勝手にしていいみたいだから商会を作って中抜きすることにしてみた結果
相生、勝手に秋の短編祭り6作品目
[日間]ヒューマンドラマ〔文芸〕 - すべてランキング1位(11/22朝〜11/23夜)
[週間]ヒューマンドラマ〔文芸〕 - すべてランキング1位(11/27)
それは、ヒルダにとって人生で最も華やかな日であるはずだったのに、ある意味では人生で最も残酷な一日となった、と言えなくもなくはない。
ヒルダがそう思っていなかったとしても、一般的にはそういうものなのだろう。
マイルズ公爵家の次期当主であるハワード・マイルズとの結婚式は、社交界でも最大の話題だった。
伯爵家出身とはいえ、権勢に乏しく家格が釣り合わないとささやかれていたヒルダは、公爵家の広大な領地を背負うことになる未来に身が引きしまる思いでいた。
しかし、豪華な結婚式のその夜、寝室で待っていたヒルダにハワードが告げたのは冷酷な現実だった。
「はっきりいっておく。おまえはカモフラージュでしかない」
夫となったばかりのハワードは男爵家出身の愛人フィオナを連れて寝室に現れ、ヒルダに平坦な声でそういった。
「我が家は……いや、父上は体面を重んじる。男爵家出身のフィオナを正妻とすることは認められなかった。だから家格はそこそこで、余計な口出しをしない貴族の娘が必要だった。それがおまえだっただけだ」
愛人のフィオナは上質な夜着に身を包み、勝ち誇ったように微笑んでいる。
ハワードは続ける。
「おまえが優秀だという話は聞いている。だが、公爵夫人という名ばかりで、王都の屋敷の主要な権限も与えない。このまま今夜ひっそりと馬車で領地へ送る」
どうやらヒルダは領地へ送られるらしい。
「ああ、領地といっても公爵領ではなく、父が私に与えた従属爵位のミラージュ伯爵領だ。代官に支払う金がもったいないのでな、大人しく従ってミラージュ伯爵領へいき、領地の仕事をするのならそこでの自由は保障しよう」
ヒルダはほんの少しだけ眉を揺らした。だが、感情を隠すようにそれ以上の動きはなかった。
「ただし、男をベッドに招くような真似はするな。今後、おまえは体調を崩して領地で静養していることになるからそのつもりで。王都からおまえには一切の金銭的な援助をしない。勝手に生きて、勝手に死ね」
そこまでハワードの話を聞いていたヒルダが思ったのは、ずいぶん長々と話す男だな、ということだった。
「確認ですが……勝手に、しろ、と?」
ヒルダは確認した。大切なことだ。言質を取っておかなければならない。
確かに屈辱はある。でも、それ以上に……今はこの男と身体を重ねなくてよいことに安堵していた。
ハワードからは誠実さのかけらも感じない。身体を弄ばれていた可能性もあったかもしれないのだ。
それを考えると、少しでも早くこの男から離れたいとヒルダは思った。
「ああ、好きにしろ。私は一切関知しない。ただし、公爵家の名誉を損なうような真似だけはするなよ。父上が亡くなったら離婚してやる。後妻ならフィオナを娶ることも可能だからな」
ハワードはそういい放つと侍女たちに目をやり、ヒルダを寝室から連れ出させた。
ヒルダは抵抗せずに、荷物がある自室へと戻る。
「若奥さま、申し訳ありませんが、若旦那さまからすぐに荷物をまとめて馬車へ乗るようにと指示が出ております。お手伝いいたします」
手伝うというよりも、強引にヒルダの荷物はまとめられていく。
夜着も着替えさせられて、地味な普段着のドレスを着せられた。目立たないようにというのは本気なのだろう。
そして、そのまま馬車へと放り込まれた。
(勝手にしろというのなら、勝手にさせてもらおう。そして、後悔させてやろう)
ヒルダは前向きにそう考えた。
これはヒルダにとってはチャンスなのだ。
ヒルダがいなくなった寝室で、ハワードは満面の笑みを浮かべてフィオナを抱き寄せた。
だがハワードはよくわかっていなかったのだ。
ヒルダが本当に優秀だということを……。
ヒルダが送り込まれたミラージュ伯爵領の領主屋敷は、前任の代官によって改装準備が進められていた。
それはハワードとヒルダの結婚によって、新婚夫婦のための屋敷へと変えるための改装だった。
その予算は伯爵領からの収入でまかなうように義父であるマイルズ公爵から指示が出ていた。
おそらくハワードに対する領地経営の実地演習なのだろうとヒルダは考えた。
マイルズ公爵家からの支援はない。
だがそれはヒルダにとって好都合だった。ミラージュ伯爵領の全てを自由にできるのだ。勝手にしていいと言質もとってある。
使用人たちが反抗的だということもなく、普通にヒルダの指示に従うまともな使用人がそろえられていた。おそらく義父の手配なのだろう。ハワードでは絶対にないと言い切れる。
だがこれだと使用人から義父へ領地経営の報告がいくことはまちがいない。
油断はできないものの、ヒルダはやる気になった。
