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第2話 初めての目撃

車のヘッドライトが駐車場を照らした。


エンジンの音。ドアの開閉音。少しテンポの速い二人の足音。


『お客さん……?』


若いカップルだった。二十代半ば。男性は少し緊張した様子。

いかにも古いラブホテルといった形の対面式のフロントを前に女性は恥ずかしそうに男性の服の裾をちょんとつまんでいる。


男性がフロント横の画面を操作して、部屋を選ぶ。


201号室。


目隠しカウンター越しにフロントからスッと鍵が渡される。

二人は、少し気まずそうに201号室へ向かった。


『なんだか初々しい感じのカップルだったな……』


私は何となく、その部屋に意識を向けてみた。


すると……驚いたことに、部屋の中の様子が「感じられる」のだ。


二人がドアを開けて入ってくる。部屋の電気がつく。

「わあ……綺麗な部屋」

女性が嬉しそうに言った。

「そうだね。良かった」

男性の声は、少し上ずっている。


二人はしばらくの間、ぎこちなく会話をしていた。

男性が女性の名前を呼ぶ。女性が小さく応える。


『見えないけど……感じとれる……』


そして、聞こえてくる衣擦れの音。


『えーっと、えーっと、こ、これって……!?』


なんというか全部聞こえてしまう……。


今度はベッドのスプリングがきしむ音。


『えええええ!むりむりむり。これ以上は見ちゃダメでしょ!』


全部が見える、全部が聞こえる、もう恥ずかしくて、ちょっと死にそう……。


けれど私はラブホテル。


息遣いが聞こえてくる。女性の小さな、抑えた吐息。それがだんだん荒くなっていく。


『えー、本当に……!?』


もうここまできたら見守るしかない。


私だって、経験がないわけじゃない。大学生の時、付き合っていた彼氏がいた。でも、それは数回だけ。お互い不慣れで、ぎこちなくて……

それが、こんな風に誰かの親密な時間を「感じて」しまうなんて。


部屋の温度が上がっていく。二人の体温が。

女性の小さな声。男性の荒くなる呼吸。

ベッドが揺れる。


『私、どうすればいいの……!?』


……なんだか覗いているみたいで、最低な気分にもなってくる。

なるべく意識をよそに向けようとする。でも、どうすることもできない。私のどこかに容赦なく入り込んでくる。


キスの音が響く。小さく、柔らかく、深く。


建物だから、耳を塞ぐこともできない。なにしろ意識を遠ざけようとしても、この部屋は私の一部なのだ。


『なんだか……これは……やっぱり恥ずかしい、恥ずかしすぎる!』


でも、不思議なことにそれは、美しかった。


二人の心拍数が同じリズムで高まっていく。


触れ合う手の温もり。

髪を撫でる優しさ。

名前を呼び合う声。


二人の体温が、部屋の温度を上げていく。


私はなぜか胸が熱くなった。建物なのに。体なんてないのに。


その後、部屋は静寂に包まれた。

二人は抱き合ったまま、眠りについたようだ。


『これが……ラブホテル……』


私の心臓 (ないけど)は、まだドキドキしていた。

初めて目撃した、他人の愛の営み。


なんだか、とってもばつが悪い。

けれど、でも……どう言ったらいいのかわからないけど、何か大切なものを見た気がした。

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