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第81話「木が足りない、やる気も足りない」

 集落の拡張計画が行き詰まった。

 理由は単純だ。木材が足りない。

 周辺の疎林はもう限界で、新しい木を探すか、諦めて昼寝するか──俺としては後者を推したい。


「賢者さま、このままじゃ新しい住居が建てられません」


 住民の一人が困った顔で言う。

 広場に集まった連中が、揃って俺を見ている。やめろ。その「頼りにしてます」みたいな目をやめろ。


「倉庫も足りないし、柵の補修にも木が要るんですが……」


 別の住民が追い打ちをかけてくる。

 わかった、わかったから全員で一斉に俺を見るのをやめてくれ。


「トロールのフェンスにだいぶ使ったからな。近場の木はもう細いのしか残ってない」


 カイが腕を組みながら状況を整理する。

 こいつは几帳面だ。俺の代わりに面倒なことを引き受けてくれる。ありがたい。もっとやれ。


「西の森はどうだ? あっちなら太い木がいくらでもあるだろ」


 カイが西の方角を指差す。

 集落から歩いて半刻ほどの場所に、深い原生林が広がっている。遠目に見ても木々は背が高く、幹が太い。

 あそこの木が使えれば、木材問題は一発で解決する。


「……遠いだろ」


「半刻だぞ」


「半刻も歩くのか。往復で一刻。めんどくさい」


「お前なあ……」


 カイが呆れた顔をする。いつものことだ。


 だが実際、木材がなければ建物は建たない。建物が建たなければ住民が困る。住民が困ると俺に泣きつく。泣きつかれると対応がめんどい。

 つまり、今めんどくさがると後でもっとめんどくさいことになる。

 効率を考えれば、渋々動くのが正解だ。


 ……わかってる。わかってるから、その正論を突きつけるのをやめてくれ。


「あたし、行く!」


 横から元気な声が飛んできた。

 ルナだ。銀色の耳がぴんと立って、尻尾がぶんぶん揺れている。


「森のにおい、気になってた! あたし、行きたい!」


「おい、待て。まだ行くとは──」


 言い終わる前に、ルナが駆け出した。

 西の森に向かって一直線。銀色の尻尾が陽光にきらきら光る。


「……行くしかないじゃねえか」


 カイが肩を叩いてくる。にやにやしている。殴りたい。


「ルナと行くと効率がいいもんな?」


「うるせえ」


 誰に言い訳してるんだと自分でも思う。

 だが事実、ルナの鼻は便利だ。木の良し悪しも匂いで判別できる。連れて行くのが合理的。それだけだ。


 ──それだけだからな。


 ---


 西の森の端に着いた。

 半刻の道のりを、ルナは一度も止まらなかった。俺は三回休憩したかった。


 森の縁に立つと、空気が変わった。

 集落の周辺とは明らかに違う。湿り気を含んだ風が頬を撫で、深い緑の匂いが肺を満たす。土と苔。かすかに甘い花の香り。鳥の声が枝の間を渡っていく。

 木々は太く、高く、枝が頭上を覆って薄暗い木陰を作っている。見上げると、木漏れ日が葉の隙間からちらちらと降りてくる。


「すごい、すごい! いいにおい!」


 ルナが目を輝かせて走り回っている。

 木の幹に鼻を押しつけ、地面に顔を近づけ、落ち葉を踏んではくんくんと匂いを嗅ぐ。

 尻尾が千切れそうなほど振れている。


「おい、あんまり奥に入るな」


「だいじょうぶ! あぶないにおい、しない!」


 大丈夫じゃない気がするが、追いかけるのもめんどい。

 ……いや、追いかけないと迷子になる。迷子を探す方がもっとめんどい。


 溜め息をつきながら、ルナの後を追う。


 森の端の大きな木に手を触れてみた。

 樹皮がざらりと手のひらに当たる。太い。大人が両手を広げても抱えきれないくらい太い。


 瞬間、頭の中に声が響いた。


『建材適性──極めて高い。強度、加工のしやすさ、乾燥速度、いずれも最高水準』


 【効率化】が反応した。

 木の幹に触れただけで、建材としての性質が流れ込んでくる。


 これは当たりだ。

 周辺の疎林の木とは比べものにならない。この木なら、頑丈で長持ちする建物が作れる。柱にしても梁にしても申し分ない。

 思わず口元が緩む。楽ができる予感がする。


 だが──声は続いた。


『注意──この木、根を通じてマナが循環している。伐採した場合、周囲のマナの流れに影響を及ぼす可能性がある』


「……マナが循環してる?」


 手を当てたまま意識を集中する。

 確かに、微かな温もりが伝わってくる。木の幹の奥で、何かがゆっくりと脈打っていた。血液のような、呼吸のような、静かなうねり。


 生きている。この木は、ただ立っているだけじゃない。


 根を通じて、隣の木と繋がっている。その隣の木も、また次の木と。森全体がひとつの大きな仕掛けのように、マナを循環させている。

 一本切れば、その流れが乱れる。どこまで影響が出るかは、分からない。


「最高の木材なのに、簡単に切れないのかよ……」


 面倒くさい。本当に面倒くさい。

 木を切るだけの話だったはずが、なんでこんなに複雑になるんだ。


「ユウトさん!」


 ルナの声が聞こえた。

 さっきまで走り回っていたのに、急に立ち止まっている。


 銀色の耳がぴんと立ったまま動かない。

 鼻がひくひくと震えている。


「どうした?」


「……だれかいる」


 ルナの声が低くなった。

 尻尾が体に寄り添うように垂れる。怯えているわけではない。警戒だ。


「ずっと前から。ここに、だれかいるの」


「ずっと前から?」


「うん」


 ルナがこくりと頷く。


「木のにおいと、花のにおい。あの日もした。おうちで夜空見てたとき、西の森から──ずっとしてた」


 あの日。

 トロールを退けた夜のことだ。

 星空の下、ルナが西の森をじっと見つめていた。「ずっと前から、いるの。見てるの」と呟いていた。

 あのとき嗅ぎ取った匂いと、同じものがここにある。


 ルナの耳が、森の奥を向いたまま微動だにしない。

 尻尾が低く、ゆっくりと揺れている。警戒でも恐怖でもない。不思議そうな、探るような揺れ方だ。


「……木のにおいと、花のにおい。でも──怒ってるにおいもする」


 怒ってる、か。

 まだ顔も見ていない相手に、嫌われているらしい。


 木材は最高品質。だがマナの循環がある。

 おまけに森の奥には、こちらに怒りを向けている誰かがいる。


 木を切るだけの簡単な話だったはずだ。

 なのに来てみれば、森はマナで繋がっていて迂闊に伐れない。しかも怒っている誰かまでいる。


「……また仕事が増える。木を切るだけの話だったのに、なんだこれ」


 帰って昼寝がしたい。

 切実に、昼寝がしたい。

 だが──ルナの耳は、まだ森の奥を向いたままだった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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