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第29話「怠惰のための規格化」

「もっと短く! 違う、それは長すぎる! 俺の引いた線の通りにピッタリ合わせろ!」


 森の手前に昨日急造した切り出し用の作業場で、俺の怒声が飛んだ。

 普段はハンモックから這い出しもしない俺が立ち上がって大声を出しているものだから、ノコギリを構えていた大男がビクッと肩を揺らす。

 このノコギリも、水路工事の合間に持ち込まれた農具の金属をカルルたちに無理やり加工させた代物だ。不恰好だが、よく切れる。


「ユウト、そんな一ミリや二ミリの細かいズレ、どうせ家を建てるとき隙間を樹皮や泥で埋めりゃいいだろ? 俺たちのテントだってそうやって隙間風を防いでる。だいたいでいいんじゃねえか」


「だめだ。その『だいたい』が、後で必ず自分の首を絞めることになる」


 俺は切り出されたばかりの丸太の断面を指で撫でながら、低い声で言い切った。

 ……あれだな。前世で俺を追い詰めたクソ上司たちと同じ口調になっている自覚はある。ああ嫌だ嫌だ。


「いいかカイ。長さも太さもバラバラの木材で家を建てようとすると、一本組むたびに『ここは削るか』『ここは泥を詰めるか』って、いちいち手を止めて考えなきゃならなくなる」


 考えること。それが一番無駄な手間を食い、取り返しのつかない失敗を呼び込む。

 前世のあの職場で、俺が嫌というほど思い知らされた教訓だ。


「だから、頭を使うのは俺が段取りを組む最初の一瞬だけでいい。すべての木材を同じ長さ、同じ太さに切り揃える。そうすれば後は何も考えず、子供の積み木みたいにはめ込んでいくだけで家が建つ。組み立てる時に、俺も、お前らも、一切頭を使わずに済む」


 力仕事しかしてこなかった男たちが顔を見合わせた。

 彼らにとって家づくりとは、経験豊富な老いた大工が長年の腕と勘で不揃いな木を組む、いわば「職人の魔法」だ。何も考えずに家が建つなど、想像もつかないのだろう。


「……言いたいことはなんとなくわかるが」


 カイが泥のついた頭を掻きながら、足元の不揃いな丸太を蹴った。


「こいつらみたいな素人に、狂いなく木を切れと言っても無理な話だぜ」


「ああ。だからこれを使う」


 俺は作業台にしている平らな切り株の上に、奇妙な木の枠組みをドンと置いた。

 昨夜、丸太の端材に手を当てて【効率化】を走らせたとき、頭の中にこんな声が響いた。


『この丸太の芯は均一で曲がりが少ない──長辺に沿って四つの溝を入れれば、切り出しの基準枠として使える。枠の内寸を柱材の長さに合わせること。溝の幅はノコギリの刃厚に揃えれば、刃がぶれずに同じ断面を繰り返し再現できる』


 要するに、「枠に丸太を押し込んで溝に沿ってノコギリを引けば、誰が何度やっても同じ長さの木材ができる道具」だ。

 俺はそれを前世の記憶から「治具」と呼んでいる。加工用の補助工具。


「こ、この木の枠はなんだ?」


「使い方は単純だ。この枠の中に、森から切り出してきた丸太を右端までピッタリ押し込め。で、左端にあるこの細い溝にノコギリの刃を当てて、ただ上下に引く。それだけだ。それだけで、誰が何度切っても、寸分の狂いもない同じ長さの木材ができる」


「……マジかよ。そんな簡単でいいのか?」


「ああ。目をつぶっていてもいいし、昨日初めてノコギリを握った奴にだって、親方と同じ品質の木材が作れる。だから喋るな、頭を空っぽにして手を動かせ。お前らには考える余地を与えない」


 俺の非情な号令とともに、半信半疑だった男たちが恐る恐る枠に丸太を押し込んだ。

 溝にノコギリを合わせ、ぎこちなく引く。

 ボトッ、と切り落とされた丸太が地面に転がった。


 カイがそれを拾い上げ、自分が先に切った木材と並べる。

 ぴったりだ。指の爪一枚分のずれもない。


「す、すげえッ! 本当に俺が切った奴と、カイが切った奴の長さが全く同じだ!」


「しかもこれ、いちいち木炭で線を引く手間すらねえ! 端まで押し込んでノコギリ引くだけだぞ!」


 男たちの目の色が変わった。

 削りたての木の香りが松脂のように甘く立ちのぼる中、ギコギコ、ボトッ、ギコギコ、ボトッと小気味よい音が作業場に響き始める。


 熟練の大工の腕が必要だと信じられていた精密な木材加工が、俺の持ち込んだたった一つの木枠によって、誰でもできる単純な繰り返し作業に変わったのだ。

 考える必要がない。迷いがない。だから速い。

 男たちのノコギリを引くペースはみるみる上がり、形の揃った丸太の柱が、五山、六山と積み上がっていく。


 ……よし。完璧だ。


 俺は作業場の隅の、一番風通しがよくて木漏れ日が当たらない涼しい切り株に腰掛けた。腕を組んで、男たちが汗水垂らして働くのを、ただ眺めるだけの特等席だ。

 木屑と松脂の匂いが鼻をくすぐる。悪くない。


 これだよ。

 仕掛けだけ作って、あとは現場の連中に丸投げして、自分は汗一つかかずに涼しい場所で座っている。これが俺の前世からの理想の働き方だ。

 ……まあ、前世じゃ逆の立場でこき使われる側だったわけだが。ブラック企業万歳。もう二度と戻りたくない。


 あくびを噛み殺しながら、積み上がる木材の山を見やる。

 このまま放っておけば、日が暮れるまでに俺のふかふかの家に必要な部品は全部揃うだろう。なんて楽な一日だ。昼寝でもするか。


「よし、ユウト! 第一陣は全部切り終えたぞ! 指示した数の部品、完璧に揃った!」


 数時間後。木屑と汗にまみれたカイが、満足げに親指を立てて報告してきた。

 ちなみに俺はその間、特等席で三回ほどうたた寝した。最高だ。


「上出来だ。文句も言わずによく働いたな。あとはこれを、俺が描いた図面の通りに積み木遊びみたいに組み上げれば……」


 よし、この勢いで基礎部分だけでも一気に組ませてしまうか──と、俺がそんなことを考えた、その瞬間だった。


 俺の鼻腔を。

 そして作業場にいた三十人の男たち全員の鼻腔を。

 暴力的なまでに強烈で、凶悪な匂いが殴りつけた。


「……なんだこの、腹の底から食欲を抉り出すような、やばい匂いは」


 ジュワァァァッ、と。

 分厚い脂身の乗った肉が強火で焼ける、あの暴力的な音。そして香ばしく焦げる肉汁と、青い香草が混じった甘い煙が、集落の広場のほうから風に乗って流れてきた。


「おい、カイ。今日の飯当番、誰だっけ」


「……マーレンと、女たちだ」


「マジか」


 その瞬間、作業場にいた屈強な男たちの泥だらけの手から、ノコギリと規格化された丸太が一斉にボトボトと土に落ちた。

 俺の完璧な仕掛けを以てしても、あの匂いの暴力には勝てないらしい。

お読みいただきありがとうございました!


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