第17話『謎解きの時』
凶悪殺人鬼、Aさんがいました。Aさんは人を殺すことに慣れていて、今まで一度も証拠を現場に残したことはなく、警察にだってバレたことはありません。
AさんはBくんを憎んでいました。AさんとBくんはお酒が好きで、よく二人で飲んでいましたが、Bくんは酒豪で、酒癖が悪く、お酒を飲むとAさんに暴力を振るってしまうからです。
凶悪殺人鬼AさんはついにBくんを殺すことにしました。Bくんの家で、AさんはBくんが大量にお酒を飲んだ後、市販のワインを渡しました。ですが、Aさんはそのワインに少し細工をしていました。アルコールを大量に入れたのです。目的は、Bくんを急性アルコール中毒で殺すためです。
BくんはAさんの狙い通り、そのワインを飲みました。Bくんは既にお酒を大量に飲んでいて、酔っていたので、アルコール度数が異常なワインにも気づかなかったのです。結局、Bくんは急性アルコール中毒で死亡してしまいました。
ワインには大量のアルコールが入っていて、このままだと警察に調べられたら、Bさんが人為的にアルコールを過剰摂取させられたことがバレてしまいます。なので、ワインの中身は同じ種類のワインに変えました。
そしてその後、Aさんはワインに自分の指紋がつかないように、ワインの指紋を完全に拭き取り、他のAさんが飲んだお酒の指紋も拭き取って、証拠が残らないよう慎重にBくんの家を出ました。今までの殺しでも指紋や証拠を全て消してきたので、失敗はしません。
Bくんの遺体はいずれ警察に見つかってしまうでしょうが、ただの急性アルコール中毒と判断されるはず、Aさんはそう考えていました。
しかしその後、警察にBくんは他殺であるとバレてしまいました。
一体、何故?
※※※
まずは一言。
「長い!」
「そうなのですか、大変ですね」
それは人ごと、だ。
「最神の話したストーリーは僕の三倍くらいだったぞ」
「私は民野くんよりもストーリーを考える時間が長かったですからね。こんなものです」
さて、と最神は言ってカプチーノを一口飲む。先ほどまではカプチーノから湯気が出ていたが、今は出ていない。最神の長話で少し冷めてしまったようだ。
「どうして警察はBくんは他殺だと分かったのでしょうか?」
まだまだ最神に文句を言い続けることはできるが、そんなことをしていたらケーキがやってきて、謎を解き明かす時間がなくなってしまう。真面目に考えるか。
Aさんは証拠を残していない、そういうストーリーだった。つまりAさんの指紋が残っていたとか、事件当日AさんがBくんと会っていることを他の人間に見られた、とかではないはずだ。
なら、殺し方に問題があるのか?
Bくんは大量の酒を飲んだあとに、Aさんからもらった大量のアルコール入りのワインを飲んだ。だから現場には大量の酒が残っているのだ。なら、急性アルコール中毒で死んだとしても、おかしくはないはずだ。殺し方に問題はない。
だが、ならどうして他殺と判断された?
「最神、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「うーん、まあ私のストーリーは長かったですし、いいですよ」
「……警察は僕が知らないような何か特殊な調査をして、他殺だと判断したのか?」
僕が知らない特殊な知識を警察が使ったのなら、この謎は一気に難しくなる。というか、解けなくなる。
最神は即答した。
「調査は至って普通で、民野くんが知らないような特殊なことはありません」
「……そうか、ありがとう」
警察は普通の調査しかしていない。普通、普通、普通。つまり、警察にとって当たり前の調査で、Bさんは他殺だと分かった、ということだ。
そもそも、警察の普通の調査ってなんだ。死体現場にある証拠品の確保、事件の目撃情報収集、指紋の検査、とかだろうか。だが、凶悪殺人鬼Aさんはそれらのような証拠を残さなかった、というストーリーだった。
なのに警察は普通の調査でBくんは他殺だと判断した。
「……Aさんは、ワインに付いた指紋を拭き取ったんだよな?」
「はい」
「証拠を残さないように慎重に死体現場を離れたんだよな?」
「はい」
「なら目撃情報も、残ってないんだよな?」
「はい」
僕はこのストーリーの重要だと思うところを最神に訊いて、再確認した。最神は余裕のある笑みを浮かべたまま、それら全てに肯定した。
……わからない。Aさんは完璧なはずだ、完璧にBさんを殺したはずなのだ。でもそれは完璧じゃなかった。だから警察はBさんを他殺だと判断した。
「……僕の負けだ。今回も最神に一ポイント、さっきのも合わせて最神が計二ポイント、僕が〇ポイントだ」
「じゃあ私の勝ちですね」
最神はカプチーノを飲んで「勝利の美酒は格別ですね」と言った。
「……最神、教えてくれ。どうして警察はBくんが他殺だと分かったんだ?」
「いいですよ、ですがそのまま答えを教えるようなことはしません。ポイントを教えるので、そこから謎を解き明かしてください」
最神は僕の方を見て、右手の人差し指を立てた。
「一つです。重要なポイントは一つだけ、Aさんがワインの指紋を拭き取ったことだけです。それ以外の情報はこの謎を解くのに必要ありません」
「Aさんが、ワインの指紋を拭き取った……」
それが、重要なポイント?
指紋を拭き取ることによって、Aさんの指紋は消える。そうしたら、普通、他殺だとは思われないんじゃないか? だって、Aさんの指紋が消えれば、Bくんの指紋だけがワインに残って……。いや、もしかして、
「……ワインの指紋を拭き取った。つまりAさんの指紋だけでなく、Bくんの指紋も拭き取ってしまった、ということか!?」
「正解です。まあ私の勝ちは変わりませんけどね」
ワインを飲んだ、ということは普通なら、Bくんの指紋が付着している。しかし、Aさんはワインの指紋を全て拭き取ってしまった。急性アルコール中毒になったBさんがワインの指紋をわざわざ拭き取るとは思えない。だから警察は他者がワインの指紋を拭き取ったと判断し、他殺だと判断したのだ。
「Aさんは凶悪殺人鬼で、人を殺してその処理には慣れていましたから、油断し、ミスをしてしまったのでしょうね」
「警察はその後、Aさんが犯人だと特定できたのか?」
「知りませんよ、私が今作ったストーリーなのでそこまでは考えていませんでした」
そうだった。最神が一瞬にして、すらすらと長いストーリーを話すから忘れていたが、これは実際にあった話ではなく、最神が創作したストーリーなのだ。これ以上の続きはない。
「失礼致します、ショートケーキとチーズタルトでございます」
僕たちの後ろから、男性店員がケーキを持ってきた。男性店員はケーキを机に置いて、その場を去る。
今回のショートケーキは、よく見る三角に切られたケーキだった。そして僕のチーズタルトは外にカリカリの生地があり、中にふわふわとした白色のチーズがある普通のチーズタルト。
「では、お手伝い部で頂きの私がいただきましょうかね」
最神はくだらない洒落を言いつつ、銀色の小さなフォークでショートケーキを食べた。
「それ、上手くないぞ」
「いや、すごく美味いですよ」
最神は左頬に左手を当てて、本当に美味しそうにショートケーキを食べ続ける。
「民野くんも冷めないうちに早く食べてください」
「ケーキは初めから冷めてるだろ」
そう言いつつチーズタルトを食べると、思っていたよりも美味しかった。見た目は普通のチーズタルトだが、中のチーズがとろとろで舌触りが良い。世の中には甘ければ甘いほどいい、そんなふうに思って作られたであろうケーキがたくさんあるが、これは甘さもちょうどいい。
「最神、これ美味いな」
「ならよかったです。民野くん、このカフェに来てよかったでしょう?」
「ああ。素直にそう思う」
最神は僕の言葉を聞いて、微笑んだ。
「あの、楽しそうに話してる最中に申し訳ないんですけど」
最神の方から女の声がした。僕と最神は声の方を向いた。声の主は最神の隣に座っている女、最神と同じ制服を着ている、黒髪でボブの女子生徒のようだった。
「私の謎も、解いてもらえませんか?」
謎解きの時は、まだまだ続く。