた。私には、そんな建介さんの方が可笑しかった。
***
「明日はバイト?」
「うん。建介さん、来る?」
「行くよ」
「じゃあ、いつもの席空けとく」
「よろしく」
建介さんに送ってもらって、家の前で話をする。
建介さんは運転席から窓を開けて、私は外で立って。
「ネックレス、ありがとね。毎日つけとく」
「そりゃ嬉しいね。明日、昼休みに裏庭で会おうか。ご飯、一緒に食べる?」
「あ、食べるー。今日と同じところ?」
「うん。じゃあ、明日ね」
「ん、お休み。気をつけてね?」
「はいよ」
最後に、いつものにっこりとした笑みを見せて、建介さんは車を発進させた。
それが見えなくなってから、私は玄関の扉を開けた。
「ただいまー。ケーキ買ってきたよー!」