第23話「水が欲しいなら、川を曲げればいい」
「「「川を引くぅ!?」」」
広場に集められた開拓民たちの野太い声が一つに重なって、森の奥までこだました。
三十近い疲労困憊の目玉が、信じられないものを見るように俺に向けられている。そんな無茶苦茶なことを言うなと、全員の土気色の顔にデカデカと書いてあった。
「ユウト! いくらなんでもそれは無茶だ!」
真っ先に声を荒らげたのは、やはりカイだった。日焼けした顔に浮かぶ困惑と焦りが、朝の木漏れ日に照らされて余計に目立つ。
「水路を作るったってな、そこの川からここまでは根の張った森と斜面だらけだぞ! 掘れば必ず硬い岩にぶつかるし、巨大な木の根っこだってある。俺たち五十人全員で毎日土だらけになって掘ったって、何ヶ月──いや、一年はかかる大工事だ!」
「だから、お前らは毎日全員で往復一時間かけて、その『確実な』重労働の水汲みを五十年続ける気か?」
「それは……っ」
俺がにべもなく切り捨てると、カイは言葉に詰まった。水桶のせいで真っ赤に腫れた手のひらを、悔しそうに握りしめている。
「よく考えろ。五十人が毎日往復一時間かけて水を汲む。俺が七十のジジイになるまで、その日数と労力を足し合わせてみろ。人生のどれだけを『ただ歩いて水を運ぶ』ことに費やすんだ」
周りの男たちが、ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。『五十年』という数字を突きつけられて、永遠に続く水汲み地獄を具体的に想像してしまったのだろう。
俺は大げさに肩をすくめた。
「言っておくがな。俺は皆を助けたいなんて一ミリも思っていない。俺が、俺自身が将来の一秒たりとも水汲みをしたくないから言ってるんだ。そのためなら、ちょっとばかし頭を使う手間くらいはかけてやる」
……まあ、正直なところ頭を使うのもめんどくさいのだが。水汲みよりはマシだ。
「……ユウトがどうしてもって言うなら。だが、どうやって掘るんだ? どこを通せばいいかも分からないのに」
「黙って俺に付いてこい」
俺はカイやカルル、ドスといった現場組の連中を数人引き連れて、拠点から川までの斜面へと向かった。
朝露に濡れた下草を踏むたびに、青臭い草の匂いが鼻を突く。足元の土は昨日の雨でぬかるんでいて、歩くだけで靴底にまとわりついてくる。じっとりと湿った空気が肌に貼りつく、不快な朝だった。
……さて。さっさと終わらせて昼寝に戻ろう。
俺は脳の奥深くでスキルを強く意識した。
視界がわずかに青白く明滅する。次の瞬間、音も熱もない、純粋な情報だけが脳の中に直接流れ込んでくる。あの独特の、冷たくて心地よい感覚だ。
『足元から深さ二メートルまでの土壌の硬さ、地中に埋まった巨岩と木の根の位置──すべて読み取った。この斜面の地形なら、重力だけで水を流すルートが組める』
情報が止まらない。まるで目を閉じていても地面の中身が透けて見えるような、不思議な感覚だった。
歩くたびに、足の裏から伝わる振動を起点にして、地中の構造が次々と頭の中に描き出されていく。ここは柔らかい粘土質。三歩先に拳大の石が密集している。その奥には──。
『注意──深さ一メートル半より下の地層に、異質な岩盤を検知。直線的で、極めて硬質。自然に形成されたものとは考えにくい。掘削は、この岩盤より上に留めることを推奨する』
……なんだ、こいつは。
俺は足を止めて、地面を軽く踏んだ。見た目はただの森の斜面だ。だが、スキルが伝えてくる情報によれば、この下のかなり深い位置に、妙に直線的で硬い岩盤が横たわっているらしい。まるで大昔の誰かが、巨大な刃物で大地を削り出したような──。
