第48話「面倒な道づくりの果てに、昼寝がある」
東の海岸から来た旅人が、三人続けて道に迷った。
三人目は崖の上で一晩を明かしたらしく、辿り着いたときには半泣きだった。その度にカイが案内に走り、帰ってくるたびに俺のところへ来る。
「次はどうする?」
──いい加減にしてくれ。
道を作れば、毎回案内しなくて済む。旅人が勝手に来てくれる。つまり、こっちから出向かなくていい。最高に効率的だ。
というわけで翌朝、俺は東の方角に向かって歩いていた。隣にはドスがいる。土木班長。がさつで声がでかくて、力だけは集落一の男だ。
その後ろから、エルマが小走りでついてくる。
「師匠、待ってくださいよ! 道具が重いんですけど!」
「重い? 土木班のくせに何言ってんだ。鍛え方が足りねぇ」
「鍛えるのと荷物の配分は別の話です!」
ドスの弟子。理屈は正しいが実行で失敗する。師匠は理屈を無視するが力技で何とかする。凸凹にもほどがある。
さっさと終わらせて昼寝に戻りたい。
【効率化】を起動した。
頭の中に、周囲の地形が浮かび上がる。丘陵の起伏、岩盤の硬さ、土の水はけ。東の海岸までの最短路は急斜面が三箇所と沢越えが二つ。
『最短は急斜面三箇所を含む──南に迂回すれば勾配を半分以下に抑えられる。距離は二割増すが、馬車が通れる幅を確保できる』
馬車。そこまで見越してくれるのか、このスキルは。
まあ、馬車が通れるなら荷物を運ぶ手間も省ける。将来的に楽をするなら、広めに作っておくのが正解だ。
「こっちだ。ここを真っ直ぐ行くと丘だが、南に三十歩ずらせば勾配が半分になる」
「三十歩南? なんでわかんだ」
「見りゃわかる」
わかるわけがない。普通は。だが説明が面倒なので省略した。
東へ進むこと半刻。最初の難所に着いた。丘の斜面に、馬の頭ほどの岩が三つ並んで道を塞いでいる。
「よし、砕く」
ドスがシャベルを振り上げた。
「師匠、待ってください。岩盤が浅いから、砕くより迂回した方が──」
「理屈はいいから手を動かせ!」
ガンッ。シャベルが岩に叩きつけられた。火花が散る。岩は──びくともしない。
「……硬っ」
「だから言ったじゃないですか。岩盤が浅いってことは、この岩、地面の下で全部繋がってるんです。表面だけ砕いても──」
「うるせぇ! もう一発!」
ガンッ。ガンッ。三発目でシャベルの柄にひびが入った。
「師匠、シャベル」
「わかってる! 見りゃわかる!」
二人ともうるさい。
俺は岩に手を当てて、【効率化】を起動した。
『この岩塊は地下二尺で岩盤と接続──ただし南側に亀裂あり。亀裂に沿って楔を打てば、最小の力で分離できる』
「ドス。南側に亀裂がある。そこに楔を打て」
「亀裂?」
ドスが岩の南側を覗き込んだ。言われてみれば、確かに細い筋が走っている。エルマが工具袋から楔を取り出し、ドスに渡す。
ドスが楔を亀裂に当て、一撃。
ゴッ、と鈍い音がして──岩が綺麗に二つに割れた。
「ほら、言ったじゃないですか! 理屈通りです!」
「うるせぇ。俺が割ったんだから俺の手柄だ」
「楔の位置を教えたのはユウトさんですけど!」
俺は二人の言い争いを背景に、次の区間の地形を読み取った。
排水の勾配を設計している途中で──違和感があった。
丘陵の地下、深さ十尺ほどの位置。何かが流れている。水脈ではない。温かくもなく冷たくもない。だが確かに、脈のように筋を引いて地中を走っていた。
掌を地面に当てた。かすかな振動が伝わる。大地の奥底から、ゆっくりとした鼓動のようなものが──
【効率化】が反応した。
『地下にマナの流れを検知──地表から約十尺。この脈の直上に構造物を置くと地盤が不安定になる。迂回を推奨』
マナの脈。
この大陸の地下には、マナが脈のように流れている。水脈と同じように枝分かれし、大地の深くを巡っている。前世にこんなものは存在しなかった。この世界にしかない、地下の力の流れだ。
「ユウト? どうした」
「地面の下に、マナが流れてる。道はそこを避けて通す」
「マナ? 地面の下に?」
ドスが怪訝な顔をした。エルマが目を輝かせる。
「マナ脈ですか! 旧大陸の古い文献に記載があったと聞いたことが……地下のマナの流れが地形に影響を与えるって」
「知ってたのか」
「文献で読んだだけです。実物は初めてですけど──すごい、本当にあったんだ……」
理屈派の面目躍如、といったところか。知識は豊富なのだ、この弟子は。
マナ脈を避けたルートを再計算した。南に少し膨らむが、むしろ勾配は緩やかになる。排水も自然に東へ向かう。悪くない。
──さて。ここからが問題だった。
俺は「道しるべを三つ立てるだけ」のつもりだった。分かれ道に目印を置く。それだけ。最低限の仕事で最大限の効果。怠惰の美学だ。
だが【効率化】は、一度起動すると止まらない。
地形の最適ルートが見えると、排水の勾配が気になる。排水を考えると、道幅が気になる。幅を決めると路面の硬さが気になる。硬さを確保するには踏み固める手順が必要で──
『道幅は馬車二台がすれ違える六尺。路面は粘土と砂利の二層で踏み固めると耐久性が最大化する。両脇に排水溝を設ければ、雨天時の路面劣化を九割防げる』
排水溝。
道しるべ三つのはずが、排水溝付きの本格街道になっている。
「……やりすぎた」
だがもう遅い。ドスが粘土を踏み固め、エルマが排水溝の角度を測り、住民たちが砂利を運んでいた。夕暮れまでに、集落から東へ約一里分の道が完成した。
平坦で、幅が広く、両脇に排水溝が走っている。
どこからどう見ても──街道だ。
カイが完成した道を見に来て、足を止めた。
「……お前、道路作るの初めてだよな?」
「初めてだ」
「初めてで排水溝付きの街道ができるのか?」
「【効率化】がやりすぎた。俺のせいじゃない」
スキルのせいにしておく。事実だし。
夕陽が真新しい道を赤く染めていた。土と砂利の匂いが鼻に残る。一日の作業で全身が砂埃まみれだ。風呂に入りたい。明日は絶対に何もしない。
──と、思った矢先。
完成した道の向こう、東の空が夕焼けに染まる中。砂埃を巻き上げながら、見慣れない馬車がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。
荷台に山のように荷物を積んだ、旅の商人──らしい。
「……もう来たのか。早すぎだろ」
道を作った初日に客が来るとは。効率がいいのか悪いのか、もうわからない。
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