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彰チャンのバイトが終わる一時間ほど前にカフェにやってきていた俺。いつも通りチーズケーキと紅茶を注文して、持ってきたノートパソコンにいろいろと打ち込みながら、紅茶を啜って、バイトに勤しむ彰チャンを見る。ちょうど接客から厨房に帰ろうとしていた彰チャンと目が合って、彰チャンは笑って小さく手を振ってきた。俺も笑って手を振り返す。

彰チャンが厨房に戻って、パソコンに目を戻したが、手はまったく動かなかった。だってさ、今日はこのあと彰チャンとデートなんだ。浮かれて昨日はあまり眠れなかったりしたくらい、楽しみ。早く一時にならないかと、何度も何度もパソコンの右下にある時間を見てしまう。


ああ、早く彰チャンのバイト終わらないかなあ。




「真田さん、」



やっとこさ一時になって、彰チャンが着替えてカフェを出てくるまで車で待っていようと先に外に出ると、後ろから誰かに声を掛けられた。声音は男ので、誰だと思いつつ振り返ると、茶髪の髪を後ろで縛った男が俺の後に続いてカフェを出てきていた。手にはケーキ箱を持っている。



「あ、古谷さん」



小走りに俺のところにやってきた人は古谷さんで、古谷さんは俺の目の前まで来ると手に持っていた箱を俺の方にずいっと差し出してきた。



「チーズケーキと新作ケーキ。全部で四つ入ってるんで、彰ちゃんと食べてよ」

「え?」

「デートでしょ? これから。彰ちゃんが言ってたよ。『今日はチーズケーキの人と遊ぶんだー』って」



思い出すようにして笑いながら古谷さんが言った。彰チャンが俺と同じく今日を楽しみにしてたと分かって、俺まで嬉しくなる。



「いいんですか?」

「いいよ。その代わり、新作ケーキの感想聞かせてね」

「ああ、それなら、どれだけでも」



そんなことでケーキが貰えるなら、どんだけでもやってやる。

そんな俺の気持ちが分かったのか、古谷さんが笑いながら「じゃあ、どうぞ」と、俺に箱を渡してくれた。俺はそれに深々と頭を下げて受けとる。



「それじゃ、デート楽しんできてよ」

「ありがとうございます」



にこやかに笑ってカフェに戻る古谷さんを見送ってから、俺は箱を手に車へと向かった。

俺が車に戻って五分ほどで、助手席の窓が控えめに叩かれた。ぼーっと運転席側の窓の外を眺めていた俺は、びっくりしながらも助手席の方を向く。窓を叩いたのは彰チャンだった。彰チャンは俺が驚いた顔をしていたのがおかしいのか、指を差して笑っている。



「そんなに驚かなくてもいいのに」



助手席のドアを開けて、車に乗り込みながら、彰チャンが言った。今日もジーンズ姿で、黒のロングカーディガンを着ている彰チャン。しかも、首には俺のあげた碇のネックレスをつけてる。

んー、俺的にはバレンタインパーティーで着てたようなワンピースをもう一回着てほしい。



「ね、建介さん」



いきなり彰チャンに声を掛けられて、慌てて抱いていた期待を悟られないよう返事をした。



「ん?」

「建介さんは、何か観たい映画あるの?」

「いや、特には。彰チャンは?」



そういえば、映画とか観に行こうって誘っておいて、何の情報も仕入れてこなかった。まずい。そう思って彰チャンを見ると、なぜか彰チャンはほっとしたような顔をしていた。

不思議に思って首を傾げると、俺の様子に気付いた彰チャンはちょっと嬉しそうな顔をして鞄を探りだした。すぐに目当ての物を見つけたらしい彰チャンが、「じゃん」と一本のDVDを見せてくる。



「あのね、古谷さんにDVD借りたんだけど、よかったら家で観ない?」

「家って……」

「私の家」

「あっ、ああ。彰チャンの家。うん、いいね」



「家」って言われて、てっきり俺の家かと思ってしまって、焦ったような声を出してしまう。いかん、これじゃあただの変態みたいだ。



「んじゃ、彰チャンの家に行きますか」

「うん」



彰チャンが頷きながらDVDを鞄に仕舞うのを横目に、俺は車のエンジンを掛けた。と、そこで彰チャンが思い出したように「あっ」と声をあげた。



「どうしたの?」



アクセルを踏もうとして、いきなり声をあげた彰チャンの方を向く。彰チャンは残念だというような顔で、シートに身体を預けて溜め息をついていた。



「今日お母さんの友達が家に来てるんだった。DVD観れないや」



「せっかく借りたのに」と不満そうに呟く彰チャンを見て、ぽんっとあることを思い付いた。



「……俺の家来る?」

「建介さんち?」



はっ、何を言ってるんだ。俺は。これじゃあ、何か企んでるみたいじゃないか。

彰チャンはきょとんとした顔で俺を見ている。が、それもすぐに、にこーっとした顔に変わった。



「建介さんちって、プレイヤーある?」

「あ、うん。ある」

「じゃあ、建介さんちで観よっか」



そう言って、彰チャンは「よし、決まり」と、笑顔を浮かべて顔を前に戻してしまった。うきうきしているような彰チャンに、「やっぱ止めようか」なんて言えない。

自分で言ったくせに、ものすごくさっきの言葉を撤回したくなった。俺は彰チャンに気付かれないよう小さく溜め息をついて、前に向き直り、今度こそアクセルを踏む足に力を込めた。



