第9話 訪問者
私が死んでから丸二年が経った。
三回忌の日。
その日、見覚えのある女性がフロントに来た。
『……あや?』
間違いない。
高校からの親友、宮下あや。
でも、少し変わっていた。
髪型が違う。服装も、以前より明るい色。
そして……隣には、優しそうな男性がいる。
「あの……203号室って、空いてますか?」
あやが、少し緊張した様子で尋ねた。
佐藤さんが、少し驚いた顔をした。
「203号室……ですか?」
あの、「問題の部屋」を指定するなんて、珍しいという顔をしている。
「はい。実は……私の親友の一森まどかが、二年前の今日、そこで亡くなったんです」
『あや……』
佐藤さんの表情が変わった。
「一森まどかさん……ああ、そうでしたか」
「はい。親友でした」
佐藤さんは、静かに頷いた。
「そうでしたか……今日で丸二年……三回忌ですね」
「はい。その部屋で、まどかに報告したいことがあって」
佐藤さんは、少し迷った後、鍵を渡した。
「分かりました。どうぞ、ごゆっくり」
二人は、203号室へ向かった。
『あや……来てくれたんだ』
私は、嬉しくて、そして切なかった。
部屋のドアが開く。
あやは、部屋の中を見回した。
「ここか……まどかが最期を過ごした場所」
そして、バッグから小さな写真立てを取り出した。
私の写真。
高校の卒業式の時の写真。
二人で撮った、ツーショット。
あやは、写真立てをテーブルに置いて、その前に座った。
「まどか、久しぶり」
あやは、写真に向かって、優しく微笑んだ。
目には涙が浮かんでいる。
「報告があるの。私、結婚することになった」
『え……!』
隣の男性が、少し緊張した様子で頭を下げた。
「初めまして。菊池拓真っていいます。あやさんの……えっと、婚約者です」
『結婚……!あや、おめでとう!』
でも、声は届かない。
「まどかが亡くなってから、色々考えたの」
あやは、涙ぐみながら話し始めた。
「まどか、あの頃すごく辛そうだったよね」
『うん……』
「痩せてて、笑わなくなってて」
あやの声が震える。
「でも私、気づいてあげられなかった」
『そんなこと……』
「いや、気づいてたのかもしれない。でも、見て見ぬふりしてた」
「私も自分のことで精一杯で」
「大丈夫?って、ちゃんと聞いてあげれば良かった」
「もっと、時間を作ってあげれば良かった」
あやは、声を上げて泣いた。
「ごめん、まどか。ごめんね」
『あや……泣かないで』
『あなたのせいじゃないよ』
でも、声は届かない。
しばらくして、あやは涙を拭いた。拓真さんが寄り添う。
「この人といると、すごく落ち着くの」
「仕事の愚痴も聞いてくれるし」
「辛い時は抱きしめてくれるし」
「頑張らなくてもいいよって言ってくれるの」
拓真さんが、少し照れながら言った。
「当たり前のこと……だよ」
あやは、笑顔で写真に向かって言った。
「だから、結婚しようって思ったの」
「まどか、私、幸せになるよ」
「まどかの分まで、幸せになる」
『うん……幸せになって』
私は、心から嬉しかった。
親友が、幸せを見つけた。
それが、何より嬉しかった。
「じゃあ……報告も終わったし、あや……そろそろ行こっか」
拓真さんが立ち上がりかけた、その時。
あやが、拓真さんの手を引いた。
「ねえ、せっかくだし」
「え?」
あやが、悪戯っぽく笑った。
「……ここで、ね?」
拓真さんが目を丸くした。
「え、えっと……それって……」
「うん。まどかに、私たちのラブラブなとこ、見せつけてやろうって思って」
『ちょ、ちょっと待って!?』
私は慌てた。
『それってあれのことだよね……?見たくない!いや、感じたくない!親友のセックスは見たくないよ!』
「でも……さすがに今日は……そういうの、不謹慎じゃないかな……」
拓真さんは躊躇している。
でも、あやは悪戯っぽく笑って、拓真さんにキスをした。
「まどかなら、笑って許してくれるって」
『いやいやいや!それはさすがに許さないよ!あと、せめて写真立てはうつ伏せにして!!』
あやは、優しく拓真さんを押し倒した。
『こらああああああ!あやーーーー!』
「ほら、まどか。よく見ててね」
『見たくない!でも目がない!いや、目がないから見えないけど!』
あやが前からそういう性格なのは知ってたけど、さすがにこれは許せん。
『さっきまでの、私の、私の、感動を返せえええええ!』
二人は、優しくキスを交わした。
長いキス。
そして、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。
『ちょっと待って、本気なの!?三回忌だよ!?私の命日だよ!?』
二人の心拍数が速くなるのを感じる。
甘い吐息が壁に溶けていく。
『せめて……せめて写真立てを……!』
でも、写真立てはそのまま。
私の笑顔が、二人を見つめている。
『うぐぐ……これ絶対、一生のトラウマになるやつだ……』
『……いや待って、私もう死んでるし、一生も何もないんだけど』
『でも確実にトラウマだわ、これ!』
そして、二人は静かに一つになった。
『……絶対……絶対に後でなんとかして文句言ってやるから!』
あや〜……覚えてろよ。
でも。
部屋の空気が、少しずつ変わっていくのを感じた。
重く冷たかった203号室が、温かく優しい空気に満たされていく。
絶望の気配が消えて、希望の空気が満ちていく。
二人の温もりが、私の残した負の感情を、少しずつ塗り替えていく。
『あーあ、なんだか、もう……笑うしかないじゃん』
さっきまで感動的な再会だったのに。
泣いて、謝って、幸せを誓って。
なのに最後にこれって。
『あや……お前さー、本当に……』
昔から、そうだった。
シリアスな場面でも、必ず何かやらかす。
大事な話の後に、必ず空気をぶち壊す。
でも、それがあやだった。
『そっか……今も、同じか』
あやと拓真が、抱き合いながら笑っている。
「ねえ、まどか、怒ってるかな」
「うーん、たぶん怒ってると思うね。成仏できなくなるレベルで」
「だよねー。でも、まどか、こういうの嫌いじゃないと思うんだ」
「え?」
「重い空気、嫌いだったから」
あやは、写真立てを見つめた。
「だから、笑える思い出にしたかったの」
「次にこの部屋のこと思い出す時、泣くんじゃなくて、笑えるように」
拓真が、優しくあやを抱きしめた。
「そっか……それで」
「うん。まどかなら、文句言いながらも、最後は笑ってくれるって」
『……バレてるじゃん』
私は、もう完全に脱力していた。
怒りも、呆れも、全部ひっくるめて。
『あや、お前……本当に……』
『最高に不謹慎で』
『最高にデリカシーなくて』
『最高にバカで』
『……最高の親友だよ』




