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第18話『675円の謎』

「私の、謎も解いてもらえませんか?」


 最神の隣に座る女子は頭を下げた。


「えぇっと、あなたは?」


 最神が首を傾げて、僕の方を見る。


 いや、僕の知り合いでもないぞ。


「私は十野高校、一年三組の……Mさんです!」


「……名前は、言いたくないってことですか?」


「いや。あなた達の謎解きを聞いて、Aさんとか、Bくんとか、そういうのかっこいいと思ったので。私はMなんです」


 私はMなんです。……すごい危ない言葉に聞こえるな。僕と最神は、変なやつに絡まれてしまったのかもしれない。


「まあ、分かったよ。M。僕は民野三郎、でこっちの女子は最神美知。制服で分かっているとは思うけど、僕らもMと同じ高校の生徒で、一年だ」


「おお、じゃあ敬語じゃなくていいね!」


 Mは勢いよくサムズアップした。同学年と分かると急に明るくなるな。緊張が緩んだのか。


「それで、M。なんで僕たちに謎解きをしてもらいたいんだ?」


「二人の話を聞いてて、この二人なら謎を解けるかも!って思ったの」


 Mは「いやいやいや、盗み聞きしてたわけじゃないからね!」と言った。別に僕たちは何も言っていないだろ。


「僕は構わないけど……」


 構わない、Mがこれから話す謎には構いたい、暇だからな。最神の方を見ると、最神も僕にサムズアップした。


「いいじゃないですか。謎解きは何回やっても面白いですし。……じゃあ、Mさんが話した謎を解決できた人は、一億ポイントで!」


 頭が良い奴が、頭が悪い事を言った。


 一億ポイントって、今までやってきたことが全て茶番になるじゃないか。いや、ここはカフェで、喫茶店だ。だから、茶番も満喫しなければいけないか。


「では早速ですが、Mさん、その謎について話してください」


「うん、分かった!」


 Mは自分のテーブルに置いてあるカップをとって一口飲んだ後、語り始めた。


※※※


 あれは、民野くんと、最神ちゃんがこのカフェに来る十分前くらいだったかな。私はこの席でチョコケーキとココアを堪能してたの。すごく美味しかった。チョコがね、チョコがすごい濃厚でね、あ、ごめん、話が逸れたね。


 この席って、レジからあんまり遠くないんだ、かと言って近いわけでもないけど。私、チョコケーキを食べてるときに、男の店員さんの声が聞えてきたの


「675円です」


 って。これってね、すっごくおかしいんだよ!


※※※


「えっ、な、何がおかしいんだ?」


 聞いている限り、普通の会計にしか思えないのだが。


「これだよこれ! 二人とも見て!」


 Mは僕と最神にメニュー表を開いて見せた。僕らはそれをじっと見る。そこには僕たちが注文をする前に見た通りの、普通のメニューが載っていた。


「何も……おかしくないぞ?」

「確かに、これはおかしいですね」


 僕と最神の意見が対立した。


「最神、このメニュー表の何がおかしいんだ?」


「民野くん、これは明らかにおかしいです。明瞭、明快、明白におかしいのですよ」


 おお、そうなのか。めい探偵がそう言うならそうなのだろう。いやでも、


「じゃあ何がおかしいと言うんだ。メニュー表が血で汚れているわけでもないし、メニュー名も奇天烈じゃない。値段だって学生お手頃価格だ」


「そう、値段です。この話で、そしてメニュー表でおかしいのは値段なんです」


「はあ?」


 僕はもう一度メニュー表の値段の部分を見る。400円、550円、600円、650円、700円、900円、何もおかしくない。50円刻みでキリがいい数字だから、会計もしやすいだろう。


 キリがいい数字?


「ちょっと待て、Mの話だと、店員は675円って言ってたよな。でも、全てのメニューは50円刻みでキリがいい。……どうしたら会計が675円になるんだ?」


「そうです、それが謎なんです」

「そう!それが謎なの!」


 二人が同時に言った。


「M、店員が本当に675円って言ってたのか? 聞き間違いとかじゃないのか?」


「本当に言ってたよ!これは絶対言ってた、命懸ける!」


 いや、そこまでしなくていいんだけれども。


「これだけだと、難しいな」


 この話は、さっきの最神のストーリーとは対極に、話が短すぎる。判断材料があまりに少ない。


「Mさん、店員さんが675円、そう言ったのは分かりました。では、お客さんはどんな方でしたか?」


「わかんない。だってこの席って、振り返らないとレジが見えないじゃん?私は店員さんの言葉を聞いて、どういうことだろう、ってずっと考えてて、後ろは振り向かなかったの」


 そうですか、と最神は残念そうに答える。


「クーポンとかはどうだ?700円のメニューに25円引きのクーポンがあれば、675円になる」


 ありきたりだが、この可能性が一番高いと思った。このカフェは新しくできた、と最神に聞いたから、オープン記念のクーポン、みたいな物があると踏んだのだ。


「残念だけど、クーポンは無いよ。私今日は色々なカフェを巡る予定で、少しでも安く済ませたいから色々調べたんだ」


 学生が平日にカフェ巡りか。まあ今日は一年生は四限目で終わったしな。


 閑話休題、クーポンがこのカフェに無いのなら、あとはどんな可能性があるのだろうか。クーポンは値段を安くするが、その逆に650円のメニューに25円追加して、会計を675円にすることはできないだろうか?