気になるが、今は関係ない。水路は地表から五十センチしか掘らない。あの岩盤には届かないし、わざわざ深追いする理由もない。
「あそこより下は絶対に掘るなよ。なんか硬いのが埋まってる」
俺は後ろのドスに短く言い置いて、先に進んだ。
『最短で、かつ最も掘りやすいルートを確定。硬質の岩を迂回する地点が三箇所。水の勢いを殺すための蛇行区間を二箇所に設定。所要工数──大幅に削減可能』
頭の中に、完璧な一本の道筋が浮かび上がった。
川のせせらぎが近づいてくる中間地点で、俺は足を止めて振り返った。付いてきていた五人が、ポカンと口を開けている。
「え、終わったって……お前、さっきからただ森の中を無言でフラフラ歩いてただけじゃないか?」
「俺の頭の中で設計図はもう完成した。カルル、ドス。お前ら、旧大陸じゃ城壁の補修をやってたんだったな」
「あ、ああ。故郷じゃ石積みと土盛りの仕事を……」
カルルが弱気な声で答える。
俺は足元の下草を払い、湿った土を小枝でならすと、一切の迷いなく線を引いた。
「川のこの少し淀んだ位置から水を入れる。ここから南西に十メートル直進して、あそこの地下にある巨大な岩を避けて、あの巨木の根っこを迂回する」
小枝で次々と、土の中に埋まった目に見えない岩の位置や、木の根の張り方、地面の高低差を描いていく。
「ここから先は斜面がきつくなるから、水の勢いで土が削れないように蛇行させる。逆にこの辺りは土が柔らかくて崩れやすいから、お前らの得意な木の板を組んで補強しろ。水路の幅は六十センチ、深さは五十センチで固定だ。一寸たりともズレるなよ、水が止まる」
俺の口から淀みなく出てくる、あまりにも具体的すぎる指示の数々。
土の上に描かれたのは、素人目にも「これなら途切れることなく水が流れる」と直感で分かる、恐ろしく理路整然とした図面だった。
カルルとドスが、その図面と目の前の実際の地形とを見比べて、顔を青くした。
「す、すげぇ……なんだこれ。この地形の起伏を、たった一回歩いただけで全部頭に入れたのか!?」
「それにこのルート……地中の岩を全部避けて、掘りにくい硬い土も迂回してる。これなら、ただ真っ直ぐ掘るより何十倍も早い……!」
ドスが興奮気味にがさつな声を上げた。
俺は小枝を放り捨てて、バキバキと首を鳴らしながら立ち上がった。めんどくさかったが、まあ、ここまでやれば後は現場の人間が汗を流せばいいだけだ。俺の仕事はここで終わり。あとは寝るだけ。
「水路のルートはこれで確定だ。工期は──十日」
「「「と、十日ぁ!?」」」
カイが一歩後ずさり、森の鳥が一斉に飛び立つほどの絶叫を上げた。周りの男たちも目を限界まで見開いて、口が塞がらない。
「む、無理だ! さっきまで一年かかるって話だったのに!」
「一年かかるのは、何も考えずに力任せに掘った場合だ。俺の指示した道筋の通りに、一ミリの狂いもなく動けば十日で終わる。岩を掘る手間、木の根を切る手間、全部省いたルートだからな」
カイが信じられないという顔で設計図を凝視し、それからゆっくりと俺の顔を見た。
「……本気か」
「本気に決まってる。早く終わらせないと、俺の昼寝の時間がなくなる」
俺はポンと手についた土を払い、まだ理解が追いついていない筋肉の塊のような大男たちを見据えた。
「だが、最大の問題は『誰がこの設計図通りに狂いなく土を掘るか』だな」
そして、にっこりと──前世のブラック企業で散々見てきた、人を人とも思わない上司の笑顔を真似て。
「さあ、労働の始まりだ。俺の明日からの最高な昼寝のために、今日から死ぬ気で気合を入れろ」
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