表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第4章「もふもふ来襲」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/200

第76話「任せたぞ、人間」

 朝靄の中、六つの影が南に向かって並んでいた。

 金色の耳が、朝日に一瞬だけ光る。

 隣で、ルナが俺の袖をぎゅっと掴んだ。


 集落の入口。

 ルガと五人の戦士たちが、出発の支度を終えて立っている。


 霜の降りた草を踏みながら、息をついた。

 まだ太陽は低く、草原の向こうに薄い橙色がにじんでいるだけだ。


 ……早起きさせられた。

 壁を厚くする作業で昨日は遅くまでかかったのに。

 めんどくさいにもほどがある。


 だが、まあ。

 見送りくらいはするか。


 ルナがルガの前に立っている。

 指先がゆっくりと袖から離れた。背中が、小さく、まっすぐ伸びている。


 ルガが、低い声で何かを言った。

 獣人語だ。

 短い言葉。でも重みのある響き。


 ルナの耳が、ぴくりと動いた。


「にい……」


 ルナが振り返って、俺を見る。

 銀色の瞳が、薄い朝日の光を受けてきらりと光った。


「にい、『つよくなれ』って」


 通訳してくれた。

 ……強くなれ、か。

 ごつい兄貴にしては、短いな。

 いや、ああいうやつは短い方がらしいのか。


 小さな拳がぎゅっと握られている。

 指の関節が白くなるほど。


 ルガが、ゆっくりとルナの前にしゃがんだ。

 大きな体が屈むと、ようやく目線が同じ高さになる。


 金色の手が伸びて──ルナの頭に、ぽんと乗った。


 軽い一打。

 だけど、手のひらの下でルナの銀の耳がふるふると震えた。


 獣人の「元気でな」

 昨日、宴の席でカイに聞いた。

 獣人は別れのとき、頭を叩くのが作法らしい。

 軽ければ軽いほど、「すぐ会える」という意味になる。


 ……あの一打は、かなり軽かった。


 ルナの目から、ぽろりと一粒こぼれた。


 それから──耳がぴんと立った。

 ぺたんだった耳が、まっすぐ上を向く。


「にい、またね!」


 声が、朝の空気を突き抜けた。

 片言の人族語。

 でも、はっきりと届く声。


「あたし、もっとつよくなる! もっとことば、おぼえる! だから──またね!」


 ルガの尻尾が、一瞬だけ揺れた。

 ほんの一振り。

 それがこいつの精一杯なんだろう。


 不器用な兄貴だ。

 まあ、人のことは言えないが。


 カイが一歩前に出た。

 大剣を背負った偉丈夫が、ルガの前に立つ。


「また来いよ」


 ルガが横を向いた。


「……酒があるなら」


 カイが豪快に笑った。

「おう! 次はとっておきの蜂蜜酒を用意しとく!」


「……約束は守れ。獣人はそういうところに厳しい」


「任せろ!」


 男二人の別れの挨拶は、あっけないほど短い。

 だが、昨夜酒を酌み交わした二人の間には、それで十分らしかった。


 ……楽でいいな、男同士は。

 俺もあのくらいで済ませたい。


 マーレンが布に包んだ何かを、戦士の一人に手渡した。


「はい、道中のぶんよ。干し肉と焼き菓子。足りなかったら途中で狩りなさい」


 戦士が受け取って、鼻を近づけた。

 金色の耳がぴくりと動く。


「……あの飯はうまかった。あの、なんだ──鹿肉を焼いたやつ」


「あら、気に入ってくれた? 獣人の香草も混ぜたのよ」


 マーレンがにやりと笑う。

 あの笑顔は「次はもっとうまいもの食わせてやる」の顔だ。


 食で異種族を懐柔する女。

 ある意味、この集落で一番たちが悪い。


 戦士たちが順に歩き始めた。

 金色の背中が、一つ、二つと朝靄の中に溶けていく。


