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第14話『意外で、いない』

「なあなあ民野、清良先輩は真紀子先輩と舞先輩に疑ってごめん、って謝らないのか?」


 雑駄は周りに聞こえないような小さな声で僕の耳元に囁いた。


「まだ清良先輩の二人への疑いが誤りだったとは限らないからな。ケーキの行方を追う最中、もしかしたら二人がケーキを消した犯人になってしまう証拠が出るかもしれない。だから、完全に二人の疑いが晴れたときに謝るんじゃないか?」


 僕も小さな声で雑駄に言った。


「二、三年生は家庭科の授業でこの教室を使いますか?」


 最神が冷蔵庫の近くに立っている清良に問いかけた。清良は顎に手を当てて、空を向いた。


「えっと、二年生も三年生も最近はこの家庭科室を使わずに、各クラスの教室で授業をやってますわ」


 最神は「そうですか、ありがとうございます」と言った。


「一年生は家庭科がないから家庭科室は使ってないな、最神」


 最神は僕の言葉に頷いた。これで家庭部以外の生徒が家庭科室のホールケーキを食べたという線は限りなく薄くなっただろう。


「先輩先輩、昨日の時点ではケーキはあって、今日見たらなくなってたんだよな。真紀子先輩と舞先輩が家庭科室に来る前に他の部員が来た可能性はないのか?」


 雑駄は冷蔵庫を許可もなく勝手に開き、清良に訊いた。清良はそんな雑駄の態度に苦笑いした。


「わたくし達は帰りのホームルームが終わってからすぐに職員室に向かって鍵を取ってきましたの。他の部員が先に家庭科室に入ってケーキを食べるなんて不可能ですわ」


 これを聞くと、やはり犯人は真紀子と舞だとしか思えない。だがもしその二人が犯人ではないとしたら、一体全体、ケーキはどこへ行ってしまったのだ?


 昨日はホールケーキはあった。今日なくなった。


 今日、ケーキがある家庭科室に初めて入ったのは真紀子と舞。だがその二人はケーキを食べていない。皿もシンクも乾いていて、それらを拭いた雑巾やキッチンペーパーの証拠もないから。


 昨日の夜中に不法侵入者がホールケーキを家庭科室から盗んだ? いやそれは流石にあり得ないだろう。高校には不法侵入者対策のセンサーなどがあると聞いたことがあるし、そもそもケーキを盗む意味がわからない。


 ホールケーキが一人でに冷蔵庫の中から逃げた? いやいやいやいや、そんなこともあるわけない。家庭部が作ったケーキは足なんて生えていないだろう。


「……昼休みはどうですか、昼休みに家庭科室のケーキを部員の誰かが食べたという可能性はないんですか」


 今日、初めて家庭科室に入ったのは真紀子と舞ではないかもしれない。そう思った僕は清良、真紀子、舞にそう訊いた。


 舞は答える。


「昼休みは部室の鍵を職員室から取っちゃいけないルールだよ。鍵を教師にバレないように取ろうとしても、職員室には先生がいっぱいいるんだし、バレる」


 ならもう手詰まりだ。全ての証言を照らし合わせるとホールケーキを食べることができるのは真紀子と舞だけになる。でもその二人が食べた証拠は何も残っていない。


 そう、一番の問題は証拠が何もないことだ。ケーキの皿は洗われて棚にしまわれたはずなのに濡れていない。シンクも濡れていない。それを拭いた物も現場にはない。


 ないないないない、この事件には何も証拠は残っていない。完全犯罪なのだ。僕が今まで見てきたミステリー小説やドラマでは何かしらの証拠が必ずあった。そうでないと犯人なんて分からないし、謎を解くことなんて絶対できない。