マンションの駐車場に車を入れて、マンションを見上げる彰チャンと一緒に玄関ホールに回る。俺の住むマンションは、一階にワイン専門店や美容院が入ってて、二階からが住居になってる。こんな形のマンションが珍しいのか、彰チャンはしげしげと一階の店を見ていた。



「一階がお店なんて面白いね」

「そう? もう慣れたからなあ」



彰チャンを部屋に入れて、鍵を靴箱の上に放り投げながら答える。普通に会話してるけど、実際はめちゃくちゃ動揺してる。だって、彰チャンが俺の部屋にいる。しかも、彰チャンは別段緊張してる様子とかもない。



「座ってていいよ。今紅茶入れるから」

「あ、私が入れてあげる」

「彰チャンが?」

「苅谷さんにやり方教えてもらったんだ」



へへっと得意気に笑って、鞄から茶葉の缶を取り出す彰チャン。



「じゃあ、お願いしようかな。DVD、セットしとくよ」

「うん、お願い」



彰チャンからDVDを受け取って、ダイニングと続いているリビングへと向かった。とりあえず、リビングから続く寝室のドアは閉めとく。

DVDのパッケージを読むと、彰チャンが借りてきたのは冒険ファンタジーもの。古谷さん、こんなの観るんだ、なんて思いながらも、パッケージのストーリーを読んでみる。なかなか面白そうだ。俺もこういう話は嫌いじゃないから、あらすじを読んですぐに映画に興味を引かれた。

DVDをセットして、テレビの向かい側にあるソファに腰を下ろし、古谷さんから貰った新作ケーキを二つテーブルに並べた。ソファに深く座って、ふうっと息をつく。

今俺が座っているチョコレート色のこのソファは、唯一奮発して買ったやつだったりする。革張りじゃないけど、座り心地がよくて気に入ったやつだ。気に入りすぎて、一人暮らしなのに、一人掛け用のやつとセットで買ってしまったくらいだ。

DVDの新作情報が流れてる時に、彰チャンが紅茶を二つ持ってきた。



「あれ、ケーキ、どうしたの?」

「古谷さんに貰ったんだ。食べるでしょ?」

「もちろん」



にこっと笑いながら頷いて、彰チャンが一人掛け用のソファに座った。

何か、寂しい。



「隣、座ったら?」

「いいの?」

「いいよ」



彰チャンは俺のこの言葉にまた笑って、隣に移動してきた。DVDの本編が流れ出す。最初は二人とも真面目に映画を見ていたけど、その内に彰チャンがコクリと俺の肩に頭を寄せてきた。今まで映画に見入ってたぶん、かなりびっくりして肩に寄っ掛かってきた彰チャンを見下ろす。見下ろした先の彰チャンは、何だか眠そうに目を擦っていた。



「眠いの?」

「ん。昨日なかなか眠れなかったから」

「なんで?」

「今日が楽しみだったから」



眠気を覚まそうと紅茶に口をつけながら、彰チャンが何でもない風に言った。けど、それは俺を驚かすには十分で、俺はついまじまじと彰チャンを見てしまった。それに気付いた彰チャンは眠そうに首を傾げる。



「なに?」

「えっ? ああ、ううん、何でもない」



ぶるぶると首を振る俺に、彰チャンは「そっか」と言って、ソファに身を預けた。が、すぐにまた、こっくりと頭が揺れる。その様子が可愛くて、俺は手を伸ばして彰チャンを引っ張った。彰チャンは驚いたみたいだけど、抵抗することもなく、俺が引っ張るままに頭を俺の膝に乗せた。彰チャンがぼーっとした目で下から見上げてくるのに小さく笑う。



「寝ていいよ。暗くなったら起こしてあげるから」

「んー……」



唸るような声をあげたけど、睡魔には勝てなかったようで、彰チャンはすんなりと眠りに入っていった。少し横を向いて眠る彰チャンの髪を一撫でしてみる。彰チャンは、起きる様子もなくぐっすりだ。気持ち良さそうな彰チャンを見ていたら、俺まで眠くなってきた。俺も彰チャンと同じで、昨日はあまり眠れなかった。今日が楽しみで。

左首についている腕時計を見ると、まだ二時過ぎ。これから少し眠っても、彰チャンが帰る時間には起きられるはずだ。そう結論付けて、リモコンに手を伸ばし、DVDとテレビの電源を切った。彰チャンを起こさないように、ソファの背もたれに腕を乗せて目を閉じる。睡魔はすぐにやってきた。


膝に掛かる重みがなんだか嬉しいと、意識が落ちる前に、そう思った。







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