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――ピンポーン
土曜日の午後一時半過ぎ、部屋のドアチャイムが鳴って、俺はパソコンを打つ手を止め、急いで玄関に向かった。
この時間にチャイムが鳴るってことは、彰チャンが家に来たってことだ。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。バイト、お疲れ様」
玄関のドアを開けると、彰チャンがにっこり笑って立っていて、自然と俺も頬が弛んでしまう。彰チャンの手にはスーパーの袋と、もう一つ袋がある。スーパーの袋は、今日彰チャンがチーズケーキを作ってくれると言っていたから、その材料だろうけど、もう一つのはなんだ?
「彰チャン、それ何?」
彰チャンとリビングまで戻ってきて尋ねると、彰チャンは「ん?」と振り向いて、俺の視線が自分の持つ袋にあるんだと気付く。すると、彰チャンは嬉しそうに笑って、袋を俺に差し出してきた。
「下のパン屋さんでメロンパン焼きたてだったから買ってきたの。建介さん、お昼食べてないだろうと思って」
「あ、本当に? ありがと」
『焼きたて』と聞いて思わずにやけてしまった。そんな俺を見た彰チャンは可笑しそうに笑って袋を俺に手渡した。渡された袋からは、メロンパンの甘い香りがする。
実は昼を食べてないってのは図星で、ついでに俺はこのメロンパンが好きだったりする。一階にあるパン屋のメロンパンが美味しいって教えてくれたのは、彰チャンだ。
「まだ仕事終わってないの?」
「え? ああ、うん」
ソファの前にあるテーブルに広がる書類やパソコンを見て彰チャンが聞いてきた。いつもは、カフェに行って彰チャンのバイトが終わるのを待つんだけど、今日はこれがあるせいで、カフェに行けなかった。
「私、邪魔じゃない?」
突然、テーブルを見ていた彰チャンがそう言った。
「え、邪魔じゃないよ」
「そう? でも、建介さん忙しそうだし……」
「大丈夫。彰チャンがチーズケーキ作ってる間に終わるから」
せっかく彰チャンといられるのに、仕事なんかのせいでそれをムダにさせてたまるか。
「そっか。じゃあ、キッチン借りるね」
「うん」
俺の答えに安心したように微笑んで、彰チャンはキッチンへと向かった。
ああ、良かった。彰チャン、帰らなくて。ここで彰チャンが帰っちゃったら、一気に仕事する気が失せるところだった。
そんな風に安心した俺はソファに座り直して、彰チャンが買ってきてくれたメロンパンを袋から取りだし、一口かじる。ああ、美味い。
***
「終わったーっ」
「お疲れ、建介さん」
彰チャンがチーズケーキを作り始めて、やく一時間後。やっとこさ仕事が終わった。
チーズケーキはすでにオーブンレンジの中で、彰チャンは少しの間持参した本を読んで俺を待っていてくれた。チーズケーキはあと十分ほどで焼き上がるらしい。
俺は入力したデータを保存してパソコンを切ると、一人掛けのソファに座っている彰チャンに向かって、ちょいちょい、と手招きする。彰チャンは首を傾げて読んでいた本を閉じ、俺が座るソファまで移動してくる。
「どうしたの?」
「んー、疲れたー」
隣に座った彰チャンの質問に、答えになってないような言葉を返し、ぎゅうっと彰チャンを抱き締める。「うわっ」と彰チャンの驚いたような声がしたけど、彰チャンも俺の背中に手を回した。
こんな時、彰チャンと付き合えて良かったと思う。付き合えてなかったら、こんなことできないし。
「建介さん、あったかい」
「気持ちいいでしょ」
「うん。眠くなる」
その言葉と共に、彰チャンがぎゅうっと俺にくっついてきた。
そういえば、さっき本読んでる時も何回か眠そうにしてたっけ。
「俺も、眠いや。疲れたし」
「仕事、大変だったの?」
「うん、少しね。ケーキ焼き上がったら、昼寝でもしようか」
「んー……」
俺の腕の中で、こくりと頷く彰チャン。
早くケーキが焼き上がればいいのに。
それから少しして、オーブンレンジから焼けた合図が鳴って、彰チャンはチーズケーキを取り出しにキッチンに行った。俺は立ち上がってリビングから寝室に向かい、簡単にだけど、布団を整えておく。
「建介さん?」
リビングから彰チャンの声が聞こえてきて、振り向くと、リビングから続いているドアから彰チャンが顔を覗かせていた。
「昼寝しよう?」
手を差し出して誘うと、彰チャンは頷いて寝室に入ってくる。
二人してベッドに横になると、俺はさっきみたく彰チャンを腕の中に抱き寄せた。
「やっぱり建介さん、あったかい」
「彰チャンも、あったかいよ」
「建介さんとくっついてるからだよ」
眠そうな声で、俺の胸にくっつきながら、彰チャンはそう言った。ほんとに、彰チャンはさらっと嬉しいこと言ってくれる。腕の中の彰チャンを見下ろすと、彰チャンはうつらうつらとしはじめていた。
「起きたら、チーズケーキ一緒に食べようね」
「うん」
俺の言葉に、半分意識のないような返事をして、彰チャンは眠ってしまった。俺にも、すぐに睡魔がやってきた。完全に寝てしまう前に、彰チャンの髪に一度キスをしてから、俺も目を閉じた。
たまには、こんな風に二人して昼寝するのも、いいかもしれない。