3
あー、疲れた。
バイトの後に疲れるのはいつもで、何か体力的な疲れだからいいけど、木島先生のせいで最近は精神的な疲れも入ってきた。
最近、昼休みに裏庭にも行ってないよ。
「あっきーらちゃんっ」
「……何ですか、古谷さん」
午後10時、バイトが終了して制服に着替えて帰ろうとしたら、パティシエの古谷さんに声をかけられた。よく見ると古谷さんの手には、ケーキ箱がある。
「はい、これ」
言いながら古谷さんがケーキ箱を差し出す。怪訝に思いながらも受け取った。
「何ですか、これ」
「ん? 彰ちゃんさ、最近また元気ないから俺から新作ケーキのプレゼント」
「本当に?」
「もちっ。四個入ってるから家族と分けるか、彰ちゃんが全部食べても良いよ」
グッと親指を立てて返され、頬の筋肉が自然と弛んだ。
古谷さんのケーキは本当に美味しい。一度どこかのレストランから誘われたらしいけど、絶対苅谷さん所から離れようとしなかったらしい。
「ありがとうございます、古谷さん」
「どう致しまして。さ、早く帰りな」
「はーいっ」
疲れは抜けないけど、ケーキのおかげで気分は上々。ルンルン気分で店を出た。
店を出て、『さぁ、帰ろう』と歩き出すと後ろから声がかかった。
「彰チャン」
振り返ったその先には、車に寄りかかったチーズケーキの人。ちょっとびっくりした。もちろん彼は今日も店に来ていた。
「何してるんですか?」
「彰チャンのこと待ってた。最近疲れてるみたいだから、送ろうかと思ってね」
不思議そうに問い掛けながら駆け寄る私に、チーズケーキの人はニコッと笑ってわけも無さそうに答えた。彼の言葉にも驚いたけど、そんなに私疲れた顔してたのかな。
「送るって、そんな悪いですよ」
「いいの。ほら、今日寒いし車の方が早いでしょ?」
「そう、ですけど……」
「さ、乗った、乗った」
結局丸め込まれる形で助手席に押し込まれた。
車、カッコイー。青のスポーツカー、かな? 分かんないけど。
「彰チャン、それ何?」
「それ?」
道すがら、チーズケーキの人が私の持っているケーキ箱を指差した。顔を横に向けると彼の期待に満ちた表情があった。
「古谷さんの新作ケーキです」
「ケーキ?」
「食べたいですか? あ、そこ左です」
「食べたいです」
ハンドルを左に切りながらチーズケーキの人はウンウンと頷いた。
可愛いなー。
「そこです」
私が指差した家に彼は車を止め、拝むように私を見た。私はそれにちょっと笑ってケーキ箱を上に上げる。
「ちょっと待ってて下さい。他のケーキ出して箱に入れてきます」
「サンキュ」
嬉しそうに笑う彼に私も笑顔を返して車を降りた。
「ただいまー」
家に居るお母さんに声をかけ大急ぎでキッチンに行き、四個のケーキのうち三個を取り出す。
テーブルにはお母さんと、何故かお姉ちゃんまでいた。
「お姉ちゃん、何でいるの?」
「仕事今終わって、疲れてご飯作る気が起きなかったから」
「今日はまた随分遅いね」
ケーキを崩さないように取り出しながらお姉ちゃんの話に言葉を返し、取り出し終わった所で箱をまた閉じる。お姉ちゃんを見ると何かを思い出したように顔をしかめていた。
「ちょっと聞いて、彰! あんの鬼畜、一人ニューヨーク支社行きが出たからって私に仕事押し付けるのよ!? しかも……」
「はいはい」
怒り狂うお姉ちゃんはほっといて、早くケーキ渡そ。
「はい、どうぞ。ケーキ、チョコレートケーキにしたけど大丈夫ですか?」
「もちろん。大好きだよ」
外で待っていてくれた彼にケーキを渡すと、子供みたいに喜んでくれた。
「じゃあ、気をつけて」
「ああ。ありがとね、彰チャン。また明日」
最後にニッコリ笑ってお礼を言うと彼はアクセルを踏んで、車を発進させた。
あ、名前聞いとけば良かった。
***
次の日、数日ぶりにようやく裏庭に来ることができた。でも、今日も出なきゃいけないなぁ、部活。面倒くさい。本当は部活なんて入ってないのに。
色々考えながら、ゴロンと草の上に横になった。青空に浮かぶ雲はゆっくりと右に流れていく。暖冬も悪いもんじゃない。
少し眠ろう。
そう思って、眼を閉じた。
「ここで寝るのそんなに気持ちいい?」
―パチッ
突然の声に眼を開ける。逆光でよく見えないけど、誰かが私を見下ろしている。
「やっ、彰チャン」
あ、きらチャン……?
ガバッと起き上がる。
「……ぇええっ!?」
そこに立っていたのは、チーズケーキの人。