第2話 いつもの戦い、違う帰り道
冒険者にとって、ゴブリン退治は日常だ。
恐れるほどでもない。
誇るほどでもない。
だが、同じ戦いでも、
そのあとに帰る場所があるかどうかで、
心の重さはまるで違う。
それを、彼らはまだ言葉にできない。
朝の森は、ひんやりとしていた。
焚き火の灰を消し、簡単な朝食を済ませると、四人は街道へ戻った。
レンが前を歩く。
耳を澄ませ、足跡を読み、枝の折れ方を見る。
「前方、数体。小型」
「ゴブリンか」
レオンが剣の柄に手をかける。
姿を現したのは三体。
粗末な短剣と棍棒を持ち、こちらを威嚇している。
「数、少なめ」
フィオが弓を構える。
次の瞬間、矢が放たれた。
一体の喉を正確に射抜く。
「いくぞ!」
レオンが踏み込む。
真正面から斬り結び、力で押し切る。
横から回ろうとした一体を、レンが足払いで崩し、短剣で急所を突いた。
最後の一体が逃げようとした瞬間、セラの杖が淡く光る。
「――ウインドカッター」
小さな風の刃が走り、背を裂く。
静寂。
戦闘は、ほんの数十秒だった。
レオンは剣を払いながら言う。
「相変わらず弱いな」
「油断しなければ、ね」
フィオが矢を回収する。
レンは周囲を警戒しながら頷いた。
「他はいない。終わり」
セラは杖を軽く握り直す。
「怪我、なし」
いつものやり取り。
いつもの勝利。
だがどこか、空気が違う。
レオンはふと呟いた。
「戻ったら、カイに自慢できるな」
「ゴブリン三体で?」
フィオが笑う。
「違うって。連携の話だよ」
レンが小さく言う。
「……見せたいの?」
レオンは少し考え、肩をすくめた。
「まあな」
前なら、次の依頼の話をしていた。
だが今は、“戻ったら”という言葉が自然に出る。
それだけで十分だった。
街道はやがて開け、夕方頃、小さな村が見えてきた。
木柵に囲まれた素朴な集落。
畑と家屋、そして一軒の宿。
「今日はあそこで泊まろう」
レンの判断に異論はない。
宿は質素だった。
木造二階建て、暖炉の匂いが染みついている。
主人は四人を見ると、少し驚いた顔をした。
「冒険者かい? 最近この辺りも物騒でね」
「さっき片付けといた」
レオンが軽く言うと、主人は目を丸くした。
「そうかい、それは助かる」
夕食は、煮込みと固めのパンだった。
決して悪くはない。
むしろ温かく、素朴な味だ。
フィオが一口食べて言う。
「……普通においしい」
「うん」
セラも頷く。
だが、しばらくすると沈黙が落ちた。
レオンがスプーンを止める。
「……蒼月亭って、やっぱ良かったな」
ぽつりと漏れた言葉。
レンが静かに言う。
「何が」
「全部」
少し考えながら続ける。
「味も。空気も。なんか、落ち着く」
フィオが笑う。
「ミレーヌの煮込みは、これより濃いわね」
「カイの無駄話もうるさいけどな」
セラは小さく微笑む。
「リディア、頑張ってた」
暖炉の火が揺れる。
村宿も悪くない。
だが、どこか“仮”だ。
レオンは気づく。
前は、これが当たり前だった。
どの宿も一夜の場所。
でも今は違う。
「早く戻ろうぜ」
自然に出た言葉。
レンが短く答える。
「明日、夜には街に着く」
フィオが立ち上がる。
「荷物まとめたら、すぐ帰るわよ」
セラは杖を抱きしめるように持つ。
「うん。帰ろう」
窓の外には、村の小さな灯り。
だが彼らの心は、もっと遠く――
廃村に灯ったあの煙へ向いている。
強さは、戦いの数で決まるわけではない。
帰る場所があるという確信が、
人を少しだけ大胆にし、少しだけ優しくする。
ゴブリン退治は、ただの日常。
けれどそのあとに思い出すのは、
蒼月亭の煮込みと、笑い声。
彼らはまだ気づいていない。
その“違和感”こそが、
もう戻れない場所を知った証だということに。




