第6話 帰る支度は、心の準備
帰ると決めた瞬間から、旅はもう終わりに向かっている。
港町で買い込んだ荷物。
修理を待つ武具。
小さな土産。
それらはすべて、
「戻る場所」がある証だった。
今度の野営は、ただの通過点ではない。
帰還前夜――その一歩手前だ。
ヴァルディアの朝は早い。
港ではすでに荷揚げが始まり、商人たちの声が飛び交っている。
レオンは通りの一角で手綱を握っていた。
「こいつでいいな」
栗毛の若い馬。
大人しく、足腰もしっかりしている。
レンが馬体を確認する。
「問題なし。長距離もいける」
「荷物、多いもんね」
フィオが苦笑する。
香辛料の袋。
乾燥ハーブ。
珍しい塩。
干し果実。
ミレーヌが喜びそうなものを、あれこれ選んだ結果だった。
さらに、ジャンク品の武器や防具。
欠けた短剣、歪んだ軽盾、装飾の外れた金具。
「カイさん、顔しかめるだろうな」
レオンが笑う。
「でも絶対直す」
レンが断言する。
セラは大事そうに包みを抱えている。
銀細工の髪飾り。
葉を模した、繊細な造り。
「アリア、似合うよね」
「絶対似合う」
フィオが頷く。
馬に荷を積み終えると、思ったより大きな量になった。
「完全に引っ越しだな」
レオンが言う。
「もう戻らない拠点から、持ち出しただけ」
レンが静かに訂正する。
その言葉に、少しだけ胸が締まる。
ヴァルディアは悪い街ではない。
豊かで、便利で、強くなれる場所。
だが、もう“帰る場所”ではない。
「行くぞ」
門を抜け、街道へ。
潮の匂いが薄れ、草原の風が戻ってくる。
足取りは軽い。
「途中で野宿して、そのまますぐ帰ろう」
レオンが言う。
「廃村の手前まで行く」
「明日の昼には着く」
レンが距離を計算する。
フィオが馬の横を歩きながら言う。
「ミレーヌさん、びっくりするかな」
「香辛料見たらな」
「“あんた達、余計なものまで買ってきて”って言うよ」
セラが小さく笑う。
「でも、嬉しそう」
道中、魔物の気配はない。
森を抜け、丘を越え、陽が傾き始める。
廃村まであと半日という地点で、四人は足を止めた。
「ここでいい」
レンが周囲を確認する。
焚き火を起こし、馬を繋ぐ。
荷物はそのまま積んだまま。
まるで、いつでも出発できる準備。
「……なんか、落ち着かないな」
レオンが空を見上げる。
「あと少しだから」
フィオが言う。
セラは静かに頷く。
「帰れる」
その一言が、胸に温かい。
焚き火の光が揺れる。
以前なら、野宿はただの休息だった。
明日どこへ向かうかも曖昧なまま。
今は違う。
明日は、確実に蒼月亭へ向かう。
レオンは小さく息を吐く。
「……ただいまって言うの、ちょっと照れるな」
「言えばいい」
レンが淡々と返す。
フィオが笑う。
「言わなきゃダメ」
セラも続く。
「ちゃんと」
火がはぜる。
馬が鼻を鳴らす。
遠くに、かすかな森の匂い。
「早く寝よう」
レオンが立ち上がる。
「明日、帰る」
その言葉に、誰も疑いはなかった。
夜空の星は静かに瞬き、
焚き火はゆっくりと小さくなる。
明日には、あの煙が見える。
荷物は増えた。
だがそれ以上に増えたのは、帰る理由だ。
香辛料はミレーヌへ。
武具はカイへ。
髪飾りはアリアへ。
そして自分たちの居場所は、蒼月亭へ。
帰路は、ただの移動ではない。
それは選択の確認。
ヴァルディアを背に、彼らは確かに理解している。
もう迷わない。
明日、あの場所に――帰る。