 ルガだけが、まだ立っていた。


 こちらに背を向けたまま。


 長い沈黙。

 朝の風が草原を渡って、金色の毛並みを揺らした。


 『……任せたぞ、人間』


 低い声が、背中越しに届いた。

 獣人語だ。言葉の意味は、分からない。


 振り返らなかった。


 だが──声の響きで、伝わるものがあった。

 怒りでも、警戒でもない。

 ぶっきらぼうで、不器用で、そのくせ重い。


 ──任せたぞ、と。

 そう言っている気がした。


 ……任せたって、何をだよ。

 妹のことか。集落のことか。

 どっちもめんどくさいんだが。


 ルガの背中が遠ざかっていく。

 大きな影が、草原の朝日に飲まれていく。


 ルナが駆け出した。

 集落の入口から数歩だけ走って──立ち止まる。


 両手を大きく振った。


「にい! またねっ!」


 ルガの耳が、遠くでぴくりと動いた気がした。

 振り返りはしない。

 でも、尻尾が一度だけ、高く跳ねた。


 ……ああ、そうか。

 あいつの尻尾、嘘つけないんだな。


 ルナがしばらく手を振り続けていた。

 六つの影が草原に完全に消えるまで、ずっと。


 やがてルナが振り返った。

 目元がほんのり赤い。

 でも、笑っている。


「ユウトさん。にい、やさしかったね」


「……あれが優しいのか? 首を刈るって言ってたぞ」


「にい、そういうとき、ほんとはやさしい」


 ……獣人の「優しい」の基準が分からん。

 首を刈る宣言が優しさの表現だとしたら、怒ったときはどうなるんだ。

 考えたくもない。


 ルナが俺の袖を引いた。

 小さな手。温かい指先。


「ユウトさん」


「ん?」


「にい、『任せた』って言った。あれ、すごいこと」


「そうなのか」


「にい、だれにも言わない。はじめて」


 ……そうか。

 あの不器用な兄貴が、初めて他人に妹を託した。

 それは確かに──重い一言だ。


 めんどくさいな。

 任されたくなかったんだが。


 ルナが俺の隣を歩いている。

 もうすっかりいつもの調子だ。切り替えが早い。


 ……最近、静かだと妙に落ち着かない。

 広場に向かって歩きながら、その理由は考えないことにした。


 広場に戻ると、住民たちが普段通りの朝を始めていた。

 畑に向かうやつ。水路の様子を見に行くやつ。マーレンの食堂に朝飯を食いに行くやつ。


 ルガたちが来る前と、何も変わらない日常。


 いや──一つだけ違う。


 ルナが、当たり前のようにそこにいる。


 住民の一人が「おはよう、ルナちゃん」と声をかけた。

 ルナが「おはよう!」と手を振る。

 笑い声が広場に広がった。


 もう、誰も驚かない。

 銀色の耳も、ふさふさの尻尾も、この集落の日常の一部になっている。


 マーレンが食堂の入口から手を振った。


「朝ごはんよー! ルナちゃん、今日は蜂蜜のパンケーキ!」


「ユウトさん! はちみつ! パンケーキ!」


「聞こえてる。走るな、転ぶぞ」


 銀色の背中が、食堂に向かって駆けていく。

 足音が、朝の石畳を軽やかに叩いた。


 ……ったく。


 ルガたちの背中が、南の草原に溶けていく。

 ルナの笑い声が、食堂から聞こえてくる。


「ユウトさん。あたし、もっとことば、おぼえる」


 さっき見送りのときに言った言葉を、もう一度。

 今度は俺に向かって。

 まっすぐな目で。


「……まあ、覚えた方が効率いいしな」


 銀の耳が、ぴこんと跳ねた。


 ──さて。

 まずは壁だ。壁を厚くする。

 それから……昼寝だ。早起きした分は取り返さないと割に合わない。


 任された分の仕事は──まあ、そのうち考える。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