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第58話「掘るのは面倒だが、地下が気になる」

 掘り返された地面の下に、明らかに人為的な石の階段があった。


 苔に覆われ、泥に埋もれていたが、一段一段が正確に同じ高さで刻まれている。


 ──これは自然にできたものじゃない。


「ユウトさん、朝からすみません……でもこれ、絶対やばいやつですよね?」


 ドスが泥だらけの手で階段を指差している。拡張工事で地面を掘っていたら、スコップの先が妙に硬いものに当たったらしい。


 面倒だ。今日は木陰で昼寝をして、午後もまた昼寝をする予定だったのに。俺の一日の計画に「地下探索」の二文字はなかった。


「光ってたってのは?」


「石をどけたら紋様みたいなのがあって、触ったらぼんやり光ったんです!」


 ドスの手がまだ震えている。体はでかいくせに、妙なところで繊細な男だ。


 隣でカイが腕を組んでいる。エルマも工事現場にいたらしく、土で汚れた手を拭きながら掘削面の断面を覗き込んでいた。


「ユウトさん、この地層おかしいです。この深さなら粘土層が続くはずなのに、途中から石材に切り替わってます。切り出した痕もある。人の手が入ってます、間違いなく」


 理屈派の面目躍如だった。ドスの「光ってる! やばい!」に比べると、格段に情報量が多い。


「しかも、この石材──前に井戸掘りのとき見つかった黒い岩盤と同じ質感です。覚えてますか? やたら硬くて、直線的だった」


 覚えている。あの不自然に硬い岩盤。スコップの先が弾かれて傷ひとつ付かなかった。あのとき俺は「あの層より下は掘るな、迂回しろ」と指示を出した。


 まさか、あれがこの地下に繋がっていたとは。


「よし。降りる。カイ、ドス、付き合え」


「え、今からですか?」


「今からだ。光る階段を放置して昼寝できるほど俺の神経は太くない」


 本音を言えば昼寝の方がいい。断然いい。でも気になって寝られないのも面倒だ。


 エルマは地上に残した。もし何かあったとき外で状況を把握できる人間がいた方がいい。


 苔を剥がし、泥を払いながら階段を降りていく。ドスが先頭で道を開け、カイが松明を持ち、俺は最後尾。


 段を十ほど降りたところで、空気が変わった。


 地上の草と土の匂いが消え、代わりに冷たい石と、かすかに甘い匂いが鼻に届いた。マナの匂いだ。この世界に来てから覚えた、あの独特の気配。肌を撫でる空気がひんやりと湿っていて、地上とは別の場所に来たことを体が教えてくれる。


「うわ……」


 ドスが声を漏らした。


 階段の先に、広い空間が口を開けていた。天井は頭の上三歩分ほど。壁は滑らかに削り出された石で、継ぎ目がほとんど見えない。奥行きは暗くて分からないが、かなり広い。


 そして──壁面に紋様が刻まれていた。


 松明を近づけた瞬間、紋様が目を覚ました。


 淡い青白い光が石壁を脈動するように流れ、幾何学的な図形を描きながら広がっていく。直線が走り、曲線が交差し、壁一面を覆う巨大な図面のようなものが浮かび上がった。


 息を呑んだ。綺麗だ、と思う間もなく──頭の中で【効率化】が暴れ始めた。


 いつもの静かな囁きじゃない。叫びに近かった。頭蓋の内側を引っ掻くような、異常な反応。今までこんなことは一度もなかった。


 『水路──東西を繋ぐ灌漑設計。流量と勾配の最適配置。農地の区画割り──日照と排水の統合設計。集会場──中心から放射状に、全区画への動線が等距離になるよう設計されている』


 情報が奔流のように流れ込んでくる。


 目を見開いた。


 スキルが読み取っているのは、壁に刻まれた紋様の意味だった。水路、農地、集会場──全部、集落の設計図だ。それも恐ろしく精緻な。


「……嘘だろ」


 声が勝手に漏れた。


 水路の引き方。俺が何日も試行錯誤して作ったものと、ほぼ同じ発想だった。いや、同じどころか上位版だ。勾配の計算、水量の制御、分岐の配置。どれをとっても、俺の効率化より一段も二段も洗練されている。


「おい、ユウト。どうした、顔色悪いぞ」


 カイの声が遠い。


「これ、設計図だ。水路、農地、集会場。全部の配置が刻まれてる。しかも俺が作ったものとほぼ同じ考え方で──もっと完成された形で」


 カイとドスが顔を見合わせた。


「この大陸に、昔……文明があったってことか」


 カイの声が硬い。


 俺たちが渡ってきたとき、この大陸は未開の荒野だった。人の痕跡なんて一つもなかった。少なくとも、地上には。


 だが地下には、これがあった。高度な設計思想を持った、かつての文明の遺構が。


 あの黒い岩盤──あれも、この遺構の外壁だったんだ。俺たちはその上を歩き、その上に水路を通し、その上で暮らしていた。何も知らずに。


 俺の効率化の上位版みたいだ。いや──まさか俺のスキルが、これの劣化版なのか?


 考えが止まらない。だが、その思考を断ち切るものが奥にあった。


 通路のさらに先。ひときわ複雑な紋様が壁面に浮かんでいた。


 他の紋様とは明らかに異質だ。青白い光ではなく、暗い紫色の光が重苦しく脈打っている。設計図というより──何かを封じ込めているような、凝縮された図形の連なり。


 手をかざした。


 【効率化】が起動する。だが──


 『解析不能──古代魔導回路、封印状態』


 たった一文。


 いつもなら矢継ぎ早に情報を吐き出すスキルが、それだけ告げて黙り込んだ。


 初めてだった。このスキルが「分からない」と認めたのは。


 紫色の光が、暗い脈動を繰り返している。見つめているだけで首筋がざわつく。


「ユウト。これは……」


「ああ。何かがある。何か大きなものが、この壁の向こうに封じられてる」


 沈黙が落ちた。地下の冷たい空気が、三人の間を流れる。


「……すげー」


 俺は呟いた。


「でも、探索は明日にしよう。今日はもう眠い」


「は? お前、こんな大発見して寝るのか!?」


「大発見だからこそ寝る。疲れた頭で判断すると碌なことにならない。前の仕事でそう学んだ」


 嘘だ。前の仕事で学んだのは、残業しても誰も褒めてくれないということだけだ。単純に眠いから帰りたい。


「ユウトさん……放っておいて大丈夫ですかね?」


「封印状態って出てる。何百年もあのままだったんだ。一晩で変わるわけがない」


 我ながら完璧な理屈だった。


 石段を上り、地上に出る。


 夕暮れの風が、地下で冷えた体にやけに優しかった。いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。エルマが「大丈夫でしたか」と駆け寄ってきたが、詳しい説明は明日にしてもらう。


 寝床に転がり、夜空を見上げた。


 あの遺構の設計図。水路、農地、集会場──俺が効率化で作ってきたものと、ほぼ同じ配置だった。


 偶然か? 俺のスキルが、あの古代の知識を受け継いでいるのか?


 考えたいが、今日はもう寝る。大発見は、明日の俺に任せた。

お読みいただきありがとうございました!


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