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部活の後の疲れも忘れて、走って、走って校門に向かう。そこには、もう彼が車に寄っ掛かって立っていて、私に気付くとヒラヒラと手を振ってくる。
いつもと同じように、黒のシャツの上に黒のコートを着ている彼。
ああ、やっぱりチーズケーキの人なんだ。
「ズルい」
「えっ。そんな開口一番に『ズルい』って言われても」
チーズケーキの人、もとい、建介さんの所まで走って来て告げると建介さんは意味の分からないといった顔をした。
「だって、私は時間なくて着替えられなかったのに、建介さん着替えてるし」
「そりゃ、そうさ。あんな作業服で女の子と出掛けられません」
それでもまだ、ブーブーと文句を言う私に彼は可笑しそうに笑って、助手席のドアを開けてくれた。そして、仰々しく片手は車内に向け、もう片手はどこかの執事のように胸に当て軽く頭を下げる。
「そんなお顔をされては可愛い顔が台無しですよ、姫さま? さぁ、お車にどうぞ」
「まぁた変なこと言って」
パチンと彼の腕に軽く拳をぶつけて、笑いながら助手席に乗り込んだ。 彼も同じように笑ってドアを閉める。
車の前を回って運転席に乗り込んだ彼は、シートベルトを締めて早速車を発進させた。
「それで、どこに連れて行ってくれるんですか?」
「んー? どこにしようか迷ったけど、ここは無難にご飯でも食べに行きますか」
「あーっ、食べたいっ。食べに行きたいっ」
「じゃ、決定だ」
小さな子どもみたいに大きな声で賛成する私を見て、彼はニコリと笑って言いアクセルを踏んだ。
***
「着きましたよ、姫さま」
どれくらい走ったのか、ちょっと街の外れにある港の近くまで来ていた。視線を前に向けると淡いライトで看板が照らされているレストランがあった。その向こう側に大きな客船が見える。
「『THE OCEAN HOUSE』?」
「お、キレイな発音。ここね、俺の友達がやってる海上レストラン」
「海上レストランなんて初めて来た」
「そりゃ、よかった。さ、入ろっか」
車を降りて彼の後ろを歩きながら、向こう側に見える客船に目を奪われる。たぶん、今は観賞用に停泊してあるのかもしれない。船内からも船の下側からも淡い光が見える。
「そんなに船が珍しい?」
「うん」
ポーッと船に見とれる私を見て彼はクスクスと笑いながらレストランのドアを開けた。
―カランカラン
ドアベルが懐かしいような響きで鳴って、すぐにウェイターがやってきた。クシャクシャッとした茶色の髪で眼鏡を掛けたその人は、彼を見るなりニコッと笑った。
「よっ、久しぶり」
「久しぶり、祐弥」
ああ、彼の言ってた友達か。
「久しぶりに二人分予約するから誰連れてくるかと思ったら、高校生かよ」
「うるせー」
彼の友達の店長は私を目に映すと彼に笑いかけた。ムスッと返事を返す彼を無視して、店長はニコリと笑い私に手を差し出す。
「初めまして。店長の佐山祐弥です」
「あ、初めまして。海堂彰です」
店長、もとい、佐山さんの手を握り挨拶すると、佐山さんは私の名前を確認するように復唱してから、店内に向かって歩き出した。その後を彼と一緒に付いて歩く。案内された席は、窓際で、窓の向こう側には海上テラスがある。
「ご注文はすぐにしますか?」
「俺、いつものリゾット。彰チャンは……、すぐ決まる?」
「え? ……あ、」
彼の声に慌ててメニューを開く。別に急がなくても良いんだろうけど、先に注文した彼を待たせちゃ何だか悪い。
「えーと……あ、グラタン」
「こっちの魚介たっぷりグラタン?」
「はい」
「かしこまりました」
にこり、と人懐っこい笑みを浮かべ伝票を千切ってテーブルに置くと、佐山さんは背を向けて厨房の方に向かって行った。
「意外と子供っぽいの好きなんだね」
「『意外と』って何」
「そのまんまの意味」
訝しげに尋ねる私に彼は可笑しそうに笑う。子供っぽいのはどっちだ。
それから料理が運ばれてきて、学校のことや彼の仕事のことをたくさん話した。
学校のことって言っても、部活のことは話さなかったけど。
「彰チャン、また来てね」
帰り際、佐山さんがそう言って手を振って見送ってくれた。
「さて、どうする?」
「どうするって?」
レストランを出て、彼の車に向かう途中尋ねられ首を捻った。
「大きなお船、見に行きますか? 確かあれ、中見学出来たよ?」
「……行く!」
後でお母さんに『遅くなる』って、メールしとかなきゃ。