第19話『思わず、思わぬ、思わない、思う』
「会計が675円じゃない?」
最神の言葉に、僕は驚いて訊き返した。
「でも最神ちゃん、私は『675円です』って確かに聞いたんだよ?」
「『675円です』と聞いただけで、『会計が675円です』と聞いたわけではないのですよね?」
「……うん、この席はレジにすごい近いっていうわけでもないから、声はあんまり聞こえなかったんだよね」
そうか、僕とMは勘違いしていたが、Mの話で会計、なんて言葉は一度も出てきていなかったのだ。『675円です』なんて言葉を聞いて、勝手に会計の話だと思い込んだだけだったのだ。だが、
「……でも、会計以外に『675円です』なんて言葉を店員が使わなくないか?」
「店員、これも間違いです。もし675円が会計の話でないのであれば、さっきの民野くんが挙げた例の通り、お客さんの会話で『675円です』という言葉が使われた、と推理することができます」
「えっと、つまり? どういうこと?」
最神は「つまりこういうことです」と言って、咳払いをした。
「『なあお前、会計は1350円だって』
『はい、店員さんが言ってましたね』
『割り勘だ。二人で割るといくらだ?』
『えっと。675円です』と、このような会話が成立するのです」
最神は若干、僕の声に似せて言った。
会計が675円になるのはおかしい、僕らはそう考えて、会計が675円になる理由を考えていた。
だが根本的にそれは間違いだったのだ。会計は675円ではない。何故ならMが話した内容だと、『会計』という言葉は一度も使われていないし、そもそも会計を675円にする注文の方法がなかった。
「そうか、割り勘……600円のメニューと750円のメニューを足して、1350円。それを二で割ったんだな」
割り勘、中学のときはあまり友達と飲食をすることがなかったから、思いつかなかった。
「お客さんが二人ではなく、三人で割り勘をした可能性もありますが、割り勘をした、ということは揺るがないでしょうね」
「クーポンとかもないし……うん、最神ちゃんの割り勘っていう推理は合ってる気がする!」
「じゃあ今回の謎も私が解いた、ということで一億ポイントは私のものですね」
完全に忘れてた。この謎解きはただの謎解きではなく、勝負だった。じゃあ、トータルで最神が一億二ポイントだから、最神の圧勝か。
「後ろから失礼致します。カフェラテのアイスと、モンブランでございます」
店員が最神のカフェラテとMのモンブランを持ってきた。Mは心底嬉しそうな笑顔でモンブランを一口食べた。
「美味しい〜! これが勝利の美酒ってやつ?」
「酒じゃないし、飲み物ですらない。そしてお前は勝ってすらいない」
勝手なことを言うな。
「いやあ、私の勝利の美酒は美味しいです」
最神がカフェラテを一口啜って言った。
「おお、よかったな」
酒ではなくカフェラテだ、そうツッコミを入れて欲しかったのだろうが、なら入れない。謎解きで負けた挙句、最神の思い通りに動くのは嫌だからな。
「待って! もうこんな時間なの!?」
Mはポケットからスマートフォンを取り出して、液晶に映る時刻を見て驚いた。液晶には18:15と書いてある。
「どうした? この後、何か予定が入ってるのか?」
「うん! あと二つカフェに行く予定なの!」
「絶句」
最神はそう言った。いや、自分で絶句、とは言わないだろ。地の文に任せてくれ。
「……M、お前はいつか本当に太るぞ」
余計なお世話かもしれないが、僕はそう言わざるを得なかった。Mの胃袋は大量に甘い物を食べても大丈夫なのかもしれないが、体には絶対に毒だ。
「大丈夫! 運動しまくればいいっておばあちゃんが言ってたから! ……うんうん、美味しい!」
Mはモンブランを物凄いスピードで食べ進める。
胃袋もすごいが、おばあちゃんの知恵袋をそこまで信じているのに驚きだ。いや、運動したとしてもこれはやばいだろ。
「Mさん、お名前を訊いてもよろしいですか?そろそろお別れのようですし」
「……ん、名前? 名前ね……」
Mは皿のモンブランを綺麗に食べ終え、もともと机に置いていたココアを一気に飲み干した。
「私は牧野甘味。んじゃあ!もう行かなきゃだから!じゃあね!」
牧野は鞄を持って立ち上がり、レジへ向かった。僕らは目を丸くし、口をぽかんと開けて、何も言えなかった。
牧野はカフェを出るとき、僕らに笑顔で手を振った。最神は呆けた様子のまま、手を振り返した。
僕と最神は何も言わずに顔を見合わせる。
「牧野って……」
「牧野さんって……」
僕たちは思わず笑ってしまった。
思わぬところで話が繋がっていたから。
フィクションのように聞いていた物語の人物が、まさかこんなところにいると思わなかったから。
あと、いくらなんでも食べ過ぎだろうと思ったから。