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第3話 潮の匂いと、違う帰属

街は変わらない。


人が入れ替わり、船が行き交い、商人が声を張り上げる。

昨日と同じようで、今日も同じ喧騒が続いている。


けれど、街を見る側の心が変われば、

その景色はまるで別のものになる。


久しぶりではないはずなのに――

なぜか、遠い場所に来たような気がする。

森を抜けた先に、海の匂いが混じり始めた。


塩と潮風の気配。


「もうすぐだな」


レンが小さく言う。


丘を越えた瞬間、視界が開けた。


ヴァルディア――大きな港町。


青い海に沿って、いくつもの桟橋が伸びている。

帆を張った大型船、小型の商船、漁船。

港では荷揚げの掛け声が響き、木箱が積み上げられている。


白壁の建物が立ち並び、その奥には石造りの街並みが広がる。

遠くには鐘楼。

その周囲に商人街が密集し、布地、香辛料、金属製品、果実が色とりどりに並ぶ。


「……相変わらずデカいな」


レオンが息を吐く。


フィオは目を細めた。


「人、多い」


「当たり前。港町」


レンが淡々と答える。


セラは少しだけ周囲を見渡す。


「船、増えてる気がする」


確かに桟橋の数は多い。

大型船の帆が何枚も揺れている。


門をくぐると、喧騒が一気に押し寄せた。


「新鮮な魚だよ!」

「北方産の鋼だ!」

「香辛料、安いよ!」


声が交錯し、馬車が行き交う。


鍛冶屋の前では槌音が鳴り、火花が散る。

武器屋の店先には剣と槍が整然と並び、鎧が陽光を反射している。


フィオが足を止める。


「弦、替えたい」


「後でな」


レオンが軽く言う。


彼らはこの街に、オルフェンへ来る前まで滞在していた。

長くもない。

数ヶ月ほど。


それでも。


「……なんか、久しぶりだな」


レオンが呟く。


「そんなに経ってない」


レンが事実を述べる。


「わかってる」


それでも、感覚は違う。


以前はここが“拠点”だった。

依頼を受け、宿を取り、また次の街へ。


今は違う。


ここは、通過点。


セラが小さく言う。


「落ち着かない」


「人が多いから?」


フィオが聞く。


セラは首を振る。


「ううん。……帰る場所、別にあるから」


その言葉に、レオンは少しだけ笑った。


「贅沢な話だな」


鍛冶屋の前を通る。

見覚えのある親方が、鉄を打っている。


武器屋の店主も健在だ。

商人街の果物屋も、香辛料の匂いも、何も変わらない。


だが、自分たちは変わった。


「まずは荷物だな」


レンが現実に引き戻す。


彼らが以前使っていた宿は、港から少し離れた裏通りにある。


扉を押すと、女将が顔を上げた。


「あら、あんたたち。戻ってきたのかい」


「荷物を取りに」


レオンが答える。


「またここを拠点にするの?」


少しの沈黙。


フィオが微笑む。


「ううん。違う街に落ち着いたの」


女将は意外そうな顔をする。


「へえ……そうかい」


その反応が、妙にくすぐったい。


荷物はそのまま保管されていた。

予備装備、書類、替えの衣服。


必要なものをまとめながら、レオンはふと窓の外を見る。


港の帆が揺れている。


潮風が吹き込む。


「悪くない街だよな」


「うん」


「でも」


レンが言う。

「ここじゃない」


短い言葉。


それで十分だった。


ヴァルディアは大きい。

豊かで、賑やかで、可能性に満ちている。


だが、彼らの足は自然と“帰路”を意識している。


「今日中に準備終わらせよう」


レオンが言う。


「明日の朝には出る」

セラが頷く。


港の鐘が鳴る。


かつてはその音に胸を躍らせた。


今は違う。


彼らの胸を満たしているのは、

廃村に灯った、あの静かな煙の記憶だった。

街は変わらない。


変わったのは、見る側だ。


ヴァルディアは豊かで、大きく、便利な港町。

だが彼らにとっては、もう拠点ではない。


久しぶりではないのに、

どこか遠く感じる。


それはきっと、心がすでに別の場所を“帰る場所”と定めたからだ。


次に彼らがこの街を訪れる時――

それは、今とは違う理由かもしれない。


だが今はただ一つ。


早く戻りたい。


その想いだけが、確かだった。

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