オルカという魔女
九月の童話企画で、時計
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オルカは、一番杉の原っぱでいつものように魔女の修行をしていた。
普段は、学校や遊ぶことに夢中なオルカだが、いったん魔女修行を始めると、もう魔法の魅力に取り付かれてしまう。
魔女の先生は祖母のグラエで、今年で百八歳になる。
こないだなどは、覚えたての花の眠りを醒ます呪文を自分のものにするために、庭の薔薇を一つ残らず枯らしてしまった。
そのおかげで、オルカは花に関する十の魔法を全て習得した。
オルカは、次はどんな魔法を教えてもらえるのかとワクワクしていた。
グラエは、オルカに古い懐中時計を渡した。
「これは、あたしが十年も前にあなたのママに貰ったものだよ。」
グラエの口調はゆったりとしていて、なかなか進まない。
「おばあちゃん、早く次の呪文を教えてちょうだい。」
オルカは少しイライラして言った。
「あらあら、オルカは少しもおとなしくしていられないのね」
オルカは内心、こんな調子では日がくれてしまうと思っていた。
「この懐中時計を使って、時を自分のものにする練習をしましょうか。」
「え〜、もっとスゴいのを教えてよ。早くママやおばあちゃんみたいに火を出したり風を起こしたりしたいよ〜。」
「オルカ、この魔法はね、火を出したり、風を起こしたりするのと同じぐらい大切で難しい魔法なのよ。」
「は〜い。」
「まずは、時間を大切にすることよ。時間を大切にするっていうことは、何も急いでいろいろなことをするってわけじゃないのよ。」
グラエはオルカの目をじっと見た。
すぐに呪文を教えてくれると思っていたオルカは肩透かしを喰らった気がした。
「あなたはママにそっくりね。今日はここまで、時間を大切にするってことが分かったら呪文を教えてあげるわ。」
「え〜、今教えてくれないの〜。」
「やっぱりママによく似ているわ。」
そう言うとグラエは、家に帰っていった。
そうなるともう、オルカが何を言おうと、グラエは呪文を教えてはくれなかった。
少しふてくされたオルカは、仕方なく一本杉に寄りかかって溜め息をついた。
首から、体に不釣り合いなほど大きな懐中時計を下げたオルカは、友達と遊ぶ約束をしていたことを思い出した。
「考えていてもしかたがないわ。遊びにいこう。」
原っぱから、いつも遊んでいる公園までは下り坂が続いていて、途中に雑貨屋や本屋などの商店がならんでいる。
低くトーンを抑えた青い壁に統一されたこの一画は、青の三号区と言われている。
オルカが懐中時計を見ると時計は三時を指していた。
思っていたよりも早く魔法の修行が終わったので時間はたっぷりあった。
早速、オルカは読みたかった漫画を見つけて本屋に入った。
毎週欠かさず読んでいる漫画雑誌で、今週はまだ読んでいなかったのだ。
オルカは店の柱にどっかりと持たれかかると、夢中になってページを捲った。
気付いてみると、空はすっかりと暗くなっていて、時計は約束の時間である五時を少し過ぎていた。
「うそ、もうこんなに時間が経ってるなんて。」
親友のアンナと五時に公園で会う約束をしていたのに、オルカはすっかり忘れていた。
下り坂をいっきに下っていく。
青い景色がどんどんと後ろに下がって、途中で壁が緑色に変わると、そこはもう緑の一号区だ。
公園に着くと、時計はもう少しで六時になるところだった。
見渡すとアンナはすでにいなかった。オルカは途方に暮れて、公園のベンチで乱れた息を整えた。
「アンナ、怒って帰っちゃったのかなぁ。」
大切な約束を忘れていた自分が悪いということは、よく分かっていた。
もし時間を自由に戻せたら、もう一度やり直せるのに。
オルカはそう思った。
オルカの顔を薄紅色に染める真っ赤な太陽が沈んでいく。
ベンチにぼんやりと座って、果たせなかった約束の事を考えている内に、オルカは眠ってしまった。
急に辺りが明るくなって、太陽が少し顔を出した。
オルカはびっくりして、目を開けた。
時計を見ると、約束の時間を少し過ぎていた。
公園を見渡すと、ブランコに座っているアンナの姿が見えた。
オルカが近付くが、アンナは気付かない。
「アンナ?」
よく似ているが、その女の子はアンナではなかった。それに、声をかけてもオルカの姿は見えていないみたいだ。
誰かを待っているのか、寂しそうに土を蹴っている。
「サンドラ遅いなぁ。」
オルカは、自分の事を呼ばれたみたいに思って驚いたが、やがて違うことに気付いた。
サンドラ…ママの名前。
そして、この子はたぶんジェシカおばさんよ。
顔は全然似ていないけれど、スラッとした鼻や、耳の形がよく似ていた。
もう、ずいぶんと待っているみたいだ。
オルカは、いっそママを呼びに行こうかと考えたが、自分の姿が見えないのでは仕方がない。
女の子は諦めて、公園から立ち去ろうとしていた。
オルカは、ただ見ていることしかできない。
それから直ぐに、活発そうな女の子が坂を下ってくる。
息を切らせながら、必死で走ってくるが、公園には誰もいない。
…ママだ。
「ジェシカ…帰っちゃったの…」
さっきのオルカにそっくりな光景だった。
ママは、ブランコに座って何かを考えていた。
「あっ…ママ。」
ママがオルカの方、正確にはオルカの後ろに立っている人物に呼び掛けた。
ママのママということは、おばあちゃんの事だ。
おばあちゃんの姿は、あんまり変わらなかったので直ぐに分かった。
「ママ、時間を元に戻す魔法を教えて。」
オルカもびっくりして、聞き逃さぬように耳を傾けた。
「あのねサンドラ。時間は元には戻らないし、止めることもできないの。」
「えっ!?」
ママとオルカの声が同時に重なる。
「だから時間は大切なのよ。もう一度、ジェシカちゃんと仲直りするには、失った以上の新しい時間を使って仲直りするしかないの。」
「…分かった。明日、ジェシカに謝りに行く…。」
「それでいいわ、今度はちゃんと時間を大切にするのよ。オルカも分かった?」
ママが頷く。
オルカも強く頷いた。
すっかり暗くなったベンチにオルカは寝ていた。
その側には、やはりグラエの姿があった。
次の日、オルカは朝早くから目を覚ました。
ママはまだ、ぐっすりと寝ていた。
早くアンナの家に行くために、急いで用意をしている姿を見てグラエは、やっぱりサンドラによく似ていると思うのだった。
童話という定義は難しいですが、私なりに書いてみました。いろいろと意見があるでしょうが、評価やメッセージ等でぜひ聞かせてください。