第47話「塩がないなら作ればいい……めんどいけど」
塩。塩。塩。塩、塩、塩。──いい加減にしろ。
保存食が充実してから数日。食材の種類は増えたのに、味付けが全部同じだ。調味料が岩塩しかないこの世界では、何を作っても最終的に「塩味」に収束する。
前世じゃコンビニに行けば七味も胡椒も醤油もあったのに。
「マーレン、塩以外の味付けって本当にないのか」
「あるわけないでしょ。あんたが何とかしなさいよ」
マーレンが木べらを肩に担いで、当然のように言った。
俺に振るな。──と言いたいところだが、飽きたのは俺自身だ。塩味の燻製、塩味の干物、塩味の焼き肉。どれだけ素材が良くても、味の幅が広がらなければ食事の楽しみが頭打ちになる。
面倒だが、やるしかない。調味料を作る。
キッチンの隅に集めておいた素材を並べた。岩塩の塊、マナ香草の紫色の葉、赤い茎を持つ蔓植物、白い根の乾燥粉、森の奥で拾った硬い木の実。食材調達のついでに「いつか使うかも」と溜め込んでいた雑多な素材たちだ。
考えるのが面倒なので、【効率化】に丸投げする。
素材に意識を向けた瞬間、脳の奥に情報が流れ込んできた。
『岩塩に紫の葉を煮詰めた液を混ぜると甘みのある塩になる──赤茎の搾り汁と木の実から絞った油を合わせれば辛味が生まれる──白根を乾燥させて砕けば、肉の臭みを消す香り粉になる』
三種類。甘い系、辛い系、香り系。配合の比率まで頭に浮かぶ。紫の葉は岩塩の重さの二割。赤茎汁と木の実油は三対一。白根粉はそのまま砕くだけ。
「……調味料の配合を効率化て。俺のスキルは本当に料理人志望か」
ぼやきつつも手を動かした。
紫の葉を石鍋で煮詰める。青紫の液体がとろりと濃くなると、甘い花のような香りが立ち上った。それを砕いた岩塩に混ぜ込み、日陰で乾かす。
赤茎をすり潰し、滲み出た汁に木の実油を垂らす。混ぜた瞬間、鼻の奥がツンと痛くなった。辛い。相当辛い。
白根は乾燥させて叩き砕くだけ。ふわりと広がる清涼な香りが鼻腔を抜けていく。
半日かけて、三種類の調味料が完成した。面倒だったが、これで塩地獄から脱出できるなら安い投資だ。
「できたぞ。味見するか」
広場でそう声をかけた瞬間、予想を超える反応が返ってきた。
「新しい味!?」
「賢者さまが調味料を!?」
「俺にも舐めさせてくれ!」
住民たちが雪崩のように押し寄せてくる。塩しかない世界で暮らしてきた人間にとって、「新しい味」は暴動の種らしい。こういうのが一番面倒なんだ。
「並びな!」
マーレンの声が広場に響き渡った。
腰に手を当て、木べらを構えた姉御が住民たちを一睨みする。
「一人ずつ味見させるから、列を作りな。割り込んだやつは三日間塩抜きの飯にするよ」
住民たちが一瞬で整列した。マーレンの統率力は俺の効率化より速い。
焼いた肉の薄切りに三種の調味料をそれぞれ乗せ、味見用に並べた。
甘い系から試す。最初に手を伸ばしたのは、当然ハンスだった。
「おっ、いただきます!」
淡い紫色の粉を肉にぱらりとかけて、一口。
「っ……うっめぇ! 塩なのに甘い! 肉の旨味が倍になるっす!」
ハンスが目を輝かせて叫ぶ。住民の列がざわめいた。
次は辛い系。赤みがかった液体だ。
カイが「俺が試す!」と列を無視して手を上げた。
「カイ、それは少量で──」
遅かった。
カイは辛い調味料を肉にたっぷりと塗り、豪快に口へ放り込んだ。明らかに適量の五倍は使っている。
一瞬の沈黙。
「──っっっっ!!!!」
カイの顔が茹でた海老のように真っ赤に染まった。目から涙が噴き出し、口を押さえてその場にうずくまる。
「か、辛っ……! 辛い辛い辛いいいいい!! み、水! 水くれぇぇぇ!!」
広場が爆笑に包まれた。カイが水瓶に頭を突っ込み、がぶがぶと水を飲む。顔を上げたときには涙と鼻水と水が混ざって、とんでもない顔になっていた。
その横を、ハンスがすり抜けた。
カイと同じ辛い調味料を、同じ量だけ肉に塗る。住民たちが固唾を飲んで見守る中、ハンスが肉を口に入れた。
もぐもぐと咀嚼する。
「……辛いっすね。でもいける。後から旨味がぐわーって来るんで、これ煮込みに入れたら最高っすよ。もう一口いいっすか?」
涼しい顔だった。汗一つかいていない。
広場が静まり返った。
水瓶から顔を上げたカイが、信じられないものを見る目でハンスを凝視した。
「お前の舌どうなってんだ!」
「え? 普通っすよ?」
「普通じゃねぇ! あの量で平気なのはおかしいだろ!」
カイが悶絶し、ハンスが涼しい顔で二口目を食べている。その対比が面白すぎたのか、住民たちが笑い転げ始めた。誰かがカイの真似をして「水くれぇぇぇ!」と叫び、別の住民がハンスの涼しい顔を真似して「普通っすよ?」と返す。即席の寸劇が広場に広がっていく。
「笑うな! 量が多すぎたんだよ!」
「同じ量っすよ?」
「黙れハンス!」
最後に香り系。白根の乾燥粉を肉に振りかけて、列の先頭に渡した。
「……っ、これは……! 獣臭が消えて、花みたいな香りがする……!」
住民の顔が蕩けた。三種類とも、反応は上々だ。
夕食の時間、マーレンが三種の調味料を使い分けて料理を仕上げた。甘い塩を根菜の煮物に。辛い油を焼き肉の仕上げに。白根粉を干し魚に振りかけて。
食堂の最初の一口で、全員が黙った。
「……うめぇ」
誰かの呟きが、堰を切ったように広がる。
「賢者さまの調味料……!」
「その呼び方やめろ」
住民たちの顔が幸福で満ちている。調味料三種だけで食文化が一段跳んだ。面倒だったが、まあ、やってよかったかもしれない。
食後、広場のベンチでぼんやりしていると、カイが隣に座った。まだ顔が少し赤い。
「なあユウト。この美味い飯を食いに来る旅人が最近増えてるだろ。なのに、うちの集落への道が獣道しかないんだよな」
カイの何気ない一言が、俺の怠惰な脳を刺激した。
道か。
道を作れば、旅人が勝手に来てくれる。つまり、こっちから案内に出向かなくていい。来る者を拒まず、出向く手間だけ省く。
面倒だけど──面倒を減らすための面倒なら、やる価値はあるか。
お読みいただきありがとうございました!
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