 僕はその場に立って何も言わない最神を見た。すると、最神は僕の視線に気がついたのか、こちらを向いて柔らかな微笑みを浮かべた。


「じっと私を見て、どうしたんですか、民野くん」


「……いや、最神ならこの謎を解けるのかな、と思って」


 最神は今までお手伝い部として様々な謎を解いてきた。一見、証拠がないこの事件も、天才で神である最神なら解けるかもしれない。僕はそう思っていた。


 最神はふふっ、と口元を両手で押さえて笑った。


「ええ、解けます。というより、先程解けました」


 最神を除いたその場にいる全員が「えっ」と驚いた。もちろん僕もだ。


「この現場には証拠が全くと言っていいほど何もない。どうして謎が解けたんだ?いや、僕には気づけなかった証拠がこの現場にはあるのか?」


「民野くんの言う通り、この現場には証拠は残っていません。ですが証拠が残っていないのが証拠になるんです」


 最神の言葉に皆が目を丸くした。


「最神さん、俺にも分かるように説明してくれよ」


 雑駄が目を輝かせて最神を見た。


「わかりました。一つずつ説明していきましょう」


 最神は笑顔を絶やさずに言った。


「今回の事件で最も重要なのは、証拠が現場に残っていないことにあります。皿やシンクを洗った形跡も、それを拭いた物も残っていない。ですが、それらにはとある共通点があるのです」


 最神は皆さんは分かりますか、と言って僕らに呼びかけた。


 共通点、洗った形跡と、拭いた形跡の共通するところ。


 問いかけられた僕らは必死に考えた。そしてしばらくの間、全員が沈黙した後、僕は気がついた。


「時間経過で、その証拠は消える」


 最神は僕の言葉にニヤリと笑って、「大正解です、民野くん」と言った。


「今回の事件の証拠は全て時間が経つことによって消えます。お皿やシンクの些細な水滴も、お皿やシンクを拭いた濡れている雑巾なども、時間経過によって完全に消えるんです」


「……なら、ホールケーキを食べた犯人はわたくし達が家庭科室に入るよりも先に家庭科室に入ってケーキを食べたということですの?」


「はい、そういうことになります」


 最神の言葉に清良は笑った。


「わたくし達は授業が終わってからすぐに鍵を職員室に取りに言ったんですわよ、わたくし達よりも先に家庭科室に入れる人間なんていませんわ」


 そして昼休みに鍵を取ることもできない、そういう話をさっきしたじゃないか。一体最神は何を考えているのか、僕には理解できなかった。


「清良先輩、真紀子先輩、舞先輩、そして牧野さん、部員はもう一人いるんでしたよね。その部員は部長ですか」


「……ええそうよ、家庭部唯一の三年生で、部長よ。……そろそろ時間も経ったし部長も牧野さんも来るかもしれない」


 真紀子がそう答えた。最神は「そうですか。……ところで何ですが」と言って清良に笑いかけた。


「牧野さんは何年生ですか?」


「えっ、一年生ですが……それが何か関係ありますの?」


 清良が不思議そうに首を傾げた。


「なら、牧野さんはこれから教室に来ませんよ」


「え?」


 そんな突拍子のないことを言う最神に対して、清良は間の抜けた声を出した。


「……一年生だったら部室に来ないって、どういうこと?」


 真紀子も驚いたような、訳がわからない、といったような顔で最神に問う。


「正確には来ないのではなく、もう来たんです。民野くん、雑駄くん、どうしてか分かりますか?」


「……そういうことか! 一年生は今日は四限で終わったんだ!」


 僕の言葉に、雑駄も「あー! 確かにな!」と納得したような声を出した。


「牧野さんが一年生なら、話に筋は通ります。牧野さんは四限目が終わった後、家庭科室の鍵を職員室から取って、冷蔵庫のケーキを食べました。前日、用事があるからと清良先輩にケーキを一人で食べることを許可されましたからね。それでホールケーキを一人で全て食べ、皿を洗い、シンクを洗い、雑巾で拭いて、あとはそれらをしまう。そうしたら時間が経つだけで証拠は全て消えます」


 だから牧野は既に家庭科室に来ていて、用事のため学校には居ない、最神の先程の発言の真意はそういうことだ。


「一年生って、今日四限目で終了でしたのね。……私達、知りませんでしたわ……」


 最神の言っていることは分かる。だが、完全に疑問が晴れたわけではない。


「どうして牧野はホールケーキを全部食べたんだ?清良先輩は牧野にホールケーキを切ってショートケーキにして食べろって言ったんだろ?」


 牧野は切ったショートケーキを食べろと言われているのに、ホールケーキ全てを食べたのはどうしてだ?