(あんな男だもの。離婚する時に私へ何も支払わないでしょう。跡継ぎを産まなかったとかなんとかいい出すでしょうし。まずは資産を確保しなければ)
ヒルダは改装準備を全て見直すことにした。
もちろんミラージュ伯爵領を視察して、可能な限り収入を増やす方法も考えた。
まじめに領地経営をしていれば義父はおそらく何もいわないはずだ。家を優先する方だとヒルダはずっと感じていた。そういう自分の勘をヒルダは信じた。
ハワードは従属爵位を軽視していたのでミラージュ伯爵領に興味がなかった。
また、ハワードは商業的な取引には無頓着だった。ハワードは全てを執事に任せることで楽をする方がいいと考えるタイプで、領主としての自覚に乏しいと言わざるを得ない。
領主屋敷の改装予定で取引をする商会は、家具は家具、陶器は陶器と、それぞれの得意分野で有名な商会にわかれていた。そこにヒルダは目をつけた。
「まずは……商会を設立……いえ。零細な商会を乗っ取って名前を変えましょうか。そっちが早いわ」
ヒルダはその頭脳を忙しく回転させて、自分の資産を積み上げるための方法を考え出していく。
領都……領の都と呼べるほどの大きな街ではないけれど、そこにあった零細な商会に顔を出したヒルダは執務室の金庫から持ち出した金貨で殴るようにしてその商会を乗っ取り、オーナーとなった。
もともとその商会にいた会長や数人の従業員はそのまま雇って働かせた。そして、商会の名前をムルーダ商会に変えた。
「取引を一本化することで全ての無駄を排除します」
商会を乗っ取ったヒルダは、執事長や家政婦長を含む使用人たちの前でそう宣言した。
「これからは全ての取引をムルーダ商会とおこないます。いくつもの商会と取引していると面会が増えるし、書類も面倒になるわ」
「し、しかし若奥さま。これまで付き合ってきた商会の者たちは……」
「そこは問題ないわ。ムルーダ商会にはとりまとめをさせて、私たちの手間を省くの。少し出費は増えるかもしれないけれど、仕事は減るわ。ムルーダ商会からそれぞれの商会へ発注するように頼んでおけばいいのだし」
「そうですか……」
執事長はそれ以上、何もいわなかった。
これは公爵閣下からの次期公爵夫妻への試練でもあるのだ。下手な口出しはできなかった。
だがこれは、横領にみえない遠回しな横領だった。
あくまでも普通の商取引ではあるのでカモフラージュは完ぺきだ。
ここからミラージュ伯爵家の領主屋敷の全てが変わっていく。
新婚夫婦のために高級品で整えるだけの予算はあったけれど、ヒルダは元々の代官が立てていた購入予定を全て変更した。
ムルーダ商会を通していろいろな商会へ発注させたのはかなり安い物ばかり。
予定していた支払価格よりも安くなるけれど、実際の商品よりは高い支払いとなるように。
なぜならムルーダ商会はヒルダの商会なので、それがヒルダの利益になるからだ。
領主屋敷に元々あった高級品は、新しい物へと交換する時にムルーダ商会が引き取るように契約させていた。
そうやって引き取った使い古しの高級品を売ることでもムルーダ商会は稼いだ。
ミラージュ伯爵領の予算も含めた全てからムルーダ商会はじわじわと利益を吸い上げていった。
それでいて帳簿の上では以前よりも健全な財政状況になるのだ。
ヒルダの優秀さは帳簿の数字に表れていた。
(可能なら公爵家の他の領地からも吸い上げたいけれど、そこまで欲張ると失敗するかもしれない。でもミラージュ伯爵領を発展させた分は全て私の手に)
ヒルダは領地経営にも本気で取り組むつもりだ。
ミラージュ伯爵領が豊かになればなるほど、そこから吸い上げるムルーダ商会もどんどん利益を増やしていくのだから。
ハワードとちがい、義父であるマイルズ公爵はヒルダの領地経営に注目していた。
ミラージュ伯爵領の領主屋敷の執事長からの報告を読んで面白いと感じたのだ。
そこから2年で、マイルズ公爵はヒルダのやり方の有用性を認めた。取引商会の一本化という部分だ。
ヒルダは領主屋敷で働く使用人たちの仕事を軽減させることで、領地経営の新事業へと人を異動させていたのだ。
その結果、領地の税収は増えていた。それだけでなく、取引商会の一本化によって生み出した余剰資金でヒルダは新事業を進めていたのだ。
「ふむ……こちらでも取り入れてみるか……いや。少しずつだな……」
義父である公爵の動きは早かった。
ある日、ムルーダ商会の会長がヒルダをこっそりと呼び出した。
「どうかしたのかしら?」
「実は、メドベーズ子爵領の取引を全て任せたいという話が入りまして」
「メドベーズ子爵? それは……マイルズ公爵家の従属爵位ね……」
(義父が私のやり方に目をつけたのかしら? ここからは慎重にいかないと……)
「引き受けましょう。ですが、こことはちがって安物を用意するようなことは絶対に禁止です。わずかな利益でいいから、ちゃんと質の良いものを。仲介する時に下請けに対してほんの少しでも値切るようにして」
「わかりました。やってみます!」