「このカフェにトッピングはあるか?メニュー表には……書いていないみたいだが、裏メニュー的な感じでトッピングができたりしないか?」


「あれだよね。チョコケーキに生クリームを追加!みたいな話だよね。出来ないはず……だけど、確信を持てないなぁ」


 このカフェは新しくオープンしたばかり。色々調べてきたというMでも、情報源が少なく、裏メニューがあるかどうかについては判断しずらいようだった。


「では、聞いてみましょうか」


 最神は近くのテーブルの食器を下げていた店員に「すみません」と声をかけた。


「はい、ご注文ですか?」


「すみません、snsでこのカフェにはメニュー表に載っていない裏メニューがあると聞いたのですが、本当ですか?」


 店員は困ったように苦笑いした。


「いえ、そのようなものはございませんよ」


「そうですか、ありがとうございます。では、カフェラテのアイスを一つください」


「あっ、私はモンブランを一つお願いしまーす!」


 かしこまりました、そう言って店員はその場を去った。


「……M、まだ食べるのか」


「民野くん、ダメですよ、女の子にそんなデリカシーのないことを言っては」


「そうだよそうだよ。でも大丈夫、このお店はこれで最後の注文にするから」


「まだカフェ巡りを続けるのかよ!」


 こいつはどんな胃袋をしているのだ。切り開いて見てみ……たくはないな。それこそ女の子に言ってはいけないと思うし、それを言って許されるほど、女子の世の中は甘く無い。


「話を戻しましょうか。裏メニューがないとしたら、どうして店員さんは675円と言ったのでしょうか」


「それなんだが、ちょっと話をずらしてもいいか。状況を確認したいんだが、Mはどうして店員が会計は675円だと言ったと思ったんだ? 店員じゃなくて、二人組の客が会計の話をしていた、とかでもありえるだろ?」


 僕は「例えばだな」と言い、コホン、と咳払いをした。


「『なあ、お前。会計はいくらだっけか』


『675円です。安いですよね、先輩が奢ってくださいよぉ』


『仕方ないな、奢ってやるよ』みたいな。これならありえるだろ?」


 僕の名演技に最神はふふっ、と笑った。割と真面目に演技していたので、僕は笑われて少し恥ずかしくなった。もしかするとあまり演技が上手くなかったのかもしれない。名演技ならぬ迷演技だったのかもしれない。


 Mは僕にふふん、と自慢げな顔をして言った。


「そこは私も推理をしたんだよ。会計は675円、だけどこのカフェで一番安いメニューは400円。客が二人だとしたら400円のメニューを二つ注文して、最低800円。でも、会計は675円。だから客は一人で、その人がイマジナリーフレンドと変な会話をしていない限り、『675円です』なんて言うことはありえないの!」


 それは少し雑な推理だ。


「だが、何か特別な裏技を使って、その400円を275円にする。そうしたら400円プラス275円で675円にすることができる。それなら僕が例として挙げた会話も通じるんじゃないか」


「では民野くん、その特別な裏技とは何ですか?」


 最神が僕に訊いた。僕は悩み、考えるが、特別な裏技がどうしても思いつかない。だって裏メニューもトッピングもないのだ。メニューは50円ごとでキリがいいし、どう考えても会計は675円にならない。


 何も言えない僕に、最神は口を開いた。


「私は、もうこの謎が解けていますよ」


「そうかそ……え?」


 あまりに平然と、何事もないかのように言うので「そうかそうか」と流してしまうところだった。


「最神ちゃん解けてたの!? この謎!? 早く言ってよー! そして早く解説してー!」


「民野くん、もうこの謎について、解説してもいいですか?」


 最神は僕に微笑んだ。僕は「ギブアップ。解説を頼む」と言った。本当はもっと考えていたかったけれど、これ以上どんなに考えても結論を出せるかは正直微妙だったし、なによりMが目を輝かせて最神を見ていて、解説を求めているようだったから。


 最神は「了解です。では、まず結論を言わせていただきますね」と言って、続ける。


「会計は、675円ではなかったのです」

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