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「やっさん、おはようございまーす」

「おぅ、ケン。なんだ、今日はえらい機嫌良さそうだな」

「そうッスか?」



楠学園の生徒が誰もいない朝の早い時間。俺は作業場の近くにある駐車場に車を止めて、丁度かち合ったやっさんに挨拶をした。



「なんかあったのか?」



朝から煙草を吸いながらやっさんが尋ねてきた。

そんなに機嫌良いかな。まあ、楽しみなことはあるけど。



「別にないですよ」

「女か?」



……女?

いや、まぁ……ね。



「女なのか?! そうか、そうか!」



返事をしないでピタッと突っ立ってしまった俺に、やっさんが笑いながらバシバシと背中を叩いてきた。そのまま肩に手を回して横に並んで歩き出した。

背中、痛い。



「そうか、女なのか」

「いや、別に肯定してない……」

「照れんな、照れんな!」



わっはっは、なんて笑ってやっさんは俺の身体を揺する。

ん、まあ、女っちゃあ女か。楽しみにしてるのは、彰チャンとのお昼だし。



なんとなく過ごしやすい陽気になりそうな朝。作業服に着替えた俺は、機材を取りにアルミ壁の向こう側にいた。向こうっていっても生徒がまったく通らない所なんだけど。



「真田さん!」



げっ。この声は……。

後ろから聞こえた声にビクッと肩が跳ねた。おそるおそる後ろを振り返る。



「……お、おはよう。坂上さん」

「もうっ。麗奈でいいって言ってるじゃん!」

「い、いやぁ……」



朝何時に起きたか知らないけど、上手いこと巻かれた髪を跳ねさせて彼女はこっちに走ってきた。

彼女っていうのは坂上麗奈。何ヵ月か前に必死で頼み込んできた父さんと一緒に出席したパーティーで彼女と会った。

まあ、何て言うか、この坂上さんの父親と父さんの会社って取引相手らしいんだけど、俺も父さんも苦手なんだよね。この坂上さん家とかのタイプ。



「早く行かないと遅刻するよ?」

「まだ大丈夫! ねぇ、真田さん。今日の放課後とかって暇? もし暇だったら……」



それで、最悪なことにこの坂上麗奈さんは俺のこと好きっぽい。

遠回しに誘ってくる坂上さんをチラッ見下ろす。

うわっ、超誘ってる。マスカラつけすぎ。



「いや、今日は無理。えーと、ああ、そう。姉さんと会う約束してるんだよね」



こんなヤツと会うために彰チャンとの約束を破棄なんて出来ない。つか、俺がいや。



「そっかー……。じゃあ、また今度誘うねっ。パパも真田さんに会いたいって言ってたから」

「あ、そうなんだぁ……」



今度誘うとか言いながら、目で誘ってくるの止めてほしい。なんか気持ち悪いし。



「おーい、ケーン! 始めるぞ!」



ああ、やっさん、ありがとう!

天の助けのやっさんの声に返事をして、坂上さんへの挨拶もそこそこに急いで機材を持って作業場に戻った。





後ろで坂上さんが恨めしげに一枚の写真を見ていたのには、まったく気付かなかった。




***



仕事が終わって、ソッコーで家に帰って、着替えをして、彰チャンのバイトする

カフェに向かった。ソッコーって言っても、もう夜の8時なんだけどね。


そういや今日の昼休み、彰チャンが嬉しいこと連発して言ってくれた。いや、まあ、彰チャンが言ったから嬉しかったんだけどね。たぶん彰チャンには深い意味なかったんだろうけど。

彰チャンって、本当に……。ねえ?


カフェに着いて入口のドアを開けると、少し間があってバイトの男が案内してくれた。

席について彰チャンを探す。



……彰チャン、いない?



不思議に思いながらもいつも通りチーズケーキと紅茶を注文する。

今日、バイトだって言ってたよな?



「あの、真田さんですか?」

「えっ?」



運ばれてきたチーズケーキを食べながらパソコンをいじっていたら、知らない女の人に声をかけられた。パンツスーツを着た女の人。



「そうですけど……」

「よかった。私、彰の姉です」

「あね?」



一瞬頭がフリーズ。何故に彰チャンのお姉ちゃん?

妹に近付くなとか?



「はい。海堂真琴です。これ、彰から」



そう言って渡されたのは、なんか白い本。右下の隅に『海外事業、流通部門』ってシールが貼ってある。



「家具のカタログです。今日、あの子用があって来られなくなったんで」

「ああっ、あれか」



昼休みに彰チャンと約束したカタログ。

お姉さんにお礼を言ってカタログを受け取る。パラパラと中を見てみても、確かに彰チャンの言う通り結構詳しい。



「彰チャン、風邪でも?」



何気なく尋ねてみた。



「……まあ、そんなところです」



やや間が合ってお姉さんが答えた。なんか変に思って顔を上げると、お姉さんが何とも言い難い顔をしている。



「あの……」

「家具、良いのが見つかったらここに電話下さい。それじゃ」



話を遮られて、お姉さんは一気に言い切ってさっさとカフェを出ていってしまった。


変なの。

まあ、風邪なら二、三日で治るっしょ。


そう思ったけど、それから一週間は彰チャンを見なかった。中庭でもバイトでも。

彰チャン、本当にただの風邪?






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