第8話 親友の記憶
それから、私の中で、記憶が少しずつ蘇り始めた。
生前のこと。
友達のこと。
特に、親友のあやのこと。
――高校一年の時。
両親が交通事故で亡くなった。
突然だった。
葬儀の日、私は泣くこともできなかった。
ただ呆然と、黒い服を着た人たちを眺めていた。
現実感がなかった。翌週、学校に戻った。
親戚の家に引き取られることになっていた。
学校でもみんな私に気を遣っている。
どこにも居場所がない気がした。
昼休み、一人で屋上にいた時。
「まどか」
あやが、おにぎりを二つ持ってきた。
「食べてないでしょ。一つあげるよ。はい」
「……ありがとう」
「無理に元気にならなくていいからね」
あやは、隣に座った。
「辛い時は、私がいるから」
「一人じゃないよ」
そう言って、あやはただ隣にいてくれた。ただ、そこにいてくれた。
それが、どれだけ救いになったか。
それから、あやは毎日私のそばにいてくれた。
「ねえ、まどか。髪、明るくしてみない?」
高校二年の春、あやが突然言った。
「え……校則……」
「大丈夫大丈夫。茶色くらいならギリセーフ」
「でも……」
「まどか、なんだか暗い顔してるもん。髪がイメチェンしたがってるよ!」
結局、あやに引っ張られて美容院へ。
髪を明るくして、ヘアメイクも教わって。
「すっごい可愛い!まどか、もっと自信持っていいよ!」
鏡を見た。
確かに、少し明るく見えた。
「……ありがとう、あや」
「でしょー?私のセンス最高でしょ」
「……いやいや、美容師さんの力だから!」
あやは、そうやって私を前に進ませてくれた。
暗闇の中にいた私を、無理やり光の方へ引っ張り出してくれた。
――大学生の時。
別々の大学に進学したけど、よく会っていた。
恋愛の相談。
就活の相談。
何でも話し合った。
あやは、いつも私より一歩踏み込むタイプだった。
私が躊躇していると、「まどか、人生一度きりだぞ!」と背中を押してくれる。
大学三年の時、私が失恋して落ち込んでいた時も、あやは私を無理やり合コンに連れ出した。
「新しい出会い探そ!」
「あや、私まだ立ち直ってないんだけど……」
「却下。今日、合コンあっから」
「は?無理」
「立ち直るまで待ってたら、一生彼氏できないよ!」
「まだそういう気分じゃないんだけど……」
「だから合コン行くの。新しい出会い探そ!」
そう言って、私の手を引っ張って。
結局、その合コンで私があやに感謝することになった。
あやは、時々強引で、時々デリカシーがなくて。男女関係も勢い重視。
でも、それがあやの優しさだった。
私が立ち止まっていると、私の気持ちを察して前に進ませてくれる。
そういう子だった。
――社会人になって。
あやは広告代理店に就職。
私は出版社に就職。
私たち、新人の頃まではよく会っていた。
「まどか、出版社ってどう?」
「楽しいよ。本が好きだから」
「いいなー。私、広告で死にそう」
「あやこそ、バリキャリじゃん」
「出版に広告だよ?私たちすごいじゃん。最強じゃん」
「自分で言ってりゃ世話ないけどね……」
そう言って、二人で笑った。
ただ、お互いすぐに忙しくなった。
終電帰りが当たり前。
休日も仕事。
でも、親友だった。
顔を合わせる回数は減ったけど、いつでも会えると思っていた。
困った時は、頼れると思っていた。
――あの日。
編集部での日々は、地獄だった。
毎日、深夜まで働いた。上司に怒鳴られ、いつしか同僚に無視され。
もう限界だった。
携帯を手に取った。
あやの名前が見える。
「電話しよう」
そう思った。
でも、指が動かなかった。
あやも忙しいはず。
広告代理店は、出版社以上に激務だと聞く。
こんな夜中に電話して、起こしてしまったら。
明日も仕事があるはずなのに。
それに……
「あやに、こんな弱い自分を見せたくない」
あやは、いつも前向きで、明るくて、強い。
私が落ち込んでいると、いつも励まして、引っ張り上げてくれた。
でも、今の私は……どうしようもなく、弱くて、ダメで。
「こんな姿、見せられない」
それに、あやには「女性の活躍推進」で抜擢されたって言ってしまっていた。
期待されてる、って。
今さら「辛い」「助けて」なんて言えない。
「あやを、がっかりさせたくない」
携帯を置いた。
結局、誰にも電話しなかった。
そして、一人でホテル・マドロスに来た。
『あの時……』
今になって思う。
『電話すれば良かった』
『ちゃんと頼れば良かった』
でも、もう遅い。
『あや……元気かな』
私は、親友のことを思った。
彼女は今、どうしているんだろう――。