零細商会の会長だった男は、ヒルダの元で生まれ変わったように一生懸命働いていた。稼げると商売がこんなに楽しいのかと、そういうことをヒルダに教えられたからだった。
喜んでブラックな環境に身を投じる会長が爆誕していた。ヒルダはそれをみてみぬフリをしていた。
(うまくいけばマイルズ公爵領にも食い込める。大きな利益を欲張るのではなく、わずかな利益でいいわ。そのわずか、という部分が公爵領だと規模がちがうのだから)
ヒルダは義父がメドベーズ子爵領で実験しているのだと読んでいた。そして、それは正しかった。
領主屋敷の全てを安物と入れ替えたミラージュ伯爵領ほどではないにしても、取引する商会の一本化によってメドベーズ子爵領でも予算と時間と人手にゆとりが生まれたのだ。
そして、その浮いた予算は領地の新規事業へと回されていく。
マイルズ公爵は感心してうなった。
(……大きな効果ではないが、着実に積み重ねれば数年後に大きく返ってくる。緊急時の予算にも充てられるだろう。これはうまいやり方だ)
マイルズ公爵はムルーダ商会がヒルダのものであることにも気づいていたが、むしろそこにこそ次期公爵夫人としてのたくましさを見出していたので何もいわなかった。
そうして、ムルーダ商会はマイルズ公爵領の取引もとりまとめるように依頼されたのだった。
マイルズ公爵の失敗は愚かな息子のことをあきらめていたことだったのかもしれない。その優秀な未来の公爵夫人は愚かな息子によっていずれいなくなるのだから。
そして、ハワードとヒルダの結婚から約10年が経ち、マイルズ公爵が亡くなった。
そのまま、予定通りにハワードが公爵位を継いだ。ハワードはそれがヒルダの積み重ねた実績によるものだとは知らなかった。
優秀な公爵夫人がいるならハワードで構わないという前公爵の考えはハワードに伝えられなかった。優秀な使用人たちはハワードを怒らせる愚を犯さなかった。
ハワードとフィオナはこの10年間、優雅な生活を送っていた。
しかし、それがヒルダの経営力によるものだとは気づいていなかった。
だから……愚かにも予定通りにハワードはヒルダと離縁したのだ。
それも葬儀のあと、その日の夜に。
あの時……結婚式の夜、初夜の前にやったように、である。あれを再現することでヒルダを貶めようという意図があったのだ。
「名前だけの公爵夫人は楽しめたか? 明日には出ていくように」
「はい」
そういわれてヒルダは弱々しく返事をした。
でも、心の中でヒルダは勝ち誇っていた。
(今までとそこまで変わらない生活はできるでしょうね。でも、それは私も同じ……ではないか。これまで貯めた分を使いながら、これからもマイルズ公爵領からずっと利益を吸い上げていけるのだもの。従属爵位の領地も含めて。それにムルーダ商会はすでに他の貴族たちとの契約も結んでいるし、私の将来に心配はないわね)
「慰謝料や財産の分与はない。おまえは私の子を産めなかった。代わりに公爵家の跡継ぎを産んだフィオナに感謝するがいい」
ハワードの言葉にヒルダはただ一礼を返して、その場を離れた。
自身が真の勝者であることをひけらかすほどヒルダは愚かではなかった。
その態度にハワードは首をかしげた。
慰謝料を要求したり、別れたくないとすがりついたりすると思っていたのだ。
予想は外れたけれど泣きわめく女の相手をするという面倒はなくなったので、ハワードは残念に思いながらもヒルダのことは忘れることにした。
新公爵となったハワードは、代官たちに領地を任せて王都の屋敷で暮らした。
ハワードの再婚によって正妻の地位を手に入れたフィオナは、それまでの愛人としてのぜいたくよりもさらに無駄遣いをするようになっていった。
跡継ぎを産んだという誇りもあり、フィオナは満たされていた。
「お飾りの妻なんて本当に可哀想」
「お飾りでも公爵夫人を名乗れていたのだ。十分だ」
ふたりはそういってヒルダのことをあざ笑っていたけれど、数年後に困窮するのはどちらなのかはふたりともわかっていなかった。
だから従属爵位の伯爵位だった頃の生活を維持できなかったのだ。
そこは自業自得だといえた。
一方のヒルダはのんびりとすごしていた。
すでに働かなくとも、毎年使い切れないほどの収入が入ってくるのだ。
ミラージュ伯爵領の年間収入のおよそ3分の1、また、マイルズ公爵領の年間収入のおよそ10分の1などがムルーダ商会へとほぼ自動的に落ちてくる。今では他領からもそういう収入を得られるようになっていた。
ヒルダはそういうしくみを10年間で作り上げていた。
国外の有名な保養地でのんびりとすごす日々はヒルダの10年間の働きのご褒美なのかもしれなかった。
「なんてチョロい男だったのかしら。貢いでくれて感謝しかないわ。これからも貢いでくれるといいのだけれど……あと7、8年くらいかしらね……マイルズ公爵家が維持できるのも……」
そのヒルダの予想は数年後、見事に的中したのだった。




