12
今日で学校休んだのは何日目だっけ。
小雨の降る中、傘をさして歩きながらふと思った。けど、すぐそんなこと考えるのがバカらしくなって、頭の中から追い出した。
傘を持っている手とは逆の、左手で持ってるスーパーの袋を腕の動きに合わせながら振って歩く。そのまま家の近くまで来ると、家の前で誰かが立っているのが見えた。その人は車を私の家の前に止めて、傘をさして立っている。
誰だ、と思いつつ家まで歩く。家に近付くにつれ、その車と人に見覚えがあるのがわかった。
「……建介さん?」
その人の近くまで来て、立っているのが誰か分かると私は驚いた。その人、健介さんは私の声が届いたらしく、ゆっくりこっちを向いた。
「なんでいたの?」
スーパーの袋をダイニングテーブルに置いて、隣のリビングにあるソファに座ろうとしていた建介さんに尋ねた。建介さんは私の質問に、いつかの昼休みに見たような、ちょっと困った顔をして私を見る。
私の家の前にいる人が建介さんだと分かってから、雨の降る外ではあんまりだと思って、家の中に入ってもらった。平日の昼間なんて、家には誰もいないからちょうどいい。
「だってさ、」
建介さんがソファに座らず、こっちに歩いてきて私の横に並んだ。そして私が袋から出したものをきれいにテーブルに並べていく。
「彰チャン、学校来てくれないから。なかなか寂しかったよ、会えなくて」
私の顔を見ずに、建介さんは私が買った生クリームのパックを手で遊ばせながら言った。私は袋から出すものがなくなって、カサカサ音をたてながら建介さんの話を聞く。
「チーズケーキ運んでくるのもさ、バイトの男だし。彰チャンみたく、内緒で紅茶のお代わり持ってきてくれないし」
なんだか拗ねているような口調の建介さんに、声には出さず小さく笑ってしまう。
「昼休みも一人でご飯食べて、……とにかく、寂しかった」
建介さんの生クリームのパックを遊ぶ手が止まって、私を見下ろしているのが分かった。私は何も言えずに、ただ黙ってスーパーの袋を鳴らして遊ぶ。
「苅谷さんたちにね、彰チャンのこと聞いたんだ」
建介さんがダイニングテーブルの椅子を引いて、座りながら言ったその言葉に、ピタリとスーパーの袋を遊ぶ私の手が止まった。それでも建介さんは話を続ける。
「彰チャンが中学の時、登校拒否に近い状態になったこととかさ」
建介さんは、普通に世間話でもするような口調で言う。思い出すのも嫌な私の過去を。
「……理由とかって、聞いていい?」
建介さんが横から私の顔を見上げているのを感じる。じっと、たぶん真剣な目で。
「俺、」
うんともすんとも言わない私に、建介さんがぽつりと口を開いた。
「寂しいんだ。彰チャンのこと何にも知らなくて、助けてあげられなくて。彰チャンと会えなくて。何より会えなかったのが寂しかった」
段々と小さくなっていく建介さんの声を聞きながら、何でか泣きたくなった。私だって、建介さんとの約束破ったことつらかったし、休んでる間ずっと……。
「……私だって、」
「え?」
私の声に建介さんが少し驚いたような声を出した。
「会いたかったよ……。でも、会ったらまた、中学の時みたく……」
そこまで言って、写真を持って勝ち誇ったように笑う坂上麗奈の顔が浮かんできて、耐えきれずに涙が出てしまった。
「彰チャン?」
いきなり泣き出した私に建介さんは今度こそ本当に驚いたみたいだ。どうしようかとオロオロしている。
「建介さんといたら、みんなに変な目で見られる」
「なんで?」
「クラスの女子が、私と建介さんの写真見せて『援交』ってクラスで言ったから」
自分の手で涙を拭いながら、つい先日のことを建介さんに話す。
「クラスの女子って?」
「……坂上麗奈って人。中学の時もこの人が変な噂流した」
名前を言うことに少しばかり躊躇したけど、どうせ建介さんは知らないだろうと思い口に出す。
けど、私の考えとは逆に建介さんは坂上麗奈の名前にしっかりと反応を示した。
「坂上?」
「うん……」
「あいつか……」
「知ってるの?」
建介さんの態度を不思議に思って尋ねながら横を向くと、建介さんがしかめた顔をしていた。あまり建介さんのそんな顔を見たことがなくて、驚いてしまう。
「建介さん?」
戸惑いながらも声を掛けると、私に気付いた建介さんはハッとなって、またいつもの建介さんに戻った。
「一応、ね」
建介さんが苦笑いしながら答える。
「ね、彰チャン」
「うん?」
建介さんがいつもみたくにこーっと笑って、私に声を掛ける。私が声に不思議そうにすると、建介さんは手を伸ばして私の頭に手を置いた。
「昼休みに俺に会いに来なくていいから、とりあえず学校にはおいで? そんで、カフェで会おう?」
「坂上麗奈に何か言われたら?」
「無視しちゃえ。大丈夫、みんな彰チャンが援交してるなんて思ってないから。ね?」
優しく笑って、建介さんは首を少し傾げた。
「カフェにちゃんと来てくれる?」
「彰チャンがいるならね」
「……じゃあ、行く」
「よしっ」
私の返事を聞いて、建介さんは優しく私の頭を撫でた。顔はいつものように笑っていて、自然と私も笑顔になる。
「……建介さん、」
「なに?」
「チーズケーキ食べたい?」
「あるの?」
「作るの。今から」
「誰が?」
首を傾げて建介さんが尋ねてくる。私は建介さんの前にある生クリームを手にとって、建介さんの目の前まで持ってきた。
「私が」
「……食べる!」
数秒、キョトンとした建介さんだったけど、すぐに顔が笑顔に変わってそう言った。
チーズケーキがそんなに嬉しいのか、「俺も手伝うよ」なんて言って、私が買ってきた材料を手に椅子から立ち上がって、キッチンへと行ってしまった。私も慌てて後を追う。
よし、今日はいつも以上に張り切ってチーズケーキ作ろ。