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第46話「保存食という名の怠惰の結晶」

 毎日料理するのが面倒だ。


 初の食事会から三日。美味い飯の代償として、マーレンの料理頻度が激増し、俺への食材調達の依頼も激増した。楽するために美味い飯を開発したはずが、逆に仕事が増えている。本末転倒だ。


「ユウト、今日の肉はまだ? 根菜も足りないんだけど」


「……昨日も同じこと言われた」


「毎日食べるんだから毎日必要に決まってるでしょ」


 マーレンが木べらを振りながら当たり前のように言った。正論だ。正論だが、つらい。


 俺はこの大陸に来てまで毎日働くために生きているのか。違う。昼寝するために生きているんだ。


「保存食を作る。燻製と干物だ。まとめて仕込めば、しばらく調達しなくて済む」


「保存って……干すだけじゃダメなの?」


「それじゃ味が落ちる。せっかくうまい飯を覚えた連中に、硬い干し肉なんか出したら暴動が起きるぞ」


「それは困るわね」


 マーレンが腕を組んで唸った。


 と、横から勢いよく手が挙がった。


「燻製なら俺に任せろ! 旧大陸で見たことある! 煙をかけて炙ればいいんだろ!」


 カイだ。目を輝かせている。こいつが「任せろ」と言い出す時は、だいたい力技に走る。嫌な予感しかしない。


「カイ、燻製ってのはそんな単純な──」


「気合と根性で何とかなる!」


 聞いてない。もう走っていった。


 一時間後。屋外の簡易燻製台から、黒煙がもうもうと立ち上っていた。


「できたぞ! 見ろユウト!」


 カイが誇らしげに差し出した肉の塊は──真っ黒だった。


 表面は完全に炭化している。煙の匂いではなく、ただ焦げの匂いしかしない。指で触れた瞬間、ぼろりと崩れた。


「……カイ。これ、炭だぞ」


「炭……?」


 カイが自分で齧った。ガリッ、と歯が悲鳴を上げる音がした。


「…………うん。炭だな」


 素直に認めたのは偉い。だが犠牲になった鹿肉は帰ってこない。


「お前のやり方は力に頼りすぎだ。燻製ってのは、煙の温度と時間の管理が全てなんだよ」


「温度とか時間とか……そんなもん、わかるわけねぇだろ」


「俺にはわかる」


 ため息をつきながら、【効率化】を発動した。


 頭の中に、情報が静かに流れ込んでくる。


『広葉樹の煙で四時間──肉の芯まで煙を通すには、燻煙の温度を六十度から八十度に保つこと。八十度を超えると表面が焼き締まり旨味が逃げる。煙を当てた後は風通しのよい日陰で三日間の乾燥──その間の湿度は六割以下を維持すること。六割を超えると腐敗が始まる』


 保存食に効率化とか。俺のスキルは料理人にでもなりたいのか。


 だが、条件は明快だった。六十度から八十度。四時間。湿度六割以下で三日乾燥。この三つさえ守れば、失敗しようがない。


 カイの燻製台を改修する。火床を肉から遠ざけ、煙だけが通る石組みの通路を作った。煙が通路を通るうちに温度が下がり、肉に届く頃にはちょうど六十度台になる仕掛けだ。


「お前、その知識どっから出てくるんだ」


「考えるのが面倒だから、スキルに丸投げしてるだけだ」


「それが一番すげぇよ……」


 新しい肉を塩とマナ香草の白い根のすりおろしで揉み込み、半日寝かせてから吊るす。あとは四時間待つだけだ。待つのは得意だ。寝ていればいい。


 四時間後。


 燻製台から漂う匂いが、カイの炭とは全くの別物だった。


 甘い樹脂の香り。そこにマナ香草の花のような風味が重なって、鼻の奥をじんわりとくすぐる。肉を取り出すと、表面は飴色に輝いていた。ナイフで切ると、断面からじわりと脂が滲む。


「なにこの匂い……さっきの焦げと全然違う……」


 マーレンが目を丸くしている。カイは無言で口を開けたままだ。


 と──誰かが俺の手元から燻製肉を一切れ掻っ攫った。


「お、できたのか!」


 ハンスだ。いつの間にか横に立っていた。こいつは食い物の匂いに対する嗅覚だけは獣並みだ。


「ちょっと! まだ確認して──」


 遅い。もう齧っている。


「ハンス! 出来立てをいきなり齧るんじゃないの!」


 マーレンが怒鳴ったが、ハンスは全く動じない。もぐもぐと咀嚼しながら、ふと真剣な顔になった。


「……うん。うまい。けど、三日目が一番うまくなるな、これ」


「は?」


「今は煙の香りが立ちすぎてる。三日寝かせると煙が肉の芯に馴染んで、脂の甘みと釣り合うようになる。三日目だ。間違いねぇ」


 断言だった。何の根拠もないはずなのに、妙な説得力がある。


 マーレンが呆れたように溜め息をついた。


「……あんた、ほんとに舌だけは天才ね」


「うまいもん食う時は本気だからな!」


 からからと笑う。底抜けの陽気さは相変わらずだ。


 近くで干物用の棚を組んでいたエルマが、手を止めずに口を挟んだ。


「風の通り道と日当たりの角度を揃えれば、干し具合も均一になるはずですけど……南南西からの風だと、棚の向きはこうした方が……」


 理屈派の見習いらしい呟きだ。実際、スキルも似たようなことを告げていた。


『干物の場合──塩を振って半日馴染ませた後、風通しのよい日陰で三日間。直射日光は表面だけを乾かし中心部に水分を閉じ込める。最適な乾燥状態は、表面に薄い膜が張り指で押してわずかに弾力が残る程度。塩分濃度は三割の水に対して一掴みが目安』


 カイが「旧大陸の干し肉は硬くて顎が疲れるだけだった」と言っていたのを思い出す。あちらでは乾燥させすぎて石みたいになるらしい。だが、この条件なら旨味を閉じ込めたまま長期保存ができる。


 面倒だが、一度仕掛けを作ってしまえば、あとはマーレンたちに任せられる。寝ていても保存食が増える。これぞ怠惰の結晶だ。


 翌日から量産に入った。


 食料庫に保存食が並んでいく。飴色の燻製肉。薄切りの干し魚。塩漬けの根菜。どれもスキルが弾き出した最適条件で仕上げたものだ。


 完成品を棚に並べ終えて、俺は満足げに腕を組んだ。これで五日分の調達が不要になる。五日分の昼寝が確保された。怠惰の勝利だ。


 ……が、棚の奥に目をやって、手が止まった。


 昨日並べたはずの燻製肉が、二切れほど減っている。


 齧り跡は小さい。だが的確に、一番脂の乗った部位だけが持っていかれていた。


「このグルメ泥棒……まだ居たのか」


 棚の角に、銀色の毛が一本引っかかっている。味の良し悪しまで分かるとは、なかなか舌が肥えた泥棒だ。


 ……まあいい。保存食が増えた分、多少の目減りは誤差の範囲だ。泥棒を追いかけるのは面倒だし、放っておこう。

お読みいただきありがとうございました!


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