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第5話 感じられない部屋

203号室。


この部屋以外は、全て鮮明に感じられる。

お客さんが入れば、会話も、体温も、心拍数も、何をしているかも。全て分かる。


でも、203号室だけは違った。


お客さんが一人の時でも、カップルでも、霧がかかったようにおぼろげにしか感じられない。


まるで、その部屋だけ私の一部じゃないような感覚。

ここだけ携帯の電波障害が起きているみたいに、断片的にしか情報が入ってこない。


『なんでだろう?同じ建物なのに』


そして、その部屋を使ったお客さんは、必ず何か違和感を訴える。


「なんか……変な感じがする」

「誰かに見られてるような気が……」

「寒い……エアコン壊れてるんじゃない?」


『え……私のせい?でも、何もしてないのに』


ある日、203号室に若いカップルが入った。

私は意識を向けたが、やはり他の部屋のように鮮明には感じ取れない。


何か話している声が聞こえる。

男性の声だ。でも音がこもっていて、よく聞き取れない。

女性が何か返事をしたようだが、それも曖昧だ。


『もっとちゃんと聞こえて……』


私は必死に、霧の向こうにある203号室へ意識を集中させた。


強く、強く念じたその瞬間、廊下の照明がほんの少しだけ揺らぐ気がした……?

いや、気のせいか。今はそれどころじゃない。


意識を部屋に戻すと、女性の様子が変わった気配がした。


声のトーンが不安そうになっている。

「ねえ……なんか変じゃない?」

その言葉だけは、はっきり聞こえた。


男性が何か答えたようだが、その内容はぼんやりとしか分からない。

「誰かいるような……視線を感じる」

女性の声が、また聞こえる。不安そうだ。


『ごめん……私、何かしてるのかな?』


その後の会話は、また不明瞭になった。

男性が何か確認している気配。女性が部屋を見回している気配。

断片的に「寒い」という言葉が聞こえた。「エアコン」という言葉も。

男性が何か操作しているようだが、詳しくは分からない。


『ごめんなさい……』


自分では何も分からない。


203号室の中の様子は、霧の向こう。

お客さんの声も、体温も、全てが曖昧。


やがて、ドアが開く音がした。

結局、二人は早々にチェックアウトしてしまったようだ。


廊下に出ると、二人の声が急に鮮明に聞こえるようになった。

「なんか落ち着かなかったね」

「うん……次は違う部屋がいいかも」


『ごめんなさい……』


私は謝ったが、もちろん声は届かない。

それから、203号室はなるべく使われないようになった。


お客さんが来ても、フロントの佐藤さんは他の部屋を案内する。

「203号室は……今日は清掃中でして」

嘘をついてまで、避けている。


でも、たまにどうしても満室の時だけ、203号室が使われる。

そして毎回、お客さんは何か違和感を訴えて、早く出て行く。


『私……何してるんだろう。何か悪いことしてるのかな』


でも、自分では分からない。その部屋は、私にとっても謎だった。

おぼろげにしか感じられない、霧の中のような部屋。何か大切なことを隠しているかのような。


まるで、見たくないものを、心の奥底に封印しているかのような。


『……怖い』


初めて、恐怖を感じた。

自分自身の一部なのに、近づけない場所。


それは、何を意味しているんだろう。

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