「皆さんは知らないようですが、ショートケーキって別に切られたケーキ、というわけではないんです。名前の由来は諸説あるので省きますが、ホールケーキもショートケーキと呼ぶものがあります」


 そう、なのか。知らなかった。僕はてっきりショートケーキはあの切られた三角のケーキだと思っていたのだが。ん、ということは?


「つまり……牧野さんは切ったショートケーキを食べていいって言われたから、言われた通り、ホールケーキを切って一人で全部食べちゃったっていうわけ?」


 真紀子がそう言い、最神が頷くとその場に何とも言えない雰囲気が流れた。険悪、というわけでも穏やか、というわけでもない。そんなことがあっていいのか、と全員がそう思っているような雰囲気だった。


 ホールケーキの行方は意外にも、一人の人間の胃内ということだ。


 清良はフラフラと落ち着かない足取りで家庭科室の外と繋がる窓まで歩き、窓を開けて身を外に乗り出した。


「牧野ー!! ふざけんなよー!!! 誰があのホールケーキ全部食べていいって言うかー!!!」


 今まで典型的なお嬢様言葉を使ってきた清良が、全く上品さがないその口調で叫んだことに、僕は、いや僕たちは呆気に取られた。


 そりゃあ、一人でホールケーキを全て食べてしまう人間がいたら驚くのも無理はないが、上品の塊のような清良がこんな風になってしまうとは。これが彼女の素なのだろうか。


「まあまあ、牧野さんも悪気があったわけじゃないと思うし!」


「ケーキはまたみんなで一緒に作ろうよ!」


 真紀子と舞も動揺してその場に立ち尽くしていたが、すぐに正気を取り戻し、叫び続ける清良を押さえた。


 清良は息を切らしながら、二人を見た。


「……ごめんなさい。あなた達を疑ってしまって、本当にごめんなさい」


 真紀子と舞は顔を見合わせて笑った。


「別にいいよ、私たちも生クリームのことがあるし」


「そうそう、生クリームも美味しかったし」


 二人が再び笑うと、清良も吹き出した。


「お手伝い部の皆さん、今日は本当にありがとうございました」


 清良が頭を下げると、真紀子と舞も頭を下げた。


「いえいえ、私たちは部活の活動をしただけです」


 だから顔を上げてください、最神はそう続けた。

 

「では、私たちは失礼しますね」


※※※


 お手伝い部の部室に帰ってきた僕らはそれぞれいつもの席に座った。


「俺、何もしてねぇよー」


「そんなこと言ったら僕もだ」


 僕は机に項垂れる雑駄の肩をポンポンと叩いてそう言った。


「そんなことはありませんよ、二人の様々な視点や疑問から、私は今回の事件の真相に辿り着くことができましたから」


 最神は僕たちを励ますように笑った。だが、本当に最神の言う通りなのだろうか。確かに、僕と雑駄は状況を整理したり、疑問点を家庭部の三人に問いた。だが、僕たちが居なくとも最神は色んな視点に気づいて、家庭部の三人に訊いていたはず、というか訊くまでもなく分かっていたような気もする。


 なんなら、最神は初めから事件の真相に辿り着いていて、僕と雑駄が真相に辿り着けるか、試していたようにも感じる。


 この天才は何を考えているのだろうか。


「ケーキの話をしてたら、甘いものを食べたくなりましたね」


「いや、僕はそんなに」


「食べたくなりましたね」


 これは提案じゃなくて断定だ。甘いものを食べに行きませんか、ではなく行くぞ、ということなのだろう。


「三郎、行ってこいよ。俺は甘いものは食べれないし」


 もう断れる状況ではなかった。最神と二人でおそらく、最神が提案した駅前のカフェに行くのは気まずいが、この状況で断る方が後々まずいことになる気がした。


「分かった、行くよ行く行く」


「やったー!では、部活が終わったらすぐに駅前のカフェに行きましょうね」


 最神はすごく嬉しそうに飛び跳ねた。長く、潤いのある黒髪がふわりと揺れる。


 そんなに嬉しいのか。やっぱり、天才の考えることはよく分からない。

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