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第66話「最強のサボり分業」

 結論から言う。

 あの子の鼻+俺の効率化は、最小の努力で最大の成果を叩き出す。

 つまり──もっと寝られる。


 朝の空気が冷たい。一睡もしていない目をこすりながら、俺はルナの背中を追っていた。


 銀色の尻尾が朝靄の中でふわふわ揺れている。あの尻尾のせいで眠れなかったのだが、それはもう忘れよう。忘れたい。


「クンクンクン!」


 ルナが四つ足に近い体勢で地面に鼻を突っ込んだ。耳がぴこぴこと忙しなく動いている。何か見つけたらしい。


 俺はというと、近くの大木の根元に腰を下ろした。


 木の幹が背中にちょうどいい。日陰で風が涼しくて、落ち葉のかさかさした匂いが心地いい。ここで寝ながら待てばいい。最高だ。


 ──さて、仕事をするか。仕事と言っても、頭の中だけの話だ。


 【効率化】を起動する。


 ルナの嗅覚は尋常じゃない。昨日、集落の端でクンクンやっているのを見て気づいた。あの鼻は、俺が何時間も歩き回るより正確に、周囲の資源を嗅ぎ分けている。


 問題は、情報の整理だ。


 ルナが走り回って見つけたものを、俺が記録する。匂いの種類ごとに分類して、位置を升目に区切った地図に落とし込む。


 『匂いを四つに分ける──食えるもの、薬になるもの、素材になるもの、毒のあるもの。ルナが反応した場所を方角と歩数で記録する。鼻をひくひくさせる程度なら遠い、顔を突っ込むほどなら近い──その距離感を升目に落とし込めばいい』


 ……なるほど。ルナの反応の強さが、そのまま距離の目安になるのか。あの子の鼻は精度が高い。


 ルナがこっちを振り返った。手に何か握っている。


「クゥン!」


 駆け寄ってくるルナの手のひらに、肉厚のキノコが乗っていた。傘が薄茶色で、裏が白い。食えそうだ。


 【効率化】で照合する。


 『食用。毒性なし。群生する傾向あり。周囲に同種が密集している可能性が高い』


「……よし、食える。あっちにもっとあるか?」


 指で方角を示すと、ルナが元気よく頷いた。耳がぴこぴこしている。


 絵図カードを取り出す。「きのこ」の絵を指差して、それから「たくさん」の絵を指差す。ルナが目を輝かせて、来た方角を指差した。


 俺は升目の地図に、キノコの記号を書き込んだ。


 ルナがまた走り出す。銀色の尻尾が草むらに消えていく。


 俺は木陰で地図を広げたまま、あくびを噛み殺した。


 めんどくさ……いや、めんどくさくない。ルナが走り回ってる間、俺は木陰で座ってるだけだ。最高の分業だ。


 しばらくすると、ルナが今度は青い草の束を咥えて戻ってきた。葉先が鋸のようにギザギザしている。


「クンクン!」


 鼻をひくひくさせて、俺に押し付けてくる。すっとした清涼感のある匂いだ。


 『薬草の一種。傷口の消毒に有効。乾燥させれば保存が利く』


「薬草か。いいな、これ」


 ルナの耳がぴこんと立った。褒められたのが分かったらしい。尻尾の振りが三割増しになった。


 それから半刻ほどで、地図が埋まっていった。


 キノコの群生地が三箇所。薬草の自生地が二箇所。粘土が採れそうな川沿いの崖が一箇所。


 ルナは見つけるたびに走って戻ってきて、俺に匂いのもとを見せる。鼻をひくひくさせて方角を示す。俺がスキルで照合して、地図に書き込む。


 完璧な連携だった。俺はほぼ動いていない。


 ……眠い。このまま寝てしまいたい。ルナが勝手に見つけて、俺が起きたら全部終わってる。それが理想だ。いつかそこまで仕組みを整えたい。


 ルナが三回目のキノコを持ってきたあたりで、藪をかき分けて別の人影が現れた。


「ユウト! お前ここにいたのか!」


 カイだ。肩で息をしている。腕には籠を抱えていた。


「俺も探索してきたぜ。見ろ、キノコ見つけた!」


 カイが誇らしげに籠を差し出す。中には、鮮やかな紫色のキノコがぎっしり詰まっていた。


 ……紫。


 嫌な予感がした。【効率化】で照合する。


 『毒性あり。摂取すると半日ほど腹を壊す。食用不可』


「……カイ。それ全部毒だ」


「は?」


「毒キノコだ。食ったら半日寝込む」


 カイの顔から血の気が引いた。籠を見て、俺を見て、また籠を見た。


「嘘だろ……二時間かけて集めたのに……」


「ご苦労さん」


「お前は何してたんだ!」


「ここで座ってた」


「座ってただけ!?」


 カイが信じられないという顔で俺の手元を覗き込んだ。升目の地図に、食用キノコ、薬草、粘土の採取場所がびっしり記録されている。


「……なんだこれ。全部ルナちゃんが見つけたのか?」


「ルナが見つけて、俺が記録した。それだけだ」


「お前……本当にサボるためなら天才だな」


「さぼるんじゃない。効率化してるんだ」


 カイが毒キノコの籠を地面に置いて、がっくりと肩を落とした。二時間の成果がゼロ。俺は木陰で座っていただけで地図が完成。


 ルナがカイの籠を覗き込んで、くんくんと鼻を鳴らした。一瞬で顔をしかめて、ぷいっと横を向く。


「……ルナちゃんにまで否定された……」


「毒だからな。鼻がいいとすぐ分かるんだろ」


 世の中、体力より頭の使い方だ。いや、頭も使いたくないが。


 夕方、集落の広場に戻った。


 探索の地図を広げると、住民たちが集まってきた。


「賢者さま! こんなに見つけたんですか!」


「ルナが見つけた。俺はまとめただけだ」


 ルナが俺の隣に立っていた。耳がぴこぴこと嬉しそうに動いている。尻尾もふわふわ揺れて、俺の腕にときどき触れた。


 ……もふもふだ。いや、今は地図の説明中だ。集中しろ。


 住民たちに採取場所を説明していると、ルナが絵図カードを取り出した。


 何枚かめくって、一枚を俺に向ける。


「たのしい」


 ルナの指が、カードの絵をとんとんと叩いている。


 琥珀色の瞳が、きらきらしていた。耳がぴこぴこ。尻尾がぶんぶん。全身で「楽しかった」と言っている。


 ──そうか。あの子にとって、走り回って匂いを追いかけるのは、苦じゃないのか。むしろ楽しいのか。


 俺は木陰で寝てるだけ。ルナは好きで走り回る。そして集落が潤う。


 最強のサボり分業だ。


「……よくやった、ルナ」


 頭をぽんと撫でた。銀色の髪がさらさらと指の間を流れる。耳がぴくんと跳ねて、それからゆっくり倒れた。


 尻尾が──爆発したみたいに膨らんだ。


「クゥゥン……♪」


 目を細めて、ルナが俺の手に頬を寄せた。


 ……かわいい。いや、そうじゃなくて。うん。分業の話をしていたんだ。分業。効率化。そう、効率化の話だ。


 帰り道、ルナが急に立ち止まった。


 耳がぴんと立ち、南の空を見上げる。


 月が出始めている。満月だ。


 ルナの瞳が月の光を映して金色に光った。


「……クゥゥン……」


 遠吠え──ではない。何か別のものだ。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